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第一章
40.覚醒3
しおりを挟む短い間に沢山のことが起きて、彼女はパニックを起こしているのだろうか?
クリスティンが言葉を失うと、ちょうど通りがかった生徒が、驚いた顔をして通り過ぎて行った。
とにかくソニアを落ち着かせようと、クリスティンは柔らかく微笑んだ。
「……ソニア様、そのお気持ちだけで、充分嬉しいですわ。『花冠の聖女』として大変なこともおありでしょうけど、頑張ってください。応援しております」
「……クリスティン様……っ!」
気持ちが昂ったのか、ソニアは腕を伸ばして、ぎゅうっと抱きついてきた。クリスティンはぎょっとした。
「しばらくこうしていてください……!」
また人が通りかかったら、何かと思われる……。
クリスティンが混乱すると、彼女は顔を上げて、クリスティンをじっと見つめた。
「本当になんてお美しく凛々しいんです、クリスティン様……」
妙な雰囲気になってきた。ソニアは花香るような甘い声を出す。
「クリスティン様、お願いです。一度だけ……一度だけでよいので、わたしとキスをしてもらえませんか……?」
「キス……?」
「はい」
腰が引けると、ソニアは潤んだ瞳でクリスティンの手をそっと掴んだ。
「この間、ソニア様にキスをされたような気がするのですけれど……」
「あれは頬でした。今度は……唇にです。『花冠の聖女』となったわたしは、これから自由な時間がなくなります。王宮で、礼儀作法等、淑女のたしなみとして様々なことについて学ばなければならないんです。その前にクリスティン様との思い出がほしくて。それを支えにして頑張れます」
「クリスティン様!」
そのとき鋭い声が響き、校舎裏にメルが現れた。
ソニアははっとクリスティンから手を離す。
「わたし……!」
「ソニアさん──いえ、ソニア様。あなたは今、クリスティン様にいったい、何を?」
メルに問われたソニアは、自らの頬を両手で押さえた。
「わたし……! クリスティン様、すみません……! 今の無礼なお願いはどうか忘れてください……!」
「……ソニア様、お気になさらないで。メル、なんでもないのよ」
メルは苛立たしそうにソニアを睨む。ソニアは潤んだ瞳でクリスティンに言い募った。
「さっきわたしがお話しした気持ちについては、どうか覚えていてください。わたしはクリスティン様のお力になりますから……!」
「ソニア様。ありがとうございます」
クリスティンがソニアの手を握りしめると、彼女は頬を真っ赤に染めた。
「クリスティン様……!」
「そろそろお時間です、クリスティン様」
メルの言葉に頷く。今日はリーとの稽古がある日だ。
「それではまた。ごきげんよう」
「ごきげんよう……クリスティン様……!」
クリスティンはメルと校舎裏から出た。
どっと疲れ、痛む頭を指で押さえる。
メルが心配そうにこちらを見つめる。
「大丈夫ですか? ひどくお疲れのようですよ……」
「大丈夫よ。来てくれて助かったわ。ありがとう」
「あのかたに襲われていたのですか?」
クリスティンは嘆息する。
「襲われていたわけではないけれど」
「抱き着かれていたようでしたが」
「キスしたいと言われたの」
メルは眉間に皺を作り、押し黙った。
「──。やはり、すごい行動力のあるかたですね……」
アドレーとの婚約は、今はもう白紙となっていて、暗殺者を放たれる可能性は低いと思われる。
だが、まだリーに稽古をつけてもらっている。
ゲームとは違う方向に進んでいて、何が起きるかわからないからだ。
それに身体を動かすのはよい気晴らしになる。
汗を流し、剣を合わせている間は悩み事も忘れられた。
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