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第一章
26.婚約者の誘い
しおりを挟むクリスティンは首を傾げる。
「……今日は、なんだか、休みの予定をよく聞かれるわね」
「皆様、クリスティン様を花祭りにお誘いしようとしているんですね」
そうではないと思うが、もし誘われても他の誰とも行く気はない。
メルと一緒に花祭りに行きたいから。
彼といるとほっとでき、自然体でいられ、楽しい。
(メルは癒しだわ)
近頃はなぜか、やけに胸がどきどきもするけれど。
メルと他愛もないお喋りをしながら帰り道を歩いていると、寮の門前に、アドレーが立っているのがみえた。
条件反射で、震えた。
「クリスティン」
「アドレー様……」
無視もできず、彼の前で立ち止まる。
「どうなさったのですか、女子寮の前で……」
「君を待っていたんだ。どこへ行っていたのかな?」
目映い容貌のアドレーはきらきらしているが、サファイア色の双眸は冷たいほど底光りしている。
「ええと……剣術の稽古ですわ」
「ああ、リーとね……」
アドレーの瞳は、更に冷ややかに輝く。
クリスティンはぞくっとし、隣のメルもアドレーの様子に息を呑んでいる。
「お待たせしたようで、大変申し訳ありませんでした……」
「謝ることはないよ」
「あの……どういったご用件でしょう……」
「ここではなんだし、ちょっと来てくれるかな。二人で話したいんだ」
アドレーとどこかに行きたくなどない。さっさと話してほしい。
だが彼はここにずっといたようだし、断れない。
クリスティンはメルに視線をやる。
「先に寮に戻っていてくれるかしら?」
「……はい」
一瞬迷ったようだが、メルは礼をして寮へと戻った。
クリスティンはアドレーに講堂に連れて行かれた。
「あの。お話というのは?」
前を歩いていたアドレーに声をかけると、彼はゆっくりとこちらを振り返る。
「最近、ダンスのレッスンをしていなかったから。ここでしようと思って」
「え?」
「入学後、リーに剣術の稽古を受けているよね。ラムゼイからも研究室で学んで……」
アドレーは笑顔だが、やはり目は笑っていない。
「だから、私とのレッスンも再開しよう」
クリスティンにとって、剣術の稽古、薬の研究のほうが、ダンスのレッスンより重要だった。
「……お話と言うのはそのことですか?」
クリスティンは躊躇いを覚え、顔がひきつりそうになる。
アドレーはブロンドの髪をさらっと揺らせ、かぶりを振った。
「いや、それともうひとつ。来月の休みのことでね。花祭りに一緒に行こう」
クリスティンは冷や汗が滲んだ。アドレーと出掛けたくない。寿命が縮んでしまう……。
「アドレー様……。わたくし……ご遠慮いたしますわ。ダンスのレッスンも、花祭りに行くのも」
アドレーは眉を少し動かした。
「どうして?」
じいっと見られ、クリスティンは目線を逸らせた。
「わたくし……学園生活を送っていて……今、ダンスのレッスンを受ける余裕がないのです。この間は発作を起こしましたし……」
アドレーは顔を曇らせた。
「そういえば、発作が起きたときいた。大丈夫? ダンスの回数は以前より減らそう」
減らすのではなく、なくしてほしいのだ。
アドレーはクリスティンの手を取り、握りしめる。
「クリスティン。入学して戸惑うことも多いだろうが、私になんでも相談をしてくれ」
(相談なんてできない)
容赦なく悪役令嬢を断罪するゲームの場面を覚えている。恐ろしすぎる。
クリスティンは彼からそっと手を引き抜いた。
「……学園に早く馴染むようにしたいですし、先程も申しました通り、わたくし余裕がありませんので……。生徒会の人手が足りないのでしたら、違うかたを生徒会にお誘いくださいませ。そうですわ、同じクラスに良い人材が!」
ここでソニアを推薦しておこう。
すると、アドレーがクリスティンの言葉を遮った。
「私は君がいいんだ。別に人手が足りないというわけではないんだよ」
彼は眉を顰め、髪をかきあげる。
「だが君の体調を悪くさせるのもいけないね。ラムゼイの研究室で良い薬ができたとは聞いたが……。図書館でも勉強に励んでいるみたいだけど、無理をしないように。調子の良いときはどうか生徒会にも出席するようにしてくれ」
「……わかりました」
アドレーは意外とクリスティンのしていることをみている。
ゲームでは関心がないようだったが、気遣いしてくれる面もあるのだとクリスティンは、少しだけアドレーへの印象をあらためた。
ダンスのレッスンと生徒会への出席を断ることはできなかったけれど、花祭りについては体調を案じてくれ一緒に行かずにすんだ。
クリスティンはほっとした。
メルと花祭りに行くのが、楽しみだったから。
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