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第一章
29.治療
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「も、申し訳ありません」
「ご、ごめんなさい」
絡まったペンダントが解け、メルはゆっくりと離れた。
「本当に……申し訳ありませんでした……!」
「こちらこそ……ごめんなさい。メル、額と首、大丈夫?」
クリスティンは唇が触れ合ったことはなかったことにしようとした。ファーストキスだったが……今のはただの事故である。
「大丈夫です……クリスティン様は大丈夫ですか……?」
「大丈夫よ」
しかしふわふわしているし、身体がだるい。
栄養に気を付け、バランスの良い食事を摂るように心がけてから、身長は伸びたし、胸が日々膨らんできている。前世でもそうだったのだが、大きくなる胸は悩みの種だ。
今日は男装しているので、きつくサラシを巻いていた。
「しばらくお休みくださいませ。何か食べ物を買ってまいりますね」
食事はいいが、少し休みたかった。退室しようとした彼の背を呼び止める。
「食事は後にするわ。それより、サラシを外すのを手伝ってくれないかしら?」
身体が重く今一人で外すのは難しい。子供の頃はメルに着替えを手伝ってもらっていた。
彼は着付けもでき、メイドよりも上手だ。
彼は一旦躊躇ったが、頷いた。
「は、はい。では、椅子にお掛けください。私は後ろに、目隠しして立ちます」
「別に目隠しする必要はないわよ」
クリスティンは彼を全面的に信頼している。
しかし彼は動揺をみせる。
「いけません」
メルは潔癖で真面目なのである。ずっと前に頼んだ時もそう言って、目隠しをした。
寮では互いの個室はあるものの、基本的に同じ部屋で生活しているのだが、クリスティンが着替えるとき彼は必ず、席を外すのだ。
「念のため、カーテンを閉めますね」
「ええ」
彼がカーテン閉め、室内はやや薄暗くなった。
クリスティンは椅子に腰を下ろす。
「私の目を覆ってください」
メルがそう言うので、クリスティンはもってきていたハンカチで、跪く彼の目を覆った。
「できたわ」
「ありがとうございます」
彼はクリスティンの背中側に立ち、上着を脱がせてくれる。
「……それではサラシを外します」
彼はクリスティンのサラシを丁寧に解いていく。前側を解くときは、彼は後ろから腕を伸ばす形となる。
まるで抱きしめられているようだ。彼の体温を背に感じる。
安心できるけれど、なんだか、鼓動が強く打ち付ける。
(どうして……)
肌があらわになりはじめ、空気に撫でられる。
彼の手が少し肌に当たり、軽い火傷を負ったような感覚がする。
「すみません……!」
「大丈夫よ」
彼は手が震えている。
なるべく肌に触れることがないよう、気を付けようとしてくれているのだ。
それが逆に、手元をくるわせてしまう。
しかし目が見えないなか、器用に彼はサラシを外してくれた。
「……ありがとう、メル」
「いえ……申し訳ありませんでした……」
後ろを振り返ると、彼は目隠しをしたまま顔を赤くしていた。
「サラシを取ってもらって、大分ラクになったわ」
クリスティンは寝台の上に置かれた服を着、立ち上がったが、その瞬間くらっと立ち眩みがし、椅子の背を掴んだ。
「クリスティン様……!?」
目隠しをしたままの彼が、よろけたクリスティンを支えようと、手を伸ばす。
彼に抱えられ、椅子と共に転ばずにすんだ。
しかし支えているその掌が、服越しではあるが思いきりクリスティンの胸の上にあった。
二人は、ぴしっと凍り付いてしまう。
「も、申し訳ありません……!!」
「平気よ」
恐縮しているメルが気の毒になって、クリスティンは動揺を抑えた。
なんでもないといったように、彼の手の上に手を重ねる。
「!? クリスティン様……」
「サラシで潰して押し込めていた分、こうやって解したりするから。肩と胸が凝るし」
だがクリスティンはいつもと感じが違って、頬が赤らむ。
「痛くはないですか……?」
心配そうに彼は尋ねる。
「痛くないわ。……そういえば、あなたは『風』の術者なのよね」
「……それが、何か?」
「わたくし『星』の術者でしょ。異性の『風』術者が、『星』術者の心臓の上に掌を置いて解せば体力が快復するようなこと、ラムゼイ様の屋敷に行った際、確か本に書かれてあったわ、そういえば」
彼は驚いたように目を見開いた。
「そうだったのですか……。それを何故、今まで話してくださらなかったのですか」
「だって内容が内容だし」
「クリスティン様は体力改善に努力してこられました。こういった方法があるのでしたら、もっと早く、おっしゃってくださればよかったのです。恥ずかしがることはないです」
しかし二人とも狼狽していた。
窓の外では、花祭りの賑わいが聞こえてくるが、部屋には沈黙が降りる。
「メル、もうこれ以上は」
──朝から体調が良くなかったが、事実効果は、あった。
「ほかの『風』の術者にさせないでください。アドレー様やラムゼイ様、リー様にも」
「彼らは『風』の術者ではないし、もし『風』の術者だったとしても、あなた以外にこんなことしてもらおうなんて思わない。……今、どきどきして心臓の音がすごくて。酔っているのかしら……」
「そうですね……今の状況で、こうしているのはいけませんね。クリスティン様、寮に帰ってからいたします」
(え?)
