闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

文字の大きさ
上 下
25 / 93
第一章

25.使命

しおりを挟む
  
 研究室に通いつめ、薬は完成した。
『暗』寄りではないが、ルーカスと同じ『風』術者のメルが協力してくれたからだ。
 薬草の種類と、割合を変え、効き目は以前のものよりアップした。
 
 完成品を持って、早速クリスティンは中庭へと向かった。
 メルはスウィジンに呼ばれ、今日はいない。
 
 
 この間ルーカスと出会った辺りに行ってみれば、彼の姿が見えた。
 木にもたれ、プラチナブロンドを風に揺らせ、読書をしている。
 こちらに気づくと、彼はぱたん、と本を閉じた。

「クリスティン」
「ルーカス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。俺に何か用?」
「はい。こちらをお渡ししようと思いまして」
 
 クリスティンは薬の入った瓶をルーカスに差し出す。

「これは?」
「魔力で体調が崩れたとき、飲むと効く薬ですわ。以前渡したものより効果がアップしております。ルーカス様は『暗』寄りの魔力で、悩まれ苦労なさっているようにお見受けしました。この間、お世話になったお礼ですわ。お受け取りくださいませ」
「前の薬も良かったし、助かるよ」

 ルーカスはクリスティンから瓶を受け取った。

「ありがとう。……そういえば、来月の最初の休み、君、空いてる?」

 花祭りのある日だ。

「予定がございます」

 クリスティンが答えると、ルーカスは瞳を伏せ、静かに吐息をついた。

「──そう。なら、いい」
「もし薬がまたご入用でしたら、おっしゃってくださいませ。次はご購入いただくことになるのですけれど……。販売予定の薬ですので」

 ラムゼイから、初回はともかく、その後は代金をもらうように念を押されている。
 彼に師事を仰いでいるし、クリスティンも売上の一部をいただくことになっているので、反対はしなかった。

「良心的な価格に設定しております」
「ああ。これから購入しよう」
「ありがとうございます!」
 
 ルーカスや、『暗』寄りの術者達が元気になれるようにと作った薬だが、自分の未来のためでもある。
 孤島送りになった場合、先立つものが必要だ。せっせと貯金せねば。


*****


 ルーカスは、クリスティンから誘いを断られ、当然だと思いながらも気落ちした。
 彼女はアドレーの婚約者だ。
 恋人たちの祭りといわれる花祭り。アドレーと行くに決まっていた。


 ルーカスは天を仰いだ。
 校舎の壁面に伸び、絡みついている蔓が視界に入る。

 ──事情があり、ルーカスはこの魔術学園に入学していた。
 魔術の勉強以外の、大事な理由。
 だが、状況は暗い。失望の淵にいる。
 そんなときに、クリスティンと出会った。
 
 彼女は王太子アドレーの婚約者。
 品行方正で、眉目秀麗なアドレーには信奉者が多い。クリスティンは学園のマドンナだ。非常にお似合いの二人である。
 アドレーはクリスティンを溺愛している。
 
 彼女は王太子の婚約者であるが、決して驕らない。
 生徒会室で眺めていれば、なぜか王太子を避けているようにもみえる。
 
 不思議なひとだ。
 美少女で、真面目なのだが少々……いや、かなり変わっている。
 薬を自ら作ることにしても、リーと剣を合わせることにしても。
 彼女の行動はときに、公爵令嬢がすることとは思えず唖然としてしまうものだ。
 それが可笑しく、ついつい見てしまうのだった。
 ルーカスはクリスティンを視線で追っていて、気づいた。

(──彼女は何か、途方もないものを、その身に抱えている)

 そんなクリスティンだから、きっと勘づいた。
 ルーカスの深い憂いに。
 抱えているものがある同士として──。
 
 発作を起こした彼女に、気遣いの言葉をかけられたとき、ルーカスは癒され、彼女に強く惹きつけられた。
 今まで覚えたことのない不思議な感覚。
 ルーカスは、女性は守るべき存在だと思っていたが、クリスティンは、こちらを支えてくれる度量の大きさを感じる。
 
 良い婚約者を手に入れたこの国の王太子が羨ましい。
 彼女を奪って帝国に連れて帰りたいくらいである。
 
(……クリスティン。君は何をその身に抱えている?)

 発作も、彼女の悩み事も心配に思う。
 彼女の全部を知って、その力になりたい。もっと奥に踏み込みたい。

(こんな気持ちを向けても仕方ないのに……)

 クリスティンはアドレーの婚約者で、ルーカスは使命がありこの学園へやって来ている。
 こういった感情を抱き、想いをもてあましている場合ではなかった。
 
 ──だがどうしても気になってしまう。

 
*****


 クリスティンはルーカスと別れ、訓練場に向かった。魔物が出るとの噂がある場所で、木々が鬱蒼と茂っており、誰も立ち寄らない秘密の場所である。

「おお、来たな、クリスティン嬢」

 スウィジンに解放されたメルも、その場に到着していた。

「クリスティン様」
「お疲れ様、メル。本日もよろしくお願いいたしますわ、リー様」
「ああ。じゃ早速だが、始めよう」

 汗を流せば、日頃の不安も溶けていく気がする。
 クリスティンは、身体を動かすことで良い気分転換になっていた。
 
 
 稽古が終了すると、リーにクリスティンは聞かれた。

「来月の休み、予定決めてる? 花祭りがあるだろ?」

 今日はその話題がよくでる。

「決めておりますが」
「……そっか」

 リーは溜息をついて髪をくしゃくしゃとかきあげた。

「だよなあ、殿下の婚約者だし、殿下から誘われてるよな。ま、楽しんできなよ」
「え?」
「じゃ、お疲れ」
 
 リーは肩をおとして帰っていった。
 
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

ヒロインの味方のモブ令嬢は、ヒロインを見捨てる

mios
恋愛
ヒロインの味方をずっとしておりました。前世の推しであり、やっと出会えたのですから。でもね、ちょっとゲームと雰囲気が違います。 どうやらヒロインに利用されていただけのようです。婚約者?熨斗つけてお渡ししますわ。 金の切れ目は縁の切れ目。私、鞍替え致します。 ヒロインの味方のモブ令嬢が、ヒロインにいいように利用されて、悪役令嬢に助けを求めたら、幸せが待っていた話。

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...