闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

文字の大きさ
上 下
25 / 91
第一章

25.使命

しおりを挟む
  
 研究室に通いつめ、薬は完成した。
『暗』寄りではないが、ルーカスと同じ『風』術者のメルが協力してくれたからだ。
 薬草の種類と、割合を変え、効き目は以前のものよりアップした。
 
 完成品を持って、早速クリスティンは中庭へと向かった。
 メルはスウィジンに呼ばれ、今日はいない。
 
 
 この間ルーカスと出会った辺りに行ってみれば、彼の姿が見えた。
 木にもたれ、プラチナブロンドを風に揺らせ、読書をしている。
 こちらに気づくと、彼はぱたん、と本を閉じた。

「クリスティン」
「ルーカス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。俺に何か用?」
「はい。こちらをお渡ししようと思いまして」
 
 クリスティンは薬の入った瓶をルーカスに差し出す。

「これは?」
「魔力で体調が崩れたとき、飲むと効く薬ですわ。以前渡したものより効果がアップしております。ルーカス様は『暗』寄りの魔力で、悩まれ苦労なさっているようにお見受けしました。この間、お世話になったお礼ですわ。お受け取りくださいませ」
「前の薬も良かったし、助かるよ」

 ルーカスはクリスティンから瓶を受け取った。

「ありがとう。……そういえば、来月の最初の休み、君、空いてる?」

 花祭りのある日だ。

「予定がございます」

 クリスティンが答えると、ルーカスは瞳を伏せ、静かに吐息をついた。

「──そう。なら、いい」
「もし薬がまたご入用でしたら、おっしゃってくださいませ。次はご購入いただくことになるのですけれど……。販売予定の薬ですので」

 ラムゼイから、初回はともかく、その後は代金をもらうように念を押されている。
 彼に師事を仰いでいるし、クリスティンも売上の一部をいただくことになっているので、反対はしなかった。

「良心的な価格に設定しております」
「ああ。これから購入しよう」
「ありがとうございます!」
 
 ルーカスや、『暗』寄りの術者達が元気になれるようにと作った薬だが、自分の未来のためでもある。
 孤島送りになった場合、先立つものが必要だ。せっせと貯金せねば。


*****


 ルーカスは、クリスティンから誘いを断られ、当然だと思いながらも気落ちした。
 彼女はアドレーの婚約者だ。
 恋人たちの祭りといわれる花祭り。アドレーと行くに決まっていた。


 ルーカスは天を仰いだ。
 校舎の壁面に伸び、絡みついている蔓が視界に入る。

 ──事情があり、ルーカスはこの魔術学園に入学していた。
 魔術の勉強以外の、大事な理由。
 だが、状況は暗い。失望の淵にいる。
 そんなときに、クリスティンと出会った。
 
 彼女は王太子アドレーの婚約者。
 品行方正で、眉目秀麗なアドレーには信奉者が多い。クリスティンは学園のマドンナだ。非常にお似合いの二人である。
 アドレーはクリスティンを溺愛している。
 
 彼女は王太子の婚約者であるが、決して驕らない。
 生徒会室で眺めていれば、なぜか王太子を避けているようにもみえる。
 
 不思議なひとだ。
 美少女で、真面目なのだが少々……いや、かなり変わっている。
 薬を自ら作ることにしても、リーと剣を合わせることにしても。
 彼女の行動はときに、公爵令嬢がすることとは思えず唖然としてしまうものだ。
 それが可笑しく、ついつい見てしまうのだった。
 ルーカスはクリスティンを視線で追っていて、気づいた。

(──彼女は何か、途方もないものを、その身に抱えている)

 そんなクリスティンだから、きっと勘づいた。
 ルーカスの深い憂いに。
 抱えているものがある同士として──。
 
 発作を起こした彼女に、気遣いの言葉をかけられたとき、ルーカスは癒され、彼女に強く惹きつけられた。
 今まで覚えたことのない不思議な感覚。
 ルーカスは、女性は守るべき存在だと思っていたが、クリスティンは、こちらを支えてくれる度量の大きさを感じる。
 
 良い婚約者を手に入れたこの国の王太子が羨ましい。
 彼女を奪って帝国に連れて帰りたいくらいである。
 
(……クリスティン。君は何をその身に抱えている?)

 発作も、彼女の悩み事も心配に思う。
 彼女の全部を知って、その力になりたい。もっと奥に踏み込みたい。

(こんな気持ちを向けても仕方ないのに……)

 クリスティンはアドレーの婚約者で、ルーカスは使命がありこの学園へやって来ている。
 こういった感情を抱き、想いをもてあましている場合ではなかった。
 
 ──だがどうしても気になってしまう。

 
*****


 クリスティンはルーカスと別れ、訓練場に向かった。魔物が出るとの噂がある場所で、木々が鬱蒼と茂っており、誰も立ち寄らない秘密の場所である。

「おお、来たな、クリスティン嬢」

 スウィジンに解放されたメルも、その場に到着していた。

「クリスティン様」
「お疲れ様、メル。本日もよろしくお願いいたしますわ、リー様」
「ああ。じゃ早速だが、始めよう」

 汗を流せば、日頃の不安も溶けていく気がする。
 クリスティンは、身体を動かすことで良い気分転換になっていた。
 
 
 稽古が終了すると、リーにクリスティンは聞かれた。

「来月の休み、予定決めてる? 花祭りがあるだろ?」

 今日はその話題がよくでる。

「決めておりますが」
「……そっか」

 リーは溜息をついて髪をくしゃくしゃとかきあげた。

「だよなあ、殿下の婚約者だし、殿下から誘われてるよな。ま、楽しんできなよ」
「え?」
「じゃ、お疲れ」
 
 リーは肩をおとして帰っていった。
 
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...