闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

文字の大きさ
上 下
21 / 91
第一章

21.倒れる

しおりを挟む
 
 ソニアはドジッ娘だ。
 今日も授業で使う教科書を机の上に忘れ、次の教室に移動している。

(プレイヤーが突っ込みたくなるくらい、ヒロインは悪役令嬢に攻撃材料を次々と与えていたわね、そういえば……)
 
 視線で追ってしまい忘れ物にも気づいてしまった。
 クリスティンがそれを手に取ると、メルが問うた。

「持っていってあげるのですか?」
「ええ」
 
 授業で使うもので、ないと困るものだ。
 メルは低い声で告げる。

「彼女は、クリスティン様を窮地に陥れるライバルです。放っておけばよいのでは」
「ライバルではないわ。アドレー様と幸せになっていただきたいと、思っているのよ」
 
 クリスティンは淡く吐息を零す。
 
 次の教室に移動すると、ソニアが眉を八の字にしていた。
 今から取りに戻ると遅刻してしまうから。
 クリスティンは彼女の前まで行き、教科書をすっと差し出した。

「ソニアさん、こちら、机の上に置いたままになっていました」
「あ、クリスティン様、ありがとうございます!」 
 
 ソニアはぱっと表情を輝かせて、それを受け取った。

「忘れたことに今気づいて!」
「この間も同じことがありました。どうぞお気を付けて」
 
 クリスティンが見つけただけで、これで四度目、彼女に手渡すのも四回目だ。
 彼女は頬を赤らめる。

「はい……わたし、ドジで……」

 ヒロインの特徴としてドジというのはよくある。だが実際にそうだと本人も周りも困ることだ。
 彼女は自覚があっても、改善しようとしているように感じられなかった。

(これくらいのドジさ加減だと、愛嬌といえるけれど)

 大きな失敗をしてしまったらどうするのだろう。他人事ながら心配になる。
 クリスティンは自席へつく。隣に座ったメルが眉間を皺めた。

「彼女は本当に『花冠の聖女』なのですか。どうしてもそうは思えないのですが……」
「いずれ覚醒するの」
 
 メルは釈然としないといったように、首を捻る。

「私がみたところ、普通の少女以上にそそっかしいような……? 今、アドレー様と彼女には、接点はないようです。今後二人が近づくことがないようにしましょうか?」
「いいえ。そんなことをしては決して駄目。話したでしょう、わたくし惨劇に突き進んでしまうのだから……!」
「ですが……」
 
 メルは眉を顰める。

「私は、納得できないのです」
「あなたは、わたくしがアドレー様と結婚したがっているように思うの?」

 クリスティンはアドレーを恐れているのに。
 メルは押し黙ったあと、素直に答えた。

「いいえ」
 
 クリスティンは重く首肯する。

「メル、そういうことなのよ」
 
 彼はすとんと腑に落ちたように、神妙な顔で頷いた。

「……不要なので差し上げたいということですね?」
 
 身も蓋もないが、そういうことになるのだろうか。
 地位も名誉もクリスティンは必要としていない。
 欲しいのは平穏、それだけなのだ。
 

◇◇◇◇◇


 フレッドは飛び入学を果たしただけあり、優秀だ。
 クリスティンは週に一回、彼と図書館で勉強をしている。
 
 教室では挨拶を交わすだけ、図書館でも二人無言で勉強しているだけだったが、わからないところがあれば教えてくれ、おすすめの本も紹介してくれる。
 彼との時間は有意義だった。
 彼に聞けば、難解なことも、するっと理解できる。
 

 その日も、充実した時を過ごして、図書館を出た。
 フレッドはまだ残っている。
 彼から図書室での勉強は内緒にしてほしいと言われている。
 互いに目立ちたくはない。クリスティンは了承した。
 メルに、二回に一回は代わりに生徒会に出てもらっていて、今日もそうである。

(色々と面倒をかけてしまっているわ。お詫びに寮の調理室で、メルのために何か作ろうかしら)
 
 寮へ戻りながらそう考えていると、突如胸に鋭い痛みが走った。
 
「……っ」
 
 クリスティンは焦った。
 
 これは……発作がくる前兆である。
 約一ヵ月ぶり、入学してからは初めて。
 以前はもっとしょっちゅう発作が起きていたが、ラムゼイのお陰で、頻度は半分に減っていた。
 だがまだ起きるのを止めることはできていない。

(どうしよう……!)

 人に見られたら、ちょっとした騒ぎになる。
 蒼白な顔で、ひとけのない場所を求め、彷徨う。
 寮までたどり着けそうにない。
 
 誰もいない木陰で、クリスティンは膝をついた。
 痛みは強く激しくなっていく。
 肩で大きく息をし、ポケットに入れてある薬を取って口にした。
 薬を飲めば、約五分で発作はおさまる。
 しかしそれまでこの苦痛と戦わなければならない。
 荒い呼吸を繰り返していると、その場に声が響いた。

「どうした……」
 
 顔を上げるとそこに、ルーカスの姿があった。

「……ルーカス、様……?」

 クリスティンは生徒会で長居するのを避けているので、こうしてルーカスとまともに顔を合わせるのは、初日以来だった。

「大丈夫か!?」
 
 彼はクリスティンの肩に手を置く。

「大、丈、夫です……」
 
 クリスティンは滲む汗を拭い、喘ぐように答えた。

「休めば、すぐに、おさまります……」
「だが……」
「ただの、発作です……もう、薬も、飲みました」

 彼はクリスティンを抱え上げた。

「ルーカス、様……!?」

 驚くクリスティンに構わず、彼は西日のあたる場所から移動した。
 柔らかな下草の生えた日陰へとクリスティンをそっと下ろす。

「本当に、大丈夫?」
 
 クリスティンは顎を引く。

「ええ……」
「水を持ってくるから、待っていて」
「いえ、大丈夫ですから……」
「すぐ戻る」

 クリスティンの言葉をきかず、彼は水を求めに行った。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

推ししか勝たん!〜悪役令嬢?なにそれ、美味しいの?〜

みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは前世で読んだラノベの世界で、自分が悪役令嬢だったとか、それこそラノベの中だけだと思っていた。 だけど、どう見ても私の容姿は乙女ゲーム『愛の歌を聴かせて』のラノベ版に出てくる悪役令嬢・・・もとい王太子の婚約者のアナスタシア・アデラインだ。 ええーっ。テンション下がるぅ。 私の推しって王太子じゃないんだよね。 同じ悪役令嬢なら、推しの婚約者になりたいんだけど。 これは、推しを愛でるためなら、家族も王族も攻略対象もヒロインも全部巻き込んで、好き勝手に生きる自称悪役令嬢のお話。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

処理中です...