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第一章
44.運命の日1
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運命の夜会──。
遂にその日を迎えてしまった。
朝から緊張し通しだ。
アドレーとクリスティンの婚約は白紙となっているが、『花冠の聖女』とアドレーとのあらたな婚約発表もされていなかった。
スウィジンによれば、アドレー側、『花冠の聖女』側、双方から結婚する気はないという意思表示がなされているらしい。
公の場ではクリスティンは未だ、元婚約者のアドレーに、エスコートされる羽目に陥っている。
「綺麗だよ、クリスティン」
「……ありがとうございます」
瞳の色と合わせた淡いパープルのドレスは、精緻な刺繍が施され、襟ぐりはやや深め、スカート部分は可憐に広がっている。
金銀の刺繍が入ったアドレーの純白の盛装は目映い。
クリスティンは、迎えに来てくれたアドレーの漆塗りの有蓋馬車に乗ることになった。
礼儀作法のレッスンなど多忙なソニアは、今晩の夜会には出席しない。
十二歳で前世の記憶が蘇って以来、クリスティンはこの夜会に怯えて暮らしてきた。
(今日が過ぎれば、峠を越すはず……!)
そう自分に言い聞かせ、深呼吸する。
馬車は、煌びやかな白い城館へ到着した。
クリスティンはアドレーと磨き抜かれたエントランスへ足を踏み入れ、控えの間に入る。
そこにはすでに多くの人々が集まっていた。
トレイに飲み物を載せた従僕が、人波を縫うように移動している。
「婚約が流れたというのに、仲が良いな、アドレー、クリスティン」
ラムゼイが皮肉な笑みを浮かべ、こちらに歩み寄ってきた。アドレーはむっとしたように、口角を下げる。
「流れたのではない、一旦、保留となっているだけだ」
(いえ、白紙になっていますから!)
ラムゼイは苦笑する。
「国王陛下がおまえを呼んでいる」
「父上が?」
「ああ。良い話のようだぞ」
アドレーは途端そわそわし、こちらを振り向いた。
「クリスティン、すまない。少し外してもいいだろうか」
「ええ、もちろんですわ」
「すぐに戻るよ」
ずっと戻らずとも、構わない。
アドレーはラムゼイと共に控えの間から出ていった。
その背を笑顔で見送った後、クリスティンは喉を潤すため、従僕からグラスを受け取ろうとした。
──その時だった。
「クリスティン・ファネル!」
突如鋭く名を叫ばれ、ぎくっとして声のほうに視線をやった。
すると、斜め後ろに学園の生徒とみられる者が数人立っていた。
非常に悪い予感を覚えながら、クリスティンは尋ねる。
「なんですの?」
男子生徒が一歩前に進み出る。
「あなたは自らの身分、影響力をもってして、ソニア・ブローン──『花冠の聖女』をひどくいじめていましたね。ボクはそれを告発します!」
何事かと、周囲の人間はこちらに注目する。
クリスティンはこくっと息を呑んだ。
(これ……断罪イベントのはじまり……!?)
追求してくる人間がゲームとは違うが……内容がまさしくそうである。
(悪役令嬢の断罪……やっぱりあったの……)
クリスティンはさっと青ざめる。
ノーマルから派生した変則的なルートのようだが、恐れていたこれは存在した──。
動揺するクリスティンに、男子生徒はにやりと笑う。
「証拠もあります」
彼は書類をばさりと床に投げ捨てる。
足元が崩れていく気がする。
だが。神に誓って、ソニアをいじめるようなことなんてしていない。
顔を上げ、目の前に立つ数人の生徒を眺めた。
「証拠って……一体なんの証拠ですの? わたくし、ソニア様はもちろんのこと、誰のこともいじめたことなんてありません」
後ろ暗いことがないので、クリスティンは毅然とそう口にした。
彼らは床におとしたものを見ろとばかりに腕を組んでいるので、仕方なくクリスティンは散らばる書類を手に取ってみた。
するとそこには、クリスティンがソニアの私物を隠した、ソニアの制服を切り裂いた、ソニアに意地悪をして泣かした、など記されていた。
クリスティンは唖然とする。
「事実無根よ」
ゲームでは悪役令嬢はここに書かれている以上のことを、極悪非道の限りを尽くしていたが、クリスティンはそんなことを一切していない。
「証人もいるんですよ。ソニア様の私物をあなたが手に持ってソニア様を困らせていた、制服を切られたソニア様の近くに、ナイフを持ったあなたの姿があった、校舎裏でソニア様を泣かせていた等」
「誤解だわ。それは──」
「学園のマドンナで王太子殿下の婚約者であったあなたは、自らの地位を脅かす『花冠の聖女』のソニア様を恐れ、妬み、いじめていたんだ!」
よくみると、中心に立ってクリスティンを糾弾している少年は、髪型が少々変わっているが、以前フレッドに絡んでいた生徒ではないか。
後ろに立っている少年二人もそのときの生徒である。
「一体、何事だ」
アドレーとラムゼイが控えの間に戻ってき、異様にざわついている周囲を見て呆気にとられる。
ゲームではアドレーが中心となり、悪役令嬢の所業を責め、罵倒し、この女と結婚する気は一切ないと宣言するのだ。
それは望むところだが、孤島送りはやめてほしい……。
悪あがきしてソニアの襲撃を悪役令嬢が命じると、夜会の数日後、クリスティンは惨殺される。
勿論、クリスティンはそんなことをする気はサラサラない。
証拠としてあげられているものが、事実と違うということははっきり主張したいが。
遂にその日を迎えてしまった。
朝から緊張し通しだ。
アドレーとクリスティンの婚約は白紙となっているが、『花冠の聖女』とアドレーとのあらたな婚約発表もされていなかった。
スウィジンによれば、アドレー側、『花冠の聖女』側、双方から結婚する気はないという意思表示がなされているらしい。
公の場ではクリスティンは未だ、元婚約者のアドレーに、エスコートされる羽目に陥っている。
「綺麗だよ、クリスティン」
「……ありがとうございます」
瞳の色と合わせた淡いパープルのドレスは、精緻な刺繍が施され、襟ぐりはやや深め、スカート部分は可憐に広がっている。
金銀の刺繍が入ったアドレーの純白の盛装は目映い。
クリスティンは、迎えに来てくれたアドレーの漆塗りの有蓋馬車に乗ることになった。
礼儀作法のレッスンなど多忙なソニアは、今晩の夜会には出席しない。
十二歳で前世の記憶が蘇って以来、クリスティンはこの夜会に怯えて暮らしてきた。
(今日が過ぎれば、峠を越すはず……!)
そう自分に言い聞かせ、深呼吸する。
馬車は、煌びやかな白い城館へ到着した。
クリスティンはアドレーと磨き抜かれたエントランスへ足を踏み入れ、控えの間に入る。
そこにはすでに多くの人々が集まっていた。
トレイに飲み物を載せた従僕が、人波を縫うように移動している。
「婚約が流れたというのに、仲が良いな、アドレー、クリスティン」
ラムゼイが皮肉な笑みを浮かべ、こちらに歩み寄ってきた。アドレーはむっとしたように、口角を下げる。
「流れたのではない、一旦、保留となっているだけだ」
(いえ、白紙になっていますから!)
ラムゼイは苦笑する。
「国王陛下がおまえを呼んでいる」
「父上が?」
「ああ。良い話のようだぞ」
アドレーは途端そわそわし、こちらを振り向いた。
「クリスティン、すまない。少し外してもいいだろうか」
「ええ、もちろんですわ」
「すぐに戻るよ」
ずっと戻らずとも、構わない。
アドレーはラムゼイと共に控えの間から出ていった。
その背を笑顔で見送った後、クリスティンは喉を潤すため、従僕からグラスを受け取ろうとした。
──その時だった。
「クリスティン・ファネル!」
突如鋭く名を叫ばれ、ぎくっとして声のほうに視線をやった。
すると、斜め後ろに学園の生徒とみられる者が数人立っていた。
非常に悪い予感を覚えながら、クリスティンは尋ねる。
「なんですの?」
男子生徒が一歩前に進み出る。
「あなたは自らの身分、影響力をもってして、ソニア・ブローン──『花冠の聖女』をひどくいじめていましたね。ボクはそれを告発します!」
何事かと、周囲の人間はこちらに注目する。
クリスティンはこくっと息を呑んだ。
(これ……断罪イベントのはじまり……!?)
追求してくる人間がゲームとは違うが……内容がまさしくそうである。
(悪役令嬢の断罪……やっぱりあったの……)
クリスティンはさっと青ざめる。
ノーマルから派生した変則的なルートのようだが、恐れていたこれは存在した──。
動揺するクリスティンに、男子生徒はにやりと笑う。
「証拠もあります」
彼は書類をばさりと床に投げ捨てる。
足元が崩れていく気がする。
だが。神に誓って、ソニアをいじめるようなことなんてしていない。
顔を上げ、目の前に立つ数人の生徒を眺めた。
「証拠って……一体なんの証拠ですの? わたくし、ソニア様はもちろんのこと、誰のこともいじめたことなんてありません」
後ろ暗いことがないので、クリスティンは毅然とそう口にした。
彼らは床におとしたものを見ろとばかりに腕を組んでいるので、仕方なくクリスティンは散らばる書類を手に取ってみた。
するとそこには、クリスティンがソニアの私物を隠した、ソニアの制服を切り裂いた、ソニアに意地悪をして泣かした、など記されていた。
クリスティンは唖然とする。
「事実無根よ」
ゲームでは悪役令嬢はここに書かれている以上のことを、極悪非道の限りを尽くしていたが、クリスティンはそんなことを一切していない。
「証人もいるんですよ。ソニア様の私物をあなたが手に持ってソニア様を困らせていた、制服を切られたソニア様の近くに、ナイフを持ったあなたの姿があった、校舎裏でソニア様を泣かせていた等」
「誤解だわ。それは──」
「学園のマドンナで王太子殿下の婚約者であったあなたは、自らの地位を脅かす『花冠の聖女』のソニア様を恐れ、妬み、いじめていたんだ!」
よくみると、中心に立ってクリスティンを糾弾している少年は、髪型が少々変わっているが、以前フレッドに絡んでいた生徒ではないか。
後ろに立っている少年二人もそのときの生徒である。
「一体、何事だ」
アドレーとラムゼイが控えの間に戻ってき、異様にざわついている周囲を見て呆気にとられる。
ゲームではアドレーが中心となり、悪役令嬢の所業を責め、罵倒し、この女と結婚する気は一切ないと宣言するのだ。
それは望むところだが、孤島送りはやめてほしい……。
悪あがきしてソニアの襲撃を悪役令嬢が命じると、夜会の数日後、クリスティンは惨殺される。
勿論、クリスティンはそんなことをする気はサラサラない。
証拠としてあげられているものが、事実と違うということははっきり主張したいが。
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