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第一章
43.叶わぬ恋2
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何かいけないことをしてしまったのだろうか……。
「彼女の命に関わる窮地を、二度も救っております。彼女をいつも見守っておられますし、元婚約者との幸せを心から祈っておられます」
「あの場面を目撃すれば、誰だって助けに入るわ。見守っているというより、気になって目で追ってしまうの。彼女とアドレー様に結ばれてほしい一番の理由は、わたくし自身の為よ。それに同性なんだけれど」
クリスティンはこめかみを揉む。
「同性でも、クリスティン様の魅力に抗えず惹かれてしまわれたのです」
「そんな魅力、わたくしにはないわ」
「いいえ。クリスティン様は魅力的です。何にでも一生懸命に取り組み、輝いていますし、心がお優しいです」
お世辞だとしても、嬉しい。
「ありがとう、メル」
稽古をして少し開いた彼の首元から、ペンダントのチェーンが見える。
花祭りの日、贈り合ったペンダントである。
「そのペンダント、してくれているのね」
彼はチェーンを手に取り、シャツの上に出した。
「もちろんです。クリスティン様から頂いたものです。肌身離さず身につけています」
「わたくしもいつもしているわ」
考えれば、先程メルが言っていた、窮地を救ってもらったり、見守ってもらったりというのは、クリスティンもメルにしてもらっていることである。
確かにクリスティンは、彼に好意をもち、心を許していた。
「わたくしが安心できるのは、メル、あなたの傍だけよ」
ぽつりと口にすると、彼は瞬いた。
「……私はクリスティン様のことを大切に想っております。アドレー様もラムゼイ様もスウィジン様もリー様も、それにルーカス様も、生徒会の皆様はクリスティン様のことを大切に想われています。クリスティン様は、色々と心配しすぎです。クリスティン様が心を開かれれば、世界は変わってみえるのではないでしょうか」
クリスティンには前世のゲームの記憶がある。
だから、彼が言うように心を開くというのはなかなか難しい。
それに。
「心を開ける人は一人いればいい。あなたがいてくれれば」
彼は驚いたようにクリスティンを見つめた。
メルがいれば、どんな運命でも乗り越えられる気がする。
でも、彼に自分の過酷な未来に付き合わせるつもりはなかった。
惨劇が待っているのなら、自分だけで全て引き受ける。彼のことは必ず守る。
「陽が暮れてしまったわね。そろそろ戻りましょう」
「──はい」
メルは何か言おうとしたけれど、何も言わずに、クリスティンと共に教会を出た。
※※※※※
(クリスティン様は何もわかっておられない)
教会から寮へと戻りながら、メルはひそかに嘆息した。
(ご自身が、どれだけ皆に想われているのか……)
王太子アドレーはもちろんのこと、彼の右腕ラムゼイ、魔術剣士リーも留学生ルーカスも、生徒会役員皆、クリスティンに好意を抱いている。それは恋心だ。
義兄のスウィジンですらそうである。
他にも学園の男子生徒、女子生徒を入れればキリがない。
感情をずっと抑えてきたが、メルは今はもう己を誤魔化し、嘘をつくことができなくなっている。
(クリスティン様を好きだ。愛している)
自分は、公爵家の使用人で、クリスティンの近侍。
身分が違いすぎる。
こんな自分にも彼女は優しく気さくに接してくれる。
安心できるのは、メルの傍だけだと。メル一人だけいてくれればいいと──。
腕を伸ばし、彼女を胸の中に強く抱きしめてしまいそうになった。
(危なかった……)
『風』術者として、彼女の体力を快復させる行動とは違う。
あれは、力の快復のもので、治療だ。
彼女に触れることのできる、至福であり、地獄でもある時間。
クリスティンは美しいが、外見を愛しているわけではなく、全部が好きだった。
真剣に打ちこむ精神、凛としているところ、人が良く、優しいところ。
治療は、メルのエネルギーを吸い取っているかもしれないと彼女がひどく心配し、断るので今はしていない。
エネルギーを吸い取られているわけではないし、もしそうだとしても、彼女の体調がよくなるのなら、この自分の命など、すべて差し出す覚悟だ。
触れれば、彼女は頬の朱を濃くし、瞳を潤ませる。
恥じらい、彼女は自身の感情に困惑する。
触れ方に気を付けているのだが、初々しい唇をこじ開けたくなる。己の凶暴な想いを擦り切れそうな理性で抑えつけていた。
相手は愛している相手。行うことは、恋人同士の触れ合いと似ている。
だが彼女に己を刻みつけることは絶対に許されない。
自分たちは主従で、彼女に触れることができるのは力の快復だからだ。
生徒会室に行けば、クリスティンを愛おしそうに見る男たちを目にすることになる。
彼らを苛立たしく思うが、我慢できる。
彼女を最も理解できるのは、自分だという自負があるから。
この立場を誰にも譲る気はない。
クリスティンが今後誰と恋をしても、結婚をしても。
身を切り裂かれるくらい、それが辛いことでも。
耐えられる。
『風』の術者として彼女の力の快復は、王太子にも誰にもできないことだ。
──だが。
もし、他の『風』の術者が現れたら──?