寮に帰ってからも?
「ご、ごめんなさい」
絡まったペンダントが解け、メルはゆっくりと離れた。
「本当に……申し訳ありませんでした……!」
「こちらこそ……ごめんなさい。メル、額と首、大丈夫?」
クリスティンは唇が触れ合ったことはなかったことにしようとした。ファーストキスだったが……今のはただの事故である。
「大丈夫です……クリスティン様は大丈夫ですか……?」
「大丈夫よ」
しかしふわふわしているし、身体がだるい。
栄養に気を付け、バランスの良い食事を摂るように心がけてから、身長は伸びたし、胸が日々膨らんできている。前世でもそうだったのだが、大きくなる胸は悩みの種だ。
今日は男装しているので、きつくサラシを巻いていた。
「しばらくお休みくださいませ。何か食べ物を買ってまいりますね」
食事はいいが、少し休みたかった。退室しようとした彼の背を呼び止める。
「食事は後にするわ。それより、サラシを外すのを手伝ってくれないかしら?」
身体が重く今一人で外すのは難しい。子供の頃はメルに着替えを手伝ってもらっていた。
彼は着付けもでき、メイドよりも上手だ。
彼は一旦躊躇ったが、頷いた。
「は、はい。では、椅子にお掛けください。私は後ろに、目隠しして立ちます」
「別に目隠しする必要はないわよ」
クリスティンは彼を全面的に信頼している。
しかし彼は動揺をみせる。
「いけません」
メルは潔癖で真面目なのである。ずっと前に頼んだ時もそう言って、目隠しをした。
寮では互いの個室はあるものの、基本的に同じ部屋で生活しているのだが、クリスティンが着替えるとき彼は必ず、席を外すのだ。
「念のため、カーテンを閉めますね」
「ええ」
彼がカーテン閉め、室内はやや薄暗くなった。
クリスティンは椅子に腰を下ろす。
「私の目を覆ってください」
メルがそう言うので、クリスティンはもってきていたハンカチで、跪く彼の目を覆った。
「できたわ」
「ありがとうございます」
彼はクリスティンの背中側に立ち、上着を脱がせてくれる。
「……それではサラシを外します」
彼はクリスティンのサラシを丁寧に解いていく。前側を解くときは、彼は後ろから腕を伸ばす形となる。
まるで抱きしめられているようだ。彼の体温を背に感じる。
安心できるけれど、なんだか、鼓動が強く打ち付ける。
(どうして……)
肌があらわになりはじめ、空気に撫でられる。
彼の手が少し肌に当たり、軽い火傷を負ったような感覚がする。
「すみません……!」
「大丈夫よ」
彼は手が震えている。
なるべく肌に触れることがないよう、気を付けようとしてくれているのだ。
それが逆に、手元をくるわせてしまう。
しかし目が見えないなか、器用に彼はサラシを外してくれた。
「……ありがとう、メル」
「いえ……申し訳ありませんでした……」
後ろを振り返ると、彼は目隠しをしたまま顔を赤くしていた。
「サラシを取ってもらって、大分ラクになったわ」
クリスティンは寝台の上に置かれた服を着、立ち上がったが、その瞬間くらっと立ち眩みがし、椅子の背を掴んだ。
「クリスティン様……!?」
目隠しをしたままの彼が、よろけたクリスティンを支えようと、手を伸ばす。
彼に抱えられ、椅子と共に転ばずにすんだ。
しかし支えているその掌が、服越しではあるが思いきりクリスティンの胸の上にあった。
二人は、ぴしっと凍り付いてしまう。
「も、申し訳ありません……!!」
「平気よ」
恐縮しているメルが気の毒になって、クリスティンは動揺を抑えた。
なんでもないといったように、彼の手の上に手を重ねる。
「!? クリスティン様……」
「サラシで潰して押し込めていた分、こうやって解したりするから。肩と胸が凝るし」
だがクリスティンはいつもと感じが違って、頬が赤らむ。
「痛くはないですか……?」
心配そうに彼は尋ねる。
「痛くないわ。……そういえば、あなたは『風』の術者なのよね」
「……それが、何か?」
「わたくし『星』の術者でしょ。異性の『風』術者が、『星』術者の心臓の上に掌を置いて解せば体力が快復するようなこと、ラムゼイ様の屋敷に行った際、確か本に書かれてあったわ、そういえば」
彼は驚いたように目を見開いた。
「そうだったのですか……。それを何故、今まで話してくださらなかったのですか」
「だって内容が内容だし」
「クリスティン様は体力改善に努力してこられました。こういった方法があるのでしたら、もっと早く、おっしゃってくださればよかったのです。恥ずかしがることはないです」
しかし二人とも狼狽していた。
窓の外では、花祭りの賑わいが聞こえてくるが、部屋には沈黙が降りる。
「メル、もうこれ以上は」
──朝から体調が良くなかったが、事実効果は、あった。
「ほかの『風』の術者にさせないでください。アドレー様やラムゼイ様、リー様にも」
「彼らは『風』の術者ではないし、もし『風』の術者だったとしても、あなた以外にこんなことしてもらおうなんて思わない。……今、どきどきして心臓の音がすごくて。酔っているのかしら……」
「そうですね……今の状況で、こうしているのはいけませんね。クリスティン様、寮に帰ってからいたします」
(え?)
寮に帰ってからも?
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