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第一章
47.告白1
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「そもそも春自体、無事迎えられるかわからないのだけれど……」
メルは苦い笑みを漂わせる。
「クリスティン様は、少々悲観的すぎです」
殺されることもあるのだから、そうなってしまうのだ。
「何があっても、私はずっとクリスティン様のお傍にいます。クリスティン様を脅かすものから、あなたを全身全霊でお守りいたします」
「メル……」
彼は真摯な眼差しでクリスティンを見つめる。
クリスティンの心にあたたかな喜びが広がる。
「とても心強いわ。前にも話したけれど、あなたといるとわたくし、一番安心できる」
「光栄です」
メルは微笑んだあと、ふうっと目を伏せた。双眸に少し翳りがみえる。
(……? どうしたのかしら?)
顔を上げた彼の瞳は篝火を受け、ゆらりと緋色に揺れていた。
「──先程のアドレー様の行動をみるにつけても……クリスティン様とご結婚する意思が固いのは明らかです。クリスティン様が王妃となられるのを、私は公爵家の使用人として願ってまいりました。ですが……。今私は、アドレー様とクリスティン様が再度婚約され、ご結婚なさることを考えれば……」
彼はぎゅっと拳を握りしめ、目を瞑る。
「以前のように、願うことがどうしてもできないのです、クリスティン様のご結婚を」
メルは、クリスティンとアドレーとの結婚について、ずっと祝福する態度をみせてきた。
それなのに。
大広間の楽団の音色が響き、ここだと落ち着いて話ができない。
アドレーには帰るかもしれないと伝えてあるから、大広間から離れても大丈夫だろう。
「メル、少し歩かない?」
「はい」
◇◇◇◇◇
広い庭を通り、奥の噴水前まで行けば、人々のざわめきも、楽団の音楽も遠くなる。
ここなら誰かに聞かれることはない。
噴水の縁に腰を下ろし、隣にはメルが座った。
クリスティンはゆっくり唇を開く。
「わたくし、アドレー様と結婚したいと全く思っていないのよ。それに婚約は白紙になったわ」
噴水の音が涼やかに夜の闇に響く。
「クリスティン様がダンスなさっているとき、私はラムゼイ様がスウィジン様に話されている言葉を耳にしました。国王陛下が先程アドレー様をお呼びになったのは、クリスティン様との婚約を有効にすることを考える、というお話だったと」
クリスティンは動揺したが、深く空気を吸い込んだ。
「もし、再び婚約なんてことになったら、『花冠の聖女』にお願いするわ。以前彼女が言ってくれたの。アドレー様との結婚をなくしてくれると」
「『花冠の聖女』が……?」
クリスティンは頷く。
「王族であり、国を安寧に導くといわれる伝説の少女よ。彼女が、わたくしとアドレー様の結婚を認めないと一言いってくれれば、婚約話が再度上がっても立ち消えるはず。彼女自身、アドレー様との結婚を跳ねのけることに成功したのだし」
「クリスティン様……『花冠の聖女』に、そのように望まれるのですか?」
「ええ。万一再び婚約なんて話になれば、ソニア様にお願いをする」
彼は全身から強張りを解く。
「そうですか……」
クリスティンは前にソニアに訊かれた。
好きなひとはいるのかと。
クリスティンが好きなのは、メルである。彼のことを信頼し、今、恋心を抱いている。
「わたくしは、メル、あなたを好き」
「ありがとうございます。私もクリスティン様のことを好きです」
メルは穏やかに微笑む。
(……これはわかってくれていないわね……)
「……わたくしの好きは、ただの好きではなくて恋心よ」
「え……」
メルは唖然とした。その頬はじわじわと染まっていく。
嬉しいときは喜び合い、苦しいとき、悲しいときはクリスティンの心を和らげ、癒してくれた。
