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第一章
25.使命
しおりを挟む研究室に通いつめ、薬は完成した。
『暗』寄りではないが、ルーカスと同じ『風』術者のメルが協力してくれたからだ。
薬草の種類と、割合を変え、効き目は以前のものよりアップした。
完成品を持って、早速クリスティンは中庭へと向かった。
メルはスウィジンに呼ばれ、今日はいない。
この間ルーカスと出会った辺りに行ってみれば、彼の姿が見えた。
木にもたれ、プラチナブロンドを風に揺らせ、読書をしている。
こちらに気づくと、彼はぱたん、と本を閉じた。
「クリスティン」
「ルーカス様、ごきげんよう」
「ごきげんよう。俺に何か用?」
「はい。こちらをお渡ししようと思いまして」
クリスティンは薬の入った瓶をルーカスに差し出す。
「これは?」
「魔力で体調が崩れたとき、飲むと効く薬ですわ。以前渡したものより効果がアップしております。ルーカス様は『暗』寄りの魔力で、悩まれ苦労なさっているようにお見受けしました。この間、お世話になったお礼ですわ。お受け取りくださいませ」
「前の薬も良かったし、助かるよ」
ルーカスはクリスティンから瓶を受け取った。
「ありがとう。……そういえば、来月の最初の休み、君、空いてる?」
花祭りのある日だ。
「予定がございます」
クリスティンが答えると、ルーカスは瞳を伏せ、静かに吐息をついた。
「──そう。なら、いい」
「もし薬がまたご入用でしたら、おっしゃってくださいませ。次はご購入いただくことになるのですけれど……。販売予定の薬ですので」
ラムゼイから、初回はともかく、その後は代金をもらうように念を押されている。
彼に師事を仰いでいるし、クリスティンも売上の一部をいただくことになっているので、反対はしなかった。
「良心的な価格に設定しております」
「ああ。これから購入しよう」
「ありがとうございます!」
ルーカスや、『暗』寄りの術者達が元気になれるようにと作った薬だが、自分の未来のためでもある。
孤島送りになった場合、先立つものが必要だ。せっせと貯金せねば。
*****
ルーカスは、クリスティンから誘いを断られ、当然だと思いながらも気落ちした。
彼女はアドレーの婚約者だ。
恋人たちの祭りといわれる花祭り。アドレーと行くに決まっていた。
ルーカスは天を仰いだ。
校舎の壁面に伸び、絡みついている蔓が視界に入る。
──事情があり、ルーカスはこの魔術学園に入学していた。
魔術の勉強以外の、大事な理由。
だが、状況は暗い。失望の淵にいる。
そんなときに、クリスティンと出会った。
彼女は王太子アドレーの婚約者。
品行方正で、眉目秀麗なアドレーには信奉者が多い。クリスティンは学園のマドンナだ。非常にお似合いの二人である。
アドレーはクリスティンを溺愛している。
彼女は王太子の婚約者であるが、決して驕らない。
生徒会室で眺めていれば、なぜか王太子を避けているようにもみえる。
不思議なひとだ。
美少女で、真面目なのだが少々……いや、かなり変わっている。
薬を自ら作ることにしても、リーと剣を合わせることにしても。
彼女の行動はときに、公爵令嬢がすることとは思えず唖然としてしまうものだ。
それが可笑しく、ついつい見てしまうのだった。
ルーカスはクリスティンを視線で追っていて、気づいた。
(──彼女は何か、途方もないものを、その身に抱えている)
そんなクリスティンだから、きっと勘づいた。
ルーカスの深い憂いに。
抱えているものがある同士として──。
発作を起こした彼女に、気遣いの言葉をかけられたとき、ルーカスは癒され、彼女に強く惹きつけられた。
今まで覚えたことのない不思議な感覚。
ルーカスは、女性は守るべき存在だと思っていたが、クリスティンは、こちらを支えてくれる度量の大きさを感じる。
良い婚約者を手に入れたこの国の王太子が羨ましい。
彼女を奪って帝国に連れて帰りたいくらいである。
(……クリスティン。君は何をその身に抱えている?)
発作も、彼女の悩み事も心配に思う。
彼女の全部を知って、その力になりたい。もっと奥に踏み込みたい。
(こんな気持ちを向けても仕方ないのに……)
クリスティンはアドレーの婚約者で、ルーカスは使命がありこの学園へやって来ている。
こういった感情を抱き、想いをもてあましている場合ではなかった。
──だがどうしても気になってしまう。
*****
クリスティンはルーカスと別れ、訓練場に向かった。魔物が出るとの噂がある場所で、木々が鬱蒼と茂っており、誰も立ち寄らない秘密の場所である。
「おお、来たな、クリスティン嬢」
スウィジンに解放されたメルも、その場に到着していた。
「クリスティン様」
「お疲れ様、メル。本日もよろしくお願いいたしますわ、リー様」
「ああ。じゃ早速だが、始めよう」
汗を流せば、日頃の不安も溶けていく気がする。
クリスティンは、身体を動かすことで良い気分転換になっていた。
稽古が終了すると、リーにクリスティンは聞かれた。
「来月の休み、予定決めてる? 花祭りがあるだろ?」
今日はその話題がよくでる。
「決めておりますが」
「……そっか」
リーは溜息をついて髪をくしゃくしゃとかきあげた。
「だよなあ、殿下の婚約者だし、殿下から誘われてるよな。ま、楽しんできなよ」
「え?」
「じゃ、お疲れ」
リーは肩をおとして帰っていった。
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