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第一章
46.運命の日3
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六人の生徒は、ラムゼイが呼んだ衛兵に連れていかれた。
「皆、夜会を楽しんでくれ」
場の雰囲気を変えるように、アドレーが明るい声で言い、皆は大広間へと流れていった。
呆然とするクリスティンの前まで、アドレーは歩いてくると、飲み物の入ったグラスを差し出した。
「クリスティン。不愉快な出来事だったが、君がどれだけ皆に愛されているかよくわかったね」
「アドレー様……」
(断罪イベントは……あったわ……。けれど……)
生徒会の皆は、クリスティンに微笑みかける。
皆……信じてくれ、抗議してくれた。
涙が出そうなほど、ありがたい。
ゲームでの悲惨な状況をよく知っているから……。
クリスティンは皆に礼を言ってアドレーからグラスを受け取り、喉を湿した。
けれど──孤島送りや暗殺は、考えれば、夜会後なのである──。
断罪イベントは本当にあったし、ゲーム終了の春までは、安心するのはまだまだ早い……。
「さあ、クリスティン、行こう」
アドレーにエスコートされ、心を落ち着かせて二階の大広間に移動した。
天井にはクリスタルのシャンデリアが輝き、壁には大きな鏡が幾つもかけられ、床は艶やかに光っていた。着飾った男女がひしめきあい、熱気に満ちている。
フロア中央までアドレーに手を引かれ、楽団が奏でる音楽に合わせて、クリスティンは彼と踊った。
レッスンを彼本人から受けていたので、息の合った優雅なダンスとなる。
「素敵……。どうしてご婚約が白紙になったのかしら。あれだけ仲睦しく、呼吸も合っておられるのに」
「王太子殿下は、あらためてクリスティン様とご婚約されるおつもりだ」
「王太子殿下がベタ惚れなのは、明らかですものね」
「『花冠の聖女』は生涯独身を望んでいるらしいし、将来の王妃は、クリスティン様以外考えられない。本当に素敵だ……」
大広間にほうと感嘆の溜息が零れ、笑顔でダンスする二人に羨望の眼差しが注がれる。
レッスンの際もずっとそうだったが、長年恐れていたアドレーと踊っていて、クリスティンは動悸がする。
だが練習の成果で、息は合っているため、周りからは仲睦まじくみえるようだ。
(アドレー様……。さっき庇ってくださったし、本当に感謝している。けれど……)
ゲームではアドレーとクリスティンがこの夜会で踊ることは、ありえない。
ノーマルエンドであっても、アドレーはソニアと踊るのだ。
今、恐ろしいことなど何もされていないというのに、彼の瞳が怖くて仕方ない。
ようやくダンスを終え、クリスティンは青ざめながら、アドレーに告げた。
「……アドレー様、踊ってくださってありがとうございました……。あの、わたくし、外の空気にあたってまいりますわ。会場の熱気に酔ってしまったようです。さっきの飲み物にアルコールも入っていたようですし……」
「君と踊りたがっている者はたくさんいる。特に生徒会の皆はうずうずして待っているよ」
アドレーは会場内にいる生徒会メンバーに、冷ややかな視線を流したあと、クリスティンに微笑んだ。
「早く戻ってきてくれ」
夜会は両親と兄に無理やり送り出され、どうしても欠席できず、運命なのかと慄いたが。正直もうさっさと屋敷に帰りたい。
「眩暈がして……少し休んでも戻らなければ、そのまま帰ったとお思いいただけますでしょうか」
気を抜けないという緊張感で、疲れきっている。
「まあ、君の体調も心配だし、他の者と踊られるのを見るのも辛いからね。わかった」
「ありがとうございます」
クリスティンは足早に大広間からバルコニーへ出た。螺旋階段を降りて庭の小道を歩く。
ひんやりとした空気を肺に送り込み、ほっと息をつく。
すると後ろから、耳に心地よい声が聞こえた。
「クリスティン様」
振り返ると、漆黒の衣装を纏ったメルがいた。彼はスタイルが良いため何でも素敵に着こなす。
足音を立てず彼は駆け寄ってき、心配そうにクリスティンに声をかける。
「アドレー様とご一緒でしたので、離れていたのですが……。ダンス後、バルコニーに行かれるのがみえて。控えの間では、忌々しい出来事がございましたし、ご気分をひどく害されましたか」
今日クリスティンは、アドレーと一緒に馬車で来た。メルはスウィジンの馬車に乗ったので別々に城館に入ったのだ。
「さっきは驚いたけれど。今、安堵もしているの」
メルは気づかわしげに眉を寄せる。
「以前おっしゃっていたとおり、夜会で、クリスティン様を糾弾する出来事がおき、びっくりしました。ですがあれほどクリスティン様が恐れていた理由はわかりません。彼らのあれはただの馬鹿げた言いがかりです。アドレー様はクリスティン様を庇っておられましたし」
もっと凄まじいものだったのである、ゲームでは。
「アドレー様が『花冠の聖女』に惹かれ、クリスティン様との婚約を破棄なさることもありませんでした……。ですが『花冠の聖女』は実際に現れ、婚約は一旦白紙となりました。未来をみたとおっしゃっていたのは、事実だったのですね」
