闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第二章

番外編 ルーカスの葛藤(後編)

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「クリスティンと別れろとでもいうつもりか、ルーカス!?」
 
 激高し、問いただしてくるアドレーに、ルーカスは戸惑う。

(別れるもなにも……クリスティンと付き合っていないじゃないか。婚約は、白紙になっているのに)
 
 クリスティンはメルが好きだと宣言したようだが……。
 アドレーはそれを考えないようにしている、またはメルは使用人なので、彼女の告白を本気と捉えていないのだろう。
 
 以前、ルーカスはアドレーに直談判しようと考えたことがある。クリスティンを譲ってほしいと。奪い取ろうと思ったこともある。
 婚約が立ち消えたあとは、彼女に告白するタイミングを探っていた。
 しかしクリスティンはメルを想っていることが、今はわかっている。
 二人の恋をルーカスは応援していた。

「……いや。今日頭痛がひどく、それでおかしなことを口にしてしまったようだ……。アドレー、すまない」

 ──何も言うまい。
 今何か言うべきではない。
 アドレー本人が諦めるまで、待つしかない。

(しかし、アドレーは諦めるだろうか……?)

 ルーカスが憂慮していると、生徒会メンバー全員が部屋に集まり、席についた。
 クリスティンとメルは活動を終えればすぐさま帰り、アドレーとラムゼイも退室した。
 自分も帰ろうとルーカスが腰を上げれば、スウィジンに声を掛けられた。
 スウィジンはクリスティンの義兄だ。
 彼もクリスティンに恋慕している。兄妹なのに……。

「君はどう思う、ルーカス?」

 突然の質問にルーカスは瞬く。

「どう思うって、何を?」
「だから、最近のメルと僕の妹のことさ」
 
 スウィジンの隣に立つリーが溜息をつく。

「スウィジン様。ルーカス先輩はあの場にいなかったじゃないですか?」
「そうだったっけ」
「そうですよ」 
 
 リーはルーカスのほうに向き直る。

「ルーカス先輩。実はですね、先輩が帰国していた際、ちょっとしたことがあったんですよ。王宮で皆、集まりましてね。そのときクリスティン嬢がおかしなことを話したんです。メルが好きだって」
「……ああ、それか。ラムゼイから聞いた。主従愛ってことだ」
 
 この場はそれで済ましておこう。面倒だ。

「もちろん、そうだとわかってはいるんですよ」
「妹は優しいから、自分の近侍を大切に思ってるんだとは思う」

 彼らは互いに頷き合う。
 最初ルーカスも、二人が恋仲だなんてあり得ないと感じた。
 だが男女なのだから、絶対なんてことはないのだ。

「メルは悪い人間じゃありませんが、クリスティン嬢と身分が異なります。そういうのって、最初は情熱とかで乗り越えられる! と思うかもしれませんが、駄目です。熱が過ぎれば、後悔するもんなんですよ」
「そうだな……」

 適当に相槌を打てば、リーは固い表情で続ける。

「恋愛小説なんかでは、幸せになってたりしますけど、現実はそう生易しいもんじゃありません。現実見なきゃ」

 リーは恋愛小説を読むのか。
 ルーカスはその事実に驚いた。

(炎の騎士と呼ばれる彼だが、ギャップがあるな……)

「あり得ないですよ。あり得ないですけど、クリスティン嬢とメルが恋愛なんてはじめようものなら、不幸一直線じゃないですか!? 阻止しなきゃ」
「……ひょっとして、それであの校則を?」
「そういうことです」
 
 この間、アドレーは強引に男女交際禁止の校則を作った。
 確かにメルは真面目だし、校則に従うかもしれなかった。

「妹は傍付きのメルを信頼しているだけなんだよ。本当それだけなんだけれどねえ。一応念の為」

 スウィジンは自分自身に言い聞かせるように言葉にする。
 メルとクリスティンは相思相愛、身分的にも、なんら問題ない。
 皇太子と大貴族の令嬢だ。
 しかし。

(余りに皆の様子が不安定で、危険な気がしてきたな……)

 ルーカスは心配になる。
 窓の傍に置いた本を取ろうとすれば、外で、メルとクリスティンが一緒に歩いている姿がみえた。
 クリスティンは微笑んで、メルと会話をしている。
 生徒会メンバーといるときとは違い、楽しそうだ。リラックスしている。
 
 ──二人には幸せになってもらいたい。
 
(事情を知る自分がなんとかしなければ)
 
 ルーカスは決意し、生徒会室を出た。
 すると階段を下りたところで、一階の廊下にいたラムゼイに呼び止められた。

「クリスティンを想っていないというのは本当だな、ルーカス?」

 ルーカスは頷く。

「本当だ」

 先程見たクリスティンの笑顔が浮かんで、一瞬胸が疼いた。
 
 ──今でも、好きだ、クリスティンのことが。
 
 しかし、どうしようもない。
 自分の気持ちより、メルとクリスティンの二人が大切である。
 ルーカスは葛藤を抑え込み、歩き出した。
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