闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

文字の大きさ
上 下
60 / 91
第一章

番外編 二人の風邪4

しおりを挟む
 眩暈を覚えながら服を着替えた。彼は目隠しをとる。
 
「ありがとう…………もう休んで」

 互いに、顔が真っ赤になっている。

「……いえ、クリスティン様の熱が下がるまで、います」

 クリスティンは気がかりに思った。

「でもまたあなたが風邪をひいたら」
「再度かかることはありません。ええと──クリスティン様」

 クリスティンが寝台に横になりながら瞬くと、メルは眼差しを伏せて言った。

「……あの治療をすれば、クリスティン様の体調は快復されるのでは?」
「…………」

 彼が言っているのは、唇を合わせ、心臓の上に掌を置いて解す治療のことだろう。
 確かにあれをすれば快復するはずだ。
 しかし。

「……あなたのエネルギーを吸い取っているかもしれないし……」

 そんな危惧をクリスティンは抱いているのである。

「いいえ、吸い取られてなどおりません」

 メルはきっぱりと否定する。

「クリスティン様が、私のせいで体調を崩されているのです。私にできることがあれば、何だって、すべて行いたいのです。クリスティン様がご不快でなければ」
「全く不快とかではなくて……」

 視線が彷徨う。クリスティンはメルのことを想っているのである。だからこそ。

「……わたくし……なんだか恥ずかしいの……」

 あの行為は、恋人同士の触れ合いのようなのだ。
 
「どうか治療させてください」

 メルは冀うように言う。
 クリスティンは長く沈黙し、言葉を発した。

「……じゃあ……ええと、少しだけしてもらえる……?」

 ちょっとだけなら、彼の身もきっと大丈夫なはずだ。彼の気も済むだろう。

「はい」

 寝台に横になるクリスティンの上に覆いかぶさるように、彼は身を寄せた。
 メルの顔を、クリスティンはどきどきとしながら仰ぐ。

(綺麗……)

 二人で熱烈に見つめ合っていたが、そっと瞼を閉じる。
 柔らかく、唇が重なった。
 触れられた彼の手も、その唇も熱い。
 
 全身に、力が行き渡っていき、クリスティンは陶然とした。
 彼はクリスティンの耳元で甘やかに囁く。

「……クリスティン様」

 濡れた瞳でメルを見つめる。彼は、喉を鳴らして、尋ねた。
 
「…………体調は……?」
「……良くなっているのを感じるわ」
「よかったです……」

 彼の整った顔が再度近づき、クリスティンは慌てて言った。

「もう、いいわ……」
「まだいけません」

 彼の唇がゆっくりと唇に押し当てられる。この上なく優しい触れかただ。
 胸が甘く疼き、恋しさでいっぱいになる。
 
 焦れるくらい優しいキスを彼は続けた。

 頭の中が、霞がかかり、意識は遠のきそうである。


 ようやく口づけを解いた彼は、苦しそうだった。
 クリスティンは心地よさのなか、焦燥に駆られる。

「……やっぱり、あなたの力を吸い取っている?」
「いえ、私は……」
「あなたにこれをしてもらうのは、これで最後にするわ」

 彼は目を見開いた。

「……これで最後……?」
「ええ」

 メルに迷惑はかけられない。
 それに彼とこうしていると、クリスティンはどうにかなってしまいそうだった。
 
 彼の双眸が光る。
 
「……最後なのでしたら……。あなたに、最大限、治療を」
「え……メル──」

 彼は頬を傾け、クリスティンの言葉を奪った。
 無理やりでも、強引でもない。でもどうしても抗えない。

 とてつもなく甘美な心地よさだ。
 クリスティンは彼の髪に手を滑り込ませた。
 身を起こしたままだと、倒れていたに違いなかった。 
 
 彼の呼吸は不規則となる。眉間は寄せられ、目尻は色づいている。
 壮絶に艶っぽい。
 もっと彼とこうして過ごしていたいという、激しい気持ちがせり上がる。
 


 ──メルの看病と治療のお陰で、クリスティンはすぐに風邪が治った。


 だが、どれだけ体調が悪くなっても、今後治療は絶対してもらわないと固く決心した。
 彼は辛そうだし、クリスティンは心地よすぎて、何も考えられなくなる。


 ──それからすぐに、メルは男子寮に移動することになり、クリスティンは心細さと同時に、安堵を覚えたのだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...