闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第二章

9.二人の夜

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 今スウィジンにメルは退室したと説明したので、部屋にいることを知られれば、怪しまれてしまう。
 これ以上、メルへの風当たりが強くなると困る。
 スウィジンは扉を開け、中に入ったあと、出てきた。

「散らかってないじゃないか」

 どうやら、メルは隠れてくれたらしい。

「……ノートを机の上にそのままにしていましたので。お兄様、人が悪いですわね。部屋の散らかりようを確かめようとなさるなんて」
「おまえが、この間、おかしな冗談を言っていたから。まさか、メルと隠れて部屋で何かしているなどとは思わないけれど、少し気になってさ」
「メルはすぐ退室したと先程申し上げましたわ。それで何の用ですの、お兄様」

 スウィジンは寝台傍の椅子に腰を下ろした。
 
「僕は朝方まで屋敷を留守にするから、それを伝えにね。今夜、晩餐会に呼ばれていて」

 スウィジンは吐息をつき、緩く両腕を組んだ。

「公爵家の跡取りとして、必要な社交で欠席できない。僕がおらず心細いかもしれないけれど、平気?」

 別に心細くもなんともない。
 というか、この部屋からすぐ出ていってもらいたい。

「明日には戻るよ。おまえは休日の間ゆっくり休みなさい。発作のあとはだるいだろう」
「ええ、気にかけてくださって、ありがとう」
「大切な妹を心配するのは当然さ」

 スウィジンはクリスティンの頭を撫でる。
 腹黒な兄が、どこまで本気で心配してくれているのかは謎である。
 スウィジンが退室するのを見送り、続き部屋にクリスティンは行った。

「メル」

 彼はいなかった。窓から出ていったようだ。
 彼の身体能力なら、三階から降りることも難しくはないだろう。
 クリスティンは切ない息をついた。 



 夕食を摂ったあと、メルがクリスティンの部屋を訪れた。

「クリスティン様……昼は失礼しました。体調はいかがでしょうか」
「大丈夫」
「良かったです。では」

 頭を下げて、退室しようとしたメルの手首をクリスティンは掴んだ。

「待って」
 
 恥ずかしいのを堪えて、言葉にする。

「あのね……今夜、わからないように部屋にきて。お兄様は明日までいないし。あなたと過ごしたいの」

 メルは赤面した。
 
 そのとき、ノックの音が響いた。

「クリスティン様、就寝の準備にまいりました」

 メイドである。

「……夜に、また参ります」
 
 メルがそっと囁き、メイドと入れ替わりに、部屋を出た。
 
 

 夜更け、クリスティンは室内をそわそわと歩いた。
 鏡の前に立ち、白のワンピース型の寝衣姿を眺める。
 どこか、おかしくはないだろうか。
 
 すると窓のほうから、かたんと音が聞こえた。
 視線を向ければ、メルが窓から室内に入ってくるところだった。
 彼はこちらに歩み寄りながら、問うた。

「クリスティン様、もう体調はよろしいですか」
「ええ。すっかりよくなったわ」
「安心しました。……私は、帰ります」
「え?」

 窓のほうに行こうとしたメルをクリスティンは慌てて止めた。

「来たばかりなのに、また……。どうして帰るの?」
 
 メルは熱く瞳を光らせて、掠れた声で告げた。

「幼い頃から、お仕えしているクリスティン様と、夜に二人でいると……」

 彼はクリスティンを潤んだ瞳で見つめる。

「我慢できません……」
「だから、我慢なんてしなくていいから」

 彼は頬を上気させた。

「…………帰ります」
「……帰ってしまうの?」
「はい。こんな状況でいると、本当に理性がもちません。失礼します」

 そうして、メルは窓から去っていった。



※※※※※



(押し倒してしまいそうだった)

 二年間待つと決めたのに、そうできなくなりそうだ……。

 メルはクリスティンの部屋に行き、ナイトドレス姿の彼女を見て、身が沸騰しそうだった。
 とてつもなく魅力的だ。

 入浴して血色の良くなった肌、艶々とした唇。
 ダークブロンドの美しい髪を梳いて、指に絡めたくなる。
 魅惑的な体型も、一目瞭然だった。
 女神のような彼女の傍に近づけば、甘い香りがし、理性は吹き飛びそうだった。
 
 夜、寝台のある部屋に、愛する相手と二人きり。
 部屋から出るしかなかった。
 あのままでは彼女を抱きしめ、朝まで離せなくなっていたかもしれない。
 
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