学園に入学し、更に距離が縮まれば、彼といると胸がどきどきとした。
彼が愛おしい。
傍で、ずっといつもクリスティンを支えてくれていたのは彼だ。
「それは……」
彼はあたふたとし、噴水の中に後ろからおちてしまった。
「っ」
「メル! 大丈夫……!?」
彼は放心しながら、噴水から出てくると、濡れた髪をかきあげる。
「はい……」
服がびっしょり濡れてしまっている。
「風邪をひいてしまうわ」
「失態を。申し訳ありません……」
彼は謝罪し、ボタンを取って上の服を脱いだ。逞しい上半身があらわとなる。
しっかりとした筋肉がついている。着やせするが、彫刻のように美しい身体をしている。その背には、綺麗なアザがあった。
クリスティンは眩しく思い、目を伏せ、立ち上がった。
「帰りましょう。お兄様に行って、馬車を出してもらうわ」
建物のほうに向かおうとすると、メルが口を開いた。
「クリスティン様……先程のお言葉なのですが……。本当ですか……」
「ええ」
足を止め、彼を見上げる。
「わたくし、あなたが結婚を願うことができない、と言ってくれて、とても嬉しかったの」
クリスティンは所在なく指先を動かす。
「迷惑や心配をあなたにはずっとかけ通しで、わたくしに恋心をもっていると言われても、困るだろうけれど」
「……困ります」
はっきり言われてクリスティンはショックを受けた。前世も含め、はじめての恋だったけれど、告白した途端、失恋をしてしまった。
「そうよね……困るわよね」
クリスティンはなんとか笑顔を取り繕う。
「ごめんなさ──」
「そんなことを言われると、私はもう……。自分を抑えられなくなってしまいます……」
「……え?」
メルは真剣に言葉を紡ぐ。
「私も、クリスティン様を好きです。ずっとお慕いしておりました」
クリスティンの胸に煌めく星のような輝きが満ちる。
視線が熱く絡まり合う。
「こんな想いを抱いてはいけないと、ずっと……ずっと長く抑えて……。クリスティン様が私を想ってくれるより前から、私はあなたに恋をしていました」
(メル……)
メルは苦い笑みを漂わせる。
「クリスティン様は、少々悲観的すぎです」
殺されることもあるのだから、そうなってしまうのだ。
「何があっても、私はずっとクリスティン様のお傍にいます。クリスティン様を脅かすものから、あなたを全身全霊でお守りいたします」
「メル……」
彼は真摯な眼差しでクリスティンを見つめる。
クリスティンの心にあたたかな喜びが広がる。
「とても心強いわ。前にも話したけれど、あなたといるとわたくし、一番安心できる」
「光栄です」
メルは微笑んだあと、ふうっと目を伏せた。双眸に少し翳りがみえる。
(……? どうしたのかしら?)
顔を上げた彼の瞳は篝火を受け、ゆらりと緋色に揺れていた。
「──先程のアドレー様の行動をみるにつけても……クリスティン様とご結婚する意思が固いのは明らかです。クリスティン様が王妃となられるのを、私は公爵家の使用人として願ってまいりました。ですが……。今私は、アドレー様とクリスティン様が再度婚約され、ご結婚なさることを考えれば……」
彼はぎゅっと拳を握りしめ、目を瞑る。
「以前のように、願うことがどうしてもできないのです、クリスティン様のご結婚を」
メルは、クリスティンとアドレーとの結婚について、ずっと祝福する態度をみせてきた。
それなのに。
大広間の楽団の音色が響き、ここだと落ち着いて話ができない。
アドレーには帰るかもしれないと伝えてあるから、大広間から離れても大丈夫だろう。
「メル、少し歩かない?」
「はい」
◇◇◇◇◇
広い庭を通り、奥の噴水前まで行けば、人々のざわめきも、楽団の音楽も遠くなる。
ここなら誰かに聞かれることはない。
噴水の縁に腰を下ろし、隣にはメルが座った。
クリスティンはゆっくり唇を開く。
「わたくし、アドレー様と結婚したいと全く思っていないのよ。それに婚約は白紙になったわ」
