闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第二章

番外編 スウィジンの妹3

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 ラムゼイが首を回し、呆れ顔で言う。

「アドレー、スウィジン、リー。後はオレに任せておけ」
 
 ラムゼイに追い払われ、スウィジンらは地下を離れることになった。
 アドレーのためなら汚れ仕事も厭わない冷血なラムゼイだ。
 彼に任せておけば、間違いないとスウィジンは思った。
 牢の中の輩が悲惨な目に遭うのは確実である。
 アドレーは残念そうに呟く。
 
「彼らのせいで、クリスティンと一曲しか踊れなかったな……」
 
 踊れたのなら良いじゃないか。
 いつもダンスのレッスンをして、触れ合ってもいるのに。贅沢である。

「おれもクリスティン嬢と踊りたかったですよ。一回も踊ってません!」

 リーが愚痴る。

(僕も夜会で妹とダンスを踊りたかったよ……)
 
 スウィジンは気落ちする。
 やはり妹はメルと先に屋敷に帰っていた。
 ファネル公爵家の有能な使用人メルに、スウィジンは信頼をおいている。
 アドレー、リーと別れ、スウィジンは馬車に乗り込んだ。
 
 帰り道、馬車に揺られながら、窓の外の星を仰ぐ。
 クリスティンは今夜、艶やかなドレス姿で、いつもにも増して美しかった。
 目を瞑り、過去を振り返る。
 
 ──クリスティンは実の妹ではない。
 幼い頃、スウィジンは後継者のいないファネル家に引き取られたので、クリスティンは本当はいとこにあたる。
 昔はわがままな娘だった。
 綺麗だが、チヤホヤされていたから高慢で。
 だからこそ操りやすくもあった。
 優しくすれば、すぐに妹はスウィジンに懐いた。
 利用価値があるクリスティンを、たっぷり甘やかした。

(妹は僕の手駒だと思ってた)
 
 スウィジンはクリスティンを使い、自身の立場を確固たるものにする手筈だった。
 妹は将来の王妃。
 うまく使うと、ファネル公爵家は今以上の絶大な権力を手にする。
 だが十二歳の頃から、様子がおかしくなった。
 妹はスウィジンを警戒しだしたのだ。
 
 あれだけ「お兄様、お兄様」とスウィジンの後をついて回り、慕ってきたというのに。
 訳が分からない。
 歌を教えてほしいと言われ、甘えられているのかと思ったが、そうではなく、妹は真剣に学びたがっていた。

(それに、なんだか……僕の腹を読んでいるみたいなんだよねえ?)
 
 気のせいとは思うけれど。
 そんな折、スウィジンは落馬し、足を怪我した。
 クリスティンは、動けないスウィジンのところにやってきて、毎日世話をしてくれた。
 それは献身的なもので、心からのものだった。
 スウィジンは驚き、不思議に思った。

(クリスティンは僕に距離をとっていなかった?)

 それで食事を運んでくれる妹にスウィジンは訊いてみた。

「クリスティン」
「なんです、お兄様? どこか痛みますか?」

 クリスティンは心配そうに綺麗な眉を曇らせる。

「ううん、そうじゃあないよ、痛くはない」 
 
 我が妹ながら、やはりクリスティンはどんな表情でも美しい。

「ねえ、どうしてこんなに僕によくしてくれるの?」
「お兄様は腹黒で怖いですけれど……それでも」

 小さな声で聞こえなかった。クリスティンは笑顔で続ける。

「──お兄様は、わたくしのたったひとりのお兄様ですわ。いつも歌のレッスンをしてくださって、わたくし感謝しています。怪我をされてとても心配ですもの」

 わがままで甘えたで、どうしようもなかったのに。
 ──妹は変わったのだ。
 いつの間にか、ひとを思いやれる娘に成長していた。
 ただのコマとしか、みてこなかった。
 なのに……徐々にひとりの異性としてみるようになっていった。
 今はクリスティンが誰より大切で、好きだ。

 屋敷に到着し、スウィジンは瞼を持ち上げ、馬車から降りる。

(僕と妹は血が繋がっていない)
 
 小さな頃からクリスティンをみてきた自分が、きっと誰より妹を幸せにできるはずだから。

(僕のものだよ。僕だけの、愛しい妹)
 
 前は王太子と妹が結婚することを望んでいたが、今は婚約が完全に白紙となってほしいと思っている。
 その日を、スウィジンはずっと待っている。
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