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第二章
7.堪えないで
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「こんなところで、何をしてらっしゃるのですか」
「……ええと……」
偶然居合わせ、のぞき見していた。
とも言えず、クリスティンは誤魔化した。
「……さっきまで薬草園にいて。この辺りにも薬草を植えてみたらどうかしら、なんてことを思いながら歩いていたの」
「それは難しいかと思います。旦那様と奥様の強い制止が入ります」
「そうね」
薬草園の拡張は禁止されていた。
秘かに少しずつ広げていたら、気づいた両親に、これ以上は駄目だ、何をしているのだと叱られたのだ。
この格好に対しても眉を顰められている。
(……よほどさっきの彼女のほうが、綺麗に、身なりがきちんとしていたわ……)
「クリスティン様?」
「……何?」
メルはクリスティンに問いかける。
「ひょっとして今、ご覧になっていたのですか」
どきっとした。
「……。あの……偶然通りがかって、それで……」
「そうですか」
クリスティンは訊こうかどうしようか迷ったが、結局口にした。
「メルは、女性から好意を寄せられることが多いわよね。今まで誰かとお付き合いしたことはあるの?」
「ございません」
その言葉にクリスティンは心底安堵したが、不思議にも思う。
「どうして?」
これまでクリスティンが知っているだけで、何件も告白されており、綺麗なひとがいた。
「今告白してきたひとも、可愛かったし。屋敷で恋愛禁止ってわけではなかったでしょ?」
有力貴族に仕える者自体、上流階級出身の者が多い。
きっと今のメイドもそうだろう。
「私は仕事が第一でした。それに」
彼はクリスティンに視線を返す。
「私はもうかなり前から、クリスティン様を想っていましたので……。他のひとには全く目が向きませんでした」
クリスティンは心臓が跳ねた。
「……わたくし、泥をつけて、こんな格好をしたりして……女性としての魅力がないのに?」
メルは驚いたように瞬く。
「非常にクリスティン様は魅力的です……! どんな姿をしていても、誰よりも魅力があります」
(なら、どうして……)
彼は微笑んで、腕を伸ばした。
「失礼します」
メルはクリスティンの耳朶に手を置く。
「土が耳に」
彼のぬくもりを感じ、クリスティンはメルの綺麗な瞳を見つめた。
「頑張ってこれから魅力をつけようと思うわ」
「駄目です」
「え」
ぴしゃりとメルに言われ、クリスティンは疑問を抱いた。
「なぜ?」
「クリスティン様は、一度物事に取り組みだすと、極めてしまいますから……。これ以上魅力をつけられると、困ります。私以外が、クリスティン様を見るのは嫌です。今でも魅力的すぎますのに……」
(なら、どうしてもっと親密に過ごしてくれないの?)
釈然とせず、メルを見ていると彼は目尻を朱に染めた。
「そんなに見ないでいただけますか……。学園なら、まだ自制できるのですが、気持ちを堪えられなくなります……」
「堪えないで」
健全な年頃の恋人同士で、将来を誓い合ってもいる。
「堪えたりなんてしないで」
「クリスティン様……」
メルの整った顔が近づいてくる。目を閉じた瞬間。
(────っ)
胸に鋭い痛みを覚え、クリスティンは前かがみになった。
発作の前兆だ。
「クリスティン様、発作ですか……!?」
「ええ……」
メルはクリスティンの肩に手を置き、顔を覗き込む。
いつも薬を携帯しているのだが、こんなときに限ってなかった。
彼は自身の服のポケットから、包み紙を取り出した。
「発作のお薬です。お飲みください」
「メル……薬を……?」
「ええ。常に持ち歩いております」
「ありがとう」
クリスティンはメルから薬を受け取り、それを口に入れた。
これで数分もすれば、発作は収まる。
しかしその間は、地獄の苦しみだ。
「私が代わりに、その苦痛を引き受けることができればよいのですが……」
彼は悔しげに言い、クリスティンを抱え上げた。