「そうよ。春以降はどうなるかまったくみえないけど」
ゲームの続編が出ることになっていたが、発売前に亡くなったので、今後何が起きるのかは謎だ。
「皆、夜会を楽しんでくれ」
場の雰囲気を変えるように、アドレーが明るい声で言い、皆は大広間へと流れていった。
呆然とするクリスティンの前まで、アドレーは歩いてくると、飲み物の入ったグラスを差し出した。
「クリスティン。不愉快な出来事だったが、君がどれだけ皆に愛されているかよくわかったね」
「アドレー様……」
(断罪イベントは……あったわ……。けれど……)
生徒会の皆は、クリスティンに微笑みかける。
皆……信じてくれ、抗議してくれた。
涙が出そうなほど、ありがたい。
ゲームでの悲惨な状況をよく知っているから……。
クリスティンは皆に礼を言ってアドレーからグラスを受け取り、喉を湿した。
けれど──孤島送りや暗殺は、考えれば、夜会後なのである──。
断罪イベントは本当にあったし、ゲーム終了の春までは、安心するのはまだまだ早い……。
「さあ、クリスティン、行こう」
アドレーにエスコートされ、心を落ち着かせて二階の大広間に移動した。
天井にはクリスタルのシャンデリアが輝き、壁には大きな鏡が幾つもかけられ、床は艶やかに光っていた。着飾った男女がひしめきあい、熱気に満ちている。
フロア中央までアドレーに手を引かれ、楽団が奏でる音楽に合わせて、クリスティンは彼と踊った。
レッスンを彼本人から受けていたので、息の合った優雅なダンスとなる。
「素敵……。どうしてご婚約が白紙になったのかしら。あれだけ仲睦しく、呼吸も合っておられるのに」
「王太子殿下は、あらためてクリスティン様とご婚約されるおつもりだ」
「王太子殿下がベタ惚れなのは、明らかですものね」
「『花冠の聖女』は生涯独身を望んでいるらしいし、将来の王妃は、クリスティン様以外考えられない。本当に素敵だ……」
大広間にほうと感嘆の溜息が零れ、笑顔でダンスする二人に羨望の眼差しが注がれる。
レッスンの際もずっとそうだったが、長年恐れていたアドレーと踊っていて、クリスティンは動悸がする。
だが練習の成果で、息は合っているため、周りからは仲睦まじくみえるようだ。
(アドレー様……。さっき庇ってくださったし、本当に感謝している。けれど……)
ゲームではアドレーとクリスティンがこの夜会で踊ることは、ありえない。
ノーマルエンドであっても、アドレーはソニアと踊るのだ。
今、恐ろしいことなど何もされていないというのに、彼の瞳が怖くて仕方ない。
ようやくダンスを終え、クリスティンは青ざめながら、アドレーに告げた。
「……アドレー様、踊ってくださってありがとうございました……。あの、わたくし、外の空気にあたってまいりますわ。会場の熱気に酔ってしまったようです。さっきの飲み物にアルコールも入っていたようですし……」
「君と踊りたがっている者はたくさんいる。特に生徒会の皆はうずうずして待っているよ」
アドレーは会場内にいる生徒会メンバーに、冷ややかな視線を流したあと、クリスティンに微笑んだ。
「早く戻ってきてくれ」
夜会は両親と兄に無理やり送り出され、どうしても欠席できず、運命なのかと慄いたが。正直もうさっさと屋敷に帰りたい。
「眩暈がして……少し休んでも戻らなければ、そのまま帰ったとお思いいただけますでしょうか」
気を抜けないという緊張感で、疲れきっている。
「まあ、君の体調も心配だし、他の者と踊られるのを見るのも辛いからね。わかった」
「ありがとうございます」
クリスティンは足早に大広間からバルコニーへ出た。螺旋階段を降りて庭の小道を歩く。
ひんやりとした空気を肺に送り込み、ほっと息をつく。
すると後ろから、耳に心地よい声が聞こえた。
「クリスティン様」
振り返ると、漆黒の衣装を纏ったメルがいた。彼はスタイルが良いため何でも素敵に着こなす。
足音を立てず彼は駆け寄ってき、心配そうにクリスティンに声をかける。
「アドレー様とご一緒でしたので、離れていたのですが……。ダンス後、バルコニーに行かれるのがみえて。控えの間では、忌々しい出来事がございましたし、ご気分をひどく害されましたか」
今日クリスティンは、アドレーと一緒に馬車で来た。メルはスウィジンの馬車に乗ったので別々に城館に入ったのだ。
「さっきは驚いたけれど。今、安堵もしているの」
メルは気づかわしげに眉を寄せる。
「以前おっしゃっていたとおり、夜会で、クリスティン様を糾弾する出来事がおき、びっくりしました。ですがあれほどクリスティン様が恐れていた理由はわかりません。彼らのあれはただの馬鹿げた言いがかりです。アドレー様はクリスティン様を庇っておられましたし」
もっと凄まじいものだったのである、ゲームでは。
「アドレー様が『花冠の聖女』に惹かれ、クリスティン様との婚約を破棄なさることもありませんでした……。ですが『花冠の聖女』は実際に現れ、婚約は一旦白紙となりました。未来をみたとおっしゃっていたのは、事実だったのですね」
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