闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第一章

38.覚醒1

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 ソニアはその後、覚醒した。
 ゲームのどのルートよりも、たぶん早い。
 覚醒は、ヒロインが愛情をその身に強く抱くことにより、慈愛を知り、起きる。
 
 つまり攻略対象と恋をし、それによって覚醒が促され、恋が無償の愛に達したとき、ヒロインは『花冠の聖女』となるのだ。
 ノーマルは、誰ともくっつかないエンド。
 その場合、ヒロインは世界へ愛を抱く。
 
 そのルートに入っているのだろうか……?
 花祭りには一人で出かけていたし、ノーマルエンドが可能性として最も高い。
 
 だが……ひっかかるのは、覚醒が早すぎる点だ。
 本来ノーマルは覚醒が遅かったはず……。

(今はゲームのどのルートでもない……?)

 ソニアから渡された手紙の内容から、もしかしてとは思うが……クリスティンに愛を抱いて覚醒──?
 血の気が引いた。

(いえ、まさか、そんなことはないはずよ……)

 気にかかる点はあるが、きっとこれはノーマルなのだろう……。

 また、一番の懸念事項は、悪役令嬢の断罪イベントである。

(ノーマルエンドでも存在するから……孤島送り……)

 惨殺よりマシだが、孤島送りも辛い。
 それにまだ惨殺の危機がなくなったともいえない。


◇◇◇◇◇


 ソニアが『花冠の聖女』であることが判明してから、彼女を見る周りの目は百八十度変わった。
 それまで平民と蔑んでいた者たちは、掌を返し、普通の人間とは違うと思っていた、神々しさがあったと口々に言い始め、彼女は憧憬の対象となったのである。
 ソニアは慢心することはなく、今までと同じ態度で学園生活を送っている。
 
 だが、クリスティンに手紙を差し出したあとから、いつもしていた忘れ物をしないようになった。


◇◇◇◇◇


 生徒会室に行くと、役員皆集まっていた。
 ソニアはどのルートであれ、今の時期には生徒会入りをしているのだが、所属していない。
 それもゲームとは違う。


「クリスティン、君のいうとおり、『花冠の聖女』が現れたね」

 アドレーがちょっと感心したように眉を上げる。

「驚いたよ」
「ずっと申しておりましたでしょう」
「だが当たったのは、それについてだけだ」

 アドレーはにっこりと笑う。

「外れたこともある。私はその人間に惹かれると君は言った。だが惹かれることは全くなかったよ。メルに聞いて接触を図ったが、可愛らしい少女ではあったけれど、それだけだ」
「いいえ、それだけではありませんわ。彼女は『花冠の聖女』で──」
「クリスティン!」

 アドレーは語気を強める。クリスティンはぱちぱちと瞬いた。

「アドレー様……?」

 彼は生徒会長の机の前に座り、両手を組み合わせた。

「私が言いたいのはね、私の運命の相手は、君ということだ。私は君のほかに誰にも惹かれることはないよ」

 目映い王子の、普通ならうっとりできる口説き文句だが、クリスティンはそうならなかった。
 ただ唖然とするばかりだ。
 生徒会室で、皆がいる前で宣言したものだから、皆、こちらを注目している。

「クリスティン嬢、殿下にこんなに熱烈に愛されて、すげぇな」
「素晴らしいね」
 
 リーとスウィジンは茶化すように明るく言うが、その顔は強張っている。
 何か思うところがあるようだ。
 メルは目線を伏せて俯き、ラムゼイは不機嫌に眉を寄せ、ルーカスは窓辺からこちらをじっと見ている。

「アドレー様……」

 クリスティンは、父から知らされたことを口にした。

「『花冠の聖女』とアドレー様との結婚話が出ていると、父から聞きましたけれど」
 
 するとアドレーの顔色が変わる。

「クリスティン、それは……」
「そういえば、そうらしいですねえ。僕も聞きましたよ、殿下」

 スウィジンが言い、ラムゼイが頷いた。

「オレも聞いた。どうするんだ、アドレー」

 アドレーは忌々しそうに、天井を仰ぐ。

「話があるだけだ。私の結婚相手はクリスティン以外ない」

 クリスティンとしては穏便な形で、アドレーと自分との婚約がさっさと流れてくれることを願っている。
 恐ろしい夜会前に。

「わたくし、アドレー様は『花冠の聖女』とご結婚なさるべきだと思いますわ」
「いいや」
 
 アドレーはかぶりを振る。

「私はクリスティン、君と結婚をする」


◇◇◇◇◇


 ──が、数ヵ月後、クリスティンとアドレーの婚約は一旦、白紙に戻ったのだった。
 クリスティンは歓喜した。

(やったわ、穏便に婚約が流れたわ!!)

 スウィジンからそれを聞き、寮に知らせに来てくれたメルの手を取って、思わずクリスティンは飛び跳ねてしまった。

「メル、今までの苦労が報われたわよ!」

 彼はくすっと苦笑する。

「アドレー様との婚約が流れて、これだけお喜びになられるのはクリスティン様くらいですよ?」

 しかしその後すぐにアドレーから呼び出しがあり、一旦解消となったが、王に掛け合って、またすぐ婚約すると言われたのだった。
 クリスティンは、がくんと肩をおとす。

(余計なことをしないで、アドレー様ーー!)

 
◇◇◇◇◇


 クリスティンの必死の祈りが通じたのか、事態は動いた。
『花冠の聖女』は王宮に呼ばれ、馬車の事故で亡くなったと思われていた、王女であるとはっきりしたのだ。
 ソニアは国王の亡き兄──先王の娘で、アドレーとは従兄弟だった。
 王家の人間であることが判明し、アドレーとの婚約は間近と噂された。
 
 クリスティンは天にも昇る気持ちだった。
 運命の夜会が開かれる前に、アドレーとソニアが婚約してくれれば、断罪イベントはないはず!
 
 すると、放課後、ソニアに校舎裏へ来てほしいと声をかけられた。
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