「メル……後少ししたら、自分で歩ける……」
しかしメルは三階にある部屋まで、クリスティンを抱えて運んだ。
「……ええと……」
偶然居合わせ、のぞき見していた。
とも言えず、クリスティンは誤魔化した。
「……さっきまで薬草園にいて。この辺りにも薬草を植えてみたらどうかしら、なんてことを思いながら歩いていたの」
「それは難しいかと思います。旦那様と奥様の強い制止が入ります」
「そうね」
薬草園の拡張は禁止されていた。
秘かに少しずつ広げていたら、気づいた両親に、これ以上は駄目だ、何をしているのだと叱られたのだ。
この格好に対しても眉を顰められている。
(……よほどさっきの彼女のほうが、綺麗に、身なりがきちんとしていたわ……)
「クリスティン様?」
「……何?」
メルはクリスティンに問いかける。
「ひょっとして今、ご覧になっていたのですか」
どきっとした。
「……。あの……偶然通りがかって、それで……」
「そうですか」
クリスティンは訊こうかどうしようか迷ったが、結局口にした。
「メルは、女性から好意を寄せられることが多いわよね。今まで誰かとお付き合いしたことはあるの?」
「ございません」
その言葉にクリスティンは心底安堵したが、不思議にも思う。
「どうして?」
これまでクリスティンが知っているだけで、何件も告白されており、綺麗なひとがいた。
「今告白してきたひとも、可愛かったし。屋敷で恋愛禁止ってわけではなかったでしょ?」
有力貴族に仕える者自体、上流階級出身の者が多い。
きっと今のメイドもそうだろう。
「私は仕事が第一でした。それに」
彼はクリスティンに視線を返す。
「私はもうかなり前から、クリスティン様を想っていましたので……。他のひとには全く目が向きませんでした」
クリスティンは心臓が跳ねた。
「……わたくし、泥をつけて、こんな格好をしたりして……女性としての魅力がないのに?」
メルは驚いたように瞬く。
「非常にクリスティン様は魅力的です……! どんな姿をしていても、誰よりも魅力があります」
(なら、どうして……)
彼は微笑んで、腕を伸ばした。
「失礼します」
メルはクリスティンの耳朶に手を置く。
「土が耳に」
彼のぬくもりを感じ、クリスティンはメルの綺麗な瞳を見つめた。
「頑張ってこれから魅力をつけようと思うわ」
「駄目です」
「え」
ぴしゃりとメルに言われ、クリスティンは疑問を抱いた。
「なぜ?」
「クリスティン様は、一度物事に取り組みだすと、極めてしまいますから……。これ以上魅力をつけられると、困ります。私以外が、クリスティン様を見るのは嫌です。今でも魅力的すぎますのに……」
(なら、どうしてもっと親密に過ごしてくれないの?)
釈然とせず、メルを見ていると彼は目尻を朱に染めた。
「そんなに見ないでいただけますか……。学園なら、まだ自制できるのですが、気持ちを堪えられなくなります……」
「堪えないで」
健全な年頃の恋人同士で、将来を誓い合ってもいる。
「堪えたりなんてしないで」
「クリスティン様……」
メルの整った顔が近づいてくる。目を閉じた瞬間。
(────っ)
胸に鋭い痛みを覚え、クリスティンは前かがみになった。
発作の前兆だ。
「クリスティン様、発作ですか……!?」
「ええ……」
メルはクリスティンの肩に手を置き、顔を覗き込む。
いつも薬を携帯しているのだが、こんなときに限ってなかった。
彼は自身の服のポケットから、包み紙を取り出した。
「発作のお薬です。お飲みください」
「メル……薬を……?」
「ええ。常に持ち歩いております」
「ありがとう」
クリスティンはメルから薬を受け取り、それを口に入れた。
これで数分もすれば、発作は収まる。
しかしその間は、地獄の苦しみだ。
「私が代わりに、その苦痛を引き受けることができればよいのですが……」
彼は悔しげに言い、クリスティンを抱え上げた。
「メル……後少ししたら、自分で歩ける……」
しかしメルは三階にある部屋まで、クリスティンを抱えて運んだ。
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