噴水の音が涼やかに夜の闇に響く。
「クリスティン様がダンスなさっているとき、私はラムゼイ様がスウィジン様に話されている言葉を耳にしました。国王陛下が先程アドレー様をお呼びになったのは、クリスティン様との婚約を有効にすることを考える、というお話だったと」
クリスティンは動揺したが、深く空気を吸い込んだ。
「もし、再び婚約なんてことになったら、『花冠の聖女』にお願いするわ。以前彼女が言ってくれたの。アドレー様との結婚をなくしてくれると」
「『花冠の聖女』が……?」
クリスティンは頷く。
「王族であり、国を安寧に導くといわれる伝説の少女よ。彼女が、わたくしとアドレー様の結婚を認めないと一言いってくれれば、婚約話が再度上がっても立ち消えるはず。彼女自身、アドレー様との結婚を跳ねのけることに成功したのだし」
「クリスティン様……『花冠の聖女』に、そのように望まれるのですか?」
「ええ。万一再び婚約なんて話になれば、ソニア様にお願いをする」
彼は全身から強張りを解く。
「そうですか……」
クリスティンは前にソニアに訊かれた。
好きなひとはいるのかと。
クリスティンが好きなのは、メルである。彼のことを信頼し、今、恋心を抱いている。
「わたくしは、メル、あなたを好き」
「ありがとうございます。私もクリスティン様のことを好きです」
メルは穏やかに微笑む。
(……これはわかってくれていないわね……)
「……わたくしの好きは、ただの好きではなくて恋心よ」
「え……」
メルは唖然とした。その頬はじわじわと染まっていく。
嬉しいときは喜び合い、苦しいとき、悲しいときはクリスティンの心を和らげ、癒してくれた。
学園に入学し、更に距離が縮まれば、彼といると胸がどきどきとした。
彼が愛おしい。
傍で、ずっといつもクリスティンを支えてくれていたのは彼だ。
「それは……」
彼はあたふたとし、噴水の中に後ろからおちてしまった。
「っ」
「メル! 大丈夫……!?」
彼は放心しながら、噴水から出てくると、濡れた髪をかきあげる。
「はい……」
服がびっしょり濡れてしまっている。
「風邪をひいてしまうわ」
「失態を。申し訳ありません……」
彼は謝罪し、ボタンを取って上の服を脱いだ。逞しい上半身があらわとなる。
しっかりとした筋肉がついている。着やせするが、彫刻のように美しい身体をしている。その背には、綺麗なアザがあった。
クリスティンは眩しく思い、目を伏せ、立ち上がった。
「帰りましょう。お兄様に行って、馬車を出してもらうわ」
建物のほうに向かおうとすると、メルが口を開いた。
「クリスティン様……先程のお言葉なのですが……。本当ですか……」
「ええ」
足を止め、彼を見上げる。
「わたくし、あなたが結婚を願うことができない、と言ってくれて、とても嬉しかったの」
クリスティンは所在なく指先を動かす。
「迷惑や心配をあなたにはずっとかけ通しで、わたくしに恋心をもっていると言われても、困るだろうけれど」
「……困ります」
はっきり言われてクリスティンはショックを受けた。前世も含め、はじめての恋だったけれど、告白した途端、失恋をしてしまった。
「そうよね……困るわよね」
クリスティンはなんとか笑顔を取り繕う。
「ごめんなさ──」
「そんなことを言われると、私はもう……。自分を抑えられなくなってしまいます……」
「……え?」
メルは真剣に言葉を紡ぐ。
「私も、クリスティン様を好きです。ずっとお慕いしておりました」
クリスティンの胸に煌めく星のような輝きが満ちる。
視線が熱く絡まり合う。
「こんな想いを抱いてはいけないと、ずっと……ずっと長く抑えて……。クリスティン様が私を想ってくれるより前から、私はあなたに恋をしていました」
(メル……)
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