闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

文字の大きさ
上 下
40 / 91
第一章

40.覚醒3

しおりを挟む
 
 短い間に沢山のことが起きて、彼女はパニックを起こしているのだろうか?
 クリスティンが言葉を失うと、ちょうど通りがかった生徒が、驚いた顔をして通り過ぎて行った。
 とにかくソニアを落ち着かせようと、クリスティンは柔らかく微笑んだ。

「……ソニア様、そのお気持ちだけで、充分嬉しいですわ。『花冠の聖女』として大変なこともおありでしょうけど、頑張ってください。応援しております」
「……クリスティン様……っ!」

 気持ちが昂ったのか、ソニアは腕を伸ばして、ぎゅうっと抱きついてきた。クリスティンはぎょっとした。

「しばらくこうしていてください……!」
 
 また人が通りかかったら、何かと思われる……。
 クリスティンが混乱すると、彼女は顔を上げて、クリスティンをじっと見つめた。

「本当になんてお美しく凛々しいんです、クリスティン様……」

 妙な雰囲気になってきた。ソニアは花香るような甘い声を出す。

「クリスティン様、お願いです。一度だけ……一度だけでよいので、わたしとキスをしてもらえませんか……?」
「キス……?」
「はい」

 腰が引けると、ソニアは潤んだ瞳でクリスティンの手をそっと掴んだ。 

「この間、ソニア様にキスをされたような気がするのですけれど……」
「あれは頬でした。今度は……唇にです。『花冠の聖女』となったわたしは、これから自由な時間がなくなります。王宮で、礼儀作法等、淑女のたしなみとして様々なことについて学ばなければならないんです。その前にクリスティン様との思い出がほしくて。それを支えにして頑張れます」

「クリスティン様!」

 そのとき鋭い声が響き、校舎裏にメルが現れた。
 
 ソニアははっとクリスティンから手を離す。

「わたし……!」

「ソニアさん──いえ、ソニア様。あなたは今、クリスティン様にいったい、何を?」

 メルに問われたソニアは、自らの頬を両手で押さえた。

「わたし……! クリスティン様、すみません……! 今の無礼なお願いはどうか忘れてください……!」
「……ソニア様、お気になさらないで。メル、なんでもないのよ」
 
 メルは苛立たしそうにソニアを睨む。ソニアは潤んだ瞳でクリスティンに言い募った。

「さっきわたしがお話しした気持ちについては、どうか覚えていてください。わたしはクリスティン様のお力になりますから……!」
「ソニア様。ありがとうございます」
 
 クリスティンがソニアの手を握りしめると、彼女は頬を真っ赤に染めた。

「クリスティン様……!」

「そろそろお時間です、クリスティン様」

 メルの言葉に頷く。今日はリーとの稽古がある日だ。

「それではまた。ごきげんよう」
「ごきげんよう……クリスティン様……!」
 
 クリスティンはメルと校舎裏から出た。
 どっと疲れ、痛む頭を指で押さえる。
 メルが心配そうにこちらを見つめる。
 
「大丈夫ですか? ひどくお疲れのようですよ……」
「大丈夫よ。来てくれて助かったわ。ありがとう」
「あのかたに襲われていたのですか?」

 クリスティンは嘆息する。

「襲われていたわけではないけれど」
「抱き着かれていたようでしたが」
「キスしたいと言われたの」

 メルは眉間に皺を作り、押し黙った。

「──。やはり、すごい行動力のあるかたですね……」
 
 アドレーとの婚約は、今はもう白紙となっていて、暗殺者を放たれる可能性は低いと思われる。
 だが、まだリーに稽古をつけてもらっている。
 ゲームとは違う方向に進んでいて、何が起きるかわからないからだ。
 それに身体を動かすのはよい気晴らしになる。
 汗を流し、剣を合わせている間は悩み事も忘れられた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい

LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。 相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。 何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。 相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。 契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

推ししか勝たん!〜悪役令嬢?なにそれ、美味しいの?〜

みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは前世で読んだラノベの世界で、自分が悪役令嬢だったとか、それこそラノベの中だけだと思っていた。 だけど、どう見ても私の容姿は乙女ゲーム『愛の歌を聴かせて』のラノベ版に出てくる悪役令嬢・・・もとい王太子の婚約者のアナスタシア・アデラインだ。 ええーっ。テンション下がるぅ。 私の推しって王太子じゃないんだよね。 同じ悪役令嬢なら、推しの婚約者になりたいんだけど。 これは、推しを愛でるためなら、家族も王族も攻略対象もヒロインも全部巻き込んで、好き勝手に生きる自称悪役令嬢のお話。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...