「彼女の命に関わる窮地を、二度も救っております。彼女をいつも見守っておられますし、元婚約者との幸せを心から祈っておられます」
「あの場面を目撃すれば、誰だって助けに入るわ。見守っているというより、気になって目で追ってしまうの。彼女とアドレー様に結ばれてほしい一番の理由は、わたくし自身の為よ。それに同性なんだけれど」
クリスティンはこめかみを揉む。
「同性でも、クリスティン様の魅力に抗えず惹かれてしまわれたのです」
「そんな魅力、わたくしにはないわ」
「いいえ。クリスティン様は魅力的です。何にでも一生懸命に取り組み、輝いていますし、心がお優しいです」
お世辞だとしても、嬉しい。
「ありがとう、メル」
稽古をして少し開いた彼の首元から、ペンダントのチェーンが見える。
花祭りの日、贈り合ったペンダントである。
「そのペンダント、してくれているのね」
彼はチェーンを手に取り、シャツの上に出した。
「もちろんです。クリスティン様から頂いたものです。肌身離さず身につけています」
「わたくしもいつもしているわ」
考えれば、先程メルが言っていた、窮地を救ってもらったり、見守ってもらったりというのは、クリスティンもメルにしてもらっていることである。
確かにクリスティンは、彼に好意をもち、心を許していた。
「わたくしが安心できるのは、メル、あなたの傍だけよ」
ぽつりと口にすると、彼は瞬いた。
「……私はクリスティン様のことを大切に想っております。アドレー様もラムゼイ様もスウィジン様もリー様も、それにルーカス様も、生徒会の皆様はクリスティン様のことを大切に想われています。クリスティン様は、色々と心配しすぎです。クリスティン様が心を開かれれば、世界は変わってみえるのではないでしょうか」
クリスティンには前世のゲームの記憶がある。
だから、彼が言うように心を開くというのはなかなか難しい。
それに。
「心を開ける人は一人いればいい。あなたがいてくれれば」
彼は驚いたようにクリスティンを見つめた。
メルがいれば、どんな運命でも乗り越えられる気がする。
でも、彼に自分の過酷な未来に付き合わせるつもりはなかった。
惨劇が待っているのなら、自分だけで全て引き受ける。彼のことは必ず守る。
「陽が暮れてしまったわね。そろそろ戻りましょう」
「──はい」
メルは何か言おうとしたけれど、何も言わずに、クリスティンと共に教会を出た。
※※※※※
(クリスティン様は何もわかっておられない)
教会から寮へと戻りながら、メルはひそかに嘆息した。
(ご自身が、どれだけ皆に想われているのか……)
王太子アドレーはもちろんのこと、彼の右腕ラムゼイ、魔術剣士リーも留学生ルーカスも、生徒会役員皆、クリスティンに好意を抱いている。それは恋心だ。
義兄のスウィジンですらそうである。
他にも学園の男子生徒、女子生徒を入れればキリがない。
感情をずっと抑えてきたが、メルは今はもう己を誤魔化し、嘘をつくことができなくなっている。
(クリスティン様を好きだ。愛している)
自分は、公爵家の使用人で、クリスティンの近侍。
身分が違いすぎる。
こんな自分にも彼女は優しく気さくに接してくれる。
安心できるのは、メルの傍だけだと。メル一人だけいてくれればいいと──。
腕を伸ばし、彼女を胸の中に強く抱きしめてしまいそうになった。
(危なかった……)
『風』術者として、彼女の体力を快復させる行動とは違う。
あれは、力の快復のもので、治療だ。
彼女に触れることのできる、至福であり、地獄でもある時間。
クリスティンは美しいが、外見を愛しているわけではなく、全部が好きだった。
真剣に打ちこむ精神、凛としているところ、人が良く、優しいところ。
治療は、メルのエネルギーを吸い取っているかもしれないと彼女がひどく心配し、断るので今はしていない。
エネルギーを吸い取られているわけではないし、もしそうだとしても、彼女の体調がよくなるのなら、この自分の命など、すべて差し出す覚悟だ。
触れれば、彼女は頬の朱を濃くし、瞳を潤ませる。
恥じらい、彼女は自身の感情に困惑する。
触れ方に気を付けているのだが、初々しい唇をこじ開けたくなる。己の凶暴な想いを擦り切れそうな理性で抑えつけていた。
相手は愛している相手。行うことは、恋人同士の触れ合いと似ている。
だが彼女に己を刻みつけることは絶対に許されない。
自分たちは主従で、彼女に触れることができるのは力の快復だからだ。
生徒会室に行けば、クリスティンを愛おしそうに見る男たちを目にすることになる。
彼らを苛立たしく思うが、我慢できる。
彼女を最も理解できるのは、自分だという自負があるから。
この立場を誰にも譲る気はない。
クリスティンが今後誰と恋をしても、結婚をしても。
身を切り裂かれるくらい、それが辛いことでも。
耐えられる。
『風』の術者として彼女の力の快復は、王太子にも誰にもできないことだ。
──だが。
もし、他の『風』の術者が現れたら──?
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