闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第一章

16.学園入学の日1

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 十五歳となる春。
 ゲーム開始──学園入学の日を、迎えた。
 
 学園に行きたくないと、数年かけ両親に何度も掛け合ったが、魔力を持つ者の義務だと取り合ってもらえなかった。
 クリスティンは溜息を吐き出す。
 
 探していたからか、それともヒロインの放つオーラのせいか。
 講堂内ですぐ見つけてしまった。
 
 ──ソニア・ブローン。
 柔らかなたんぽぽ色の髪、白い肌、潤みを帯びた琥珀色の瞳、主張しない鼻、果実のような唇。
 小柄で可憐な乙女。

(さすがヒロイン……。守りたくなるような可愛らしさがあるわ……)
 
 クリスティンは感心してしまった。
 十二歳で記憶が蘇ってから、ひと時も忘れることはなかった存在だ。
 ようやく目にしたことで、クリスティンはやけに高揚し、どきどきとしてしまう。
 
 田舎でずっと暮らしていた平民の少女。
 垢ぬけてはいないものの、素朴で清楚な美しさを纏っている。
 彼女をみれば攻略対象も惹かれるだろう。
 
 クリスティンはといえば、体力改善をしたせいか、ゲームの悪役令嬢よりも身長が伸び、肩幅は広くなって、胸は大きくなった。稽古の時はサラシ必須だ。
 身体つきは筋肉質となり、儚げな可愛らしさなどは欠片もない。
 
 なるべくヒロインとは関わりをもたないと決めていたのだが、目で追ってしまう。
 ざわめいている講堂内で、ソニアはきょときょとしながら歩いていた。
 彼女は不安で仕方ないのである。
 魔力を持つのは、殆ど王侯貴族で、平民の者は皆無に等しいから。
 
 周りの空気に圧されたソニアがこちらに近づいてくる。

(いけない……!)
 
 余り見ていても怪しまれる。
 クリスティンは顔を背け、違う場所を見るふりをした。
 
 それが駄目だった。
 衝撃を身体に受け、びっくりすると目の前にヒロインの姿があった。
 彼女に、体当たりされてしまったのだ。

「あ、すみません!」

 ソニアは眉を八の字にし、頭を下げる。

(そういえば……ゲームでもヒロインは悪役令嬢にぶつかっていた……)

『一体どこを見て歩いてらっしゃるの? あなた、平民でしょう。しかも田舎者だわ。なぜここにいるの? 場違いよ!』と悪役令嬢は貴族ではないソニアを見くだし、委縮させる。
 ゲームをプレイした今は、ヒロインの心細い気持ちがよくわかる。
 悪役令嬢がどうしてあんなことを口にするのか心底謎だ。

「いいのです」

 クリスティンが微笑むと、彼女はクリスティンをじっと見、もう一度おどおどと謝った。

「本当にすみませんでした」
「構いません。人が多いですので、どうぞお気をつけください」

 彼女は強く頷く。

「はい!」
 
 歩き出した彼女が気になってその背を視線で追うと、彼女はまた違うひとにぶつかり、謝っていた。
 ヒロインはいわゆるドジッ娘である。

 目を凝らすと、ぶつかった相手は、フレッド・エイリング。
 飛び入学を果たした一歳年下の少年である。

(そういえば、これがヒロインとフレッドとの出会いだったわ)

 気の優しいフレッドがヒロインの相談相手となる。
 どのルートでも起こる初期イベントのひとつである。
 攻略対象ではないが、彼も人気のあるキャラだった。
 感慨深く、以前ゲームで体験したその光景を眺めていると、スウィジンに呼ばれていたメルが戻ってきた。
 
「ちょうどよい時に戻ってきたわ、メル。彼女がそうよ」
 
 クリスティンがヒロインを示すと彼はそちらへちらりと視線を流した。

「あのたんぽぽ色の髪の少女ですか?」
「ええ。眼鏡をかけた少年と話しているでしょう。さすがに可愛らしい」
 
 メルは首を傾げる。

「私には普通の娘にしかみえませんが」

 彼は淡々と言う。

「いずれ覚醒するの」
「そうなのですね」

 メルは余り関心がないようだ。攻略対象ではないからだろうか。
 攻略対象五人は、ゲーム内ではじめてヒロインを見たとき、なんらかの反応があった。
 
 女装をしたメルは、クリスティンの身の回りの世話をするため、両親に言いつけられ二年遅れで入学している。
 それはゲーム通りで、彼の女装がバレることもない。
 長身で身体つきはしっかりしているが、着やせするので、近くでみても男性とはわからない。カツラをかぶっているから?

(いえ、メルがあまりにも綺麗すぎるためね)

 寮の部屋も同室で、心強い。
 この学園で最も頼りになるのは、攻略対象ではないメルだけなのだから。
 
 彼への信頼度は月日とともに増し、クリスティンは彼といるときが最も安心できる。
 癒しで、なくてはならないかけがえのない存在だ。
 女装させるのは申し訳なかったが、彼がいてくれるとほっとするし、両親を説得できず、女装させてしまうことになった。 
 もし孤島送りになったら、その場合は一人で行く。流石にそこまで付き合わせるのは悪い。
 
 とにかく惨劇にならないよう、頑張ろう。

「そろそろクリスティン様、席につきましょう」
「ええ」

 二人は席へと移動した。

「それでお兄様の話ってなんだったの?」

 メルはクリスティンの横に静かに腰を下ろす。

「生徒会にクリスティン様に入っていただきたいので、式のあと、東館三階の生徒会室に来てほしいとのことでした」
「え……」

 クリスティンは色をなくす。

「絶対に生徒会になんて入りたくないわ!」

 攻略対象が勢ぞろいしている生徒会。
 しかもアドレーが生徒会長である。
 そんなところに所属するなんて、考えるだけで胃がしくしく痛む。
 ゲームでは、悪役令嬢は無理やり生徒会入りを果たすが、そんなこと頼まれてもしない。
 絶対嫌だ。

(断固として断らないと!)

 生徒会入りは惨劇への第一歩である。
 クリスティンが意思を固めていると、式がはじまった。
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