16 / 91
第一章
16.学園入学の日1
しおりを挟む十五歳となる春。
ゲーム開始──学園入学の日を、迎えた。
学園に行きたくないと、数年かけ両親に何度も掛け合ったが、魔力を持つ者の義務だと取り合ってもらえなかった。
クリスティンは溜息を吐き出す。
探していたからか、それともヒロインの放つオーラのせいか。
講堂内ですぐ見つけてしまった。
──ソニア・ブローン。
柔らかなたんぽぽ色の髪、白い肌、潤みを帯びた琥珀色の瞳、主張しない鼻、果実のような唇。
小柄で可憐な乙女。
(さすがヒロイン……。守りたくなるような可愛らしさがあるわ……)
クリスティンは感心してしまった。
十二歳で記憶が蘇ってから、ひと時も忘れることはなかった存在だ。
ようやく目にしたことで、クリスティンはやけに高揚し、どきどきとしてしまう。
田舎でずっと暮らしていた平民の少女。
垢ぬけてはいないものの、素朴で清楚な美しさを纏っている。
彼女をみれば攻略対象も惹かれるだろう。
クリスティンはといえば、体力改善をしたせいか、ゲームの悪役令嬢よりも身長が伸び、肩幅は広くなって、胸は大きくなった。稽古の時はサラシ必須だ。
身体つきは筋肉質となり、儚げな可愛らしさなどは欠片もない。
なるべくヒロインとは関わりをもたないと決めていたのだが、目で追ってしまう。
ざわめいている講堂内で、ソニアはきょときょとしながら歩いていた。
彼女は不安で仕方ないのである。
魔力を持つのは、殆ど王侯貴族で、平民の者は皆無に等しいから。
周りの空気に圧されたソニアがこちらに近づいてくる。
(いけない……!)
余り見ていても怪しまれる。
クリスティンは顔を背け、違う場所を見るふりをした。
それが駄目だった。
衝撃を身体に受け、びっくりすると目の前にヒロインの姿があった。
彼女に、体当たりされてしまったのだ。
「あ、すみません!」
ソニアは眉を八の字にし、頭を下げる。
(そういえば……ゲームでもヒロインは悪役令嬢にぶつかっていた……)
『一体どこを見て歩いてらっしゃるの? あなた、平民でしょう。しかも田舎者だわ。なぜここにいるの? 場違いよ!』と悪役令嬢は貴族ではないソニアを見くだし、委縮させる。
ゲームをプレイした今は、ヒロインの心細い気持ちがよくわかる。
悪役令嬢がどうしてあんなことを口にするのか心底謎だ。
「いいのです」
クリスティンが微笑むと、彼女はクリスティンをじっと見、もう一度おどおどと謝った。
「本当にすみませんでした」
「構いません。人が多いですので、どうぞお気をつけください」
彼女は強く頷く。
「はい!」
歩き出した彼女が気になってその背を視線で追うと、彼女はまた違うひとにぶつかり、謝っていた。
ヒロインはいわゆるドジッ娘である。
目を凝らすと、ぶつかった相手は、フレッド・エイリング。
飛び入学を果たした一歳年下の少年である。
(そういえば、これがヒロインとフレッドとの出会いだったわ)
気の優しいフレッドがヒロインの相談相手となる。
どのルートでも起こる初期イベントのひとつである。
攻略対象ではないが、彼も人気のあるキャラだった。
感慨深く、以前ゲームで体験したその光景を眺めていると、スウィジンに呼ばれていたメルが戻ってきた。
「ちょうどよい時に戻ってきたわ、メル。彼女がそうよ」
クリスティンがヒロインを示すと彼はそちらへちらりと視線を流した。
「あのたんぽぽ色の髪の少女ですか?」
「ええ。眼鏡をかけた少年と話しているでしょう。さすがに可愛らしい」
メルは首を傾げる。
「私には普通の娘にしかみえませんが」
彼は淡々と言う。
「いずれ覚醒するの」
「そうなのですね」
メルは余り関心がないようだ。攻略対象ではないからだろうか。
攻略対象五人は、ゲーム内ではじめてヒロインを見たとき、なんらかの反応があった。
女装をしたメルは、クリスティンの身の回りの世話をするため、両親に言いつけられ二年遅れで入学している。
それはゲーム通りで、彼の女装がバレることもない。
長身で身体つきはしっかりしているