闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第二章

8.着替え

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 室内に入り、彼はクリスティンを長椅子にそっと横たえる。

「クリスティン様、ご気分は……」
「すぐ、よくなるわ」

 しかし今は、呼吸は荒く、汗が滲む。

 メルがグラスに水を淹れてくれる。
 それを飲み、喉を潤した。

「着替えて、寝台で休まれたほうがよろしいです」
 
 発作はすぐに収まるものの、収まったあとも身体はだるい。
 休んだほうがいいのはそうなのだが、寝台で横になろうにも、薬草園にいたので、泥がついている。
 
 メルはクリスティンの前に跪いた。

「着替えを手伝います。私では抵抗があるようでしたら、メイドを呼びますが」

 クリスティンはかぶりを振った。

「あなたがいいわ」 
「──では、失礼します」
 
 メルはクリスティンの手足を、水で濡らした布で優しく拭ってくれた。

「新しい服を。その前に私は目を覆います」

 彼はそう言って、ハンカチを取り出した。

「隠す必要は……」
「あります」

 発作を起こしてクリスティンの力が入らないため、彼は自身で素早くハンカチで目を覆う。
 そして長椅子に座るクリスティンの前で彼は作業をし、服を慎重に取り払う。
 ひんやりとした空気を肌に感じ、クリスティンは息を呑んだ。

「申し訳ありません、どこか痛かったですか……?」
「いいえ……」 

 羞恥と、先程の発作により、眩暈がした。
 倒れかかってしまう。

「…………!」
「ごめんなさい……」
「いえ。私こそ申し訳ありません。あの、体重を後ろ側にかけていただいてもよろしいでしょうか……」

 クリスティンは彼の言う通りにして、身を離した。

「では、着替えの続きをいたします」
「お願い」
 
 目隠しをした彼を見つめる。
 どこか不安そうなので、クリスティンはメルの後頭部に手を回し、その目隠しを取ろうとしたが、彼はそれを止めた。

「駄目です……」
「どうして?」
 
 クリスティンは彼のしている目隠しを、もどかしく思った。

「……私はクリスティン様に大変なことをしてしまうかもしれません……」
「あなたになら、別に何をされてもいいのだけれど」
「いけません」
 
 彼はそう言い、目隠しをしたまま、クリスティンに新しい服を丁寧に着せた。
 考えれば、学園では無理だし、屋敷に戻ってきている今しか長く過ごせない。
 発作も収まっている。
 
 彼の頭の後ろに手を回し、ハンカチを取った。
 濃紺色の綺麗な瞳が見え、クリスティンはほっとする。
 だが彼は、クリスティンを視界に映して、赤みが差していた頬をさらに染め上げた。
 
 そのとき部屋にノックの音が響いた。
 二人ははっとした。

「クリスティン、僕だけど」

 兄だ。
 クリスティンはメルに言った。

「あなたは続き部屋に」
「はい」 

 スウィジンはメルにきつく当たる。ここにいるのを見られないほうがいい。
 メルが続き部屋に入るのを見届けたあと、クリスティンは寝台に行って、スウィジンに返事をした。

「どうぞ、お兄様」

 扉ががちゃりと開き、兄が姿をみせた。

「発作を起こしたと聞いたよ。大丈夫かい」

 発作を起こし、メルがここに運んでくれたことは、屋敷の者は見ていただろう。

「……ええ。まだ調子が悪いので、お兄様、申し訳ないのですが……」

 早く立ち去ってほしい。
 スウィジンはじっとクリスティンを見下ろす。

「……そうだね、まだ良くないようだ、顔が赤い。けれど思ったよりは具合が悪くなさそうでよかったよ」

 薬を飲んだし、体調は良くなってきている。

「メルがおまえをここまで運んだようだが、彼は?」

 スウィジンは室内を見回す。
 クリスティンは視線を逸らせた。

「……メルはわたくしをここまで運んでくれたあと、すぐに退室しましたわ……」
「ふうん」

 スウィジンは訝しげにし、続き部屋にふっと目を留めた。そのままそちらに足を向けたので、クリスティンは仰天した。

「お兄様、続き部屋に御用が? そちらは散らかっているのですが」

 メルに聞こえるように、大きめの声で言った。
 彼が身を隠してくれればいいが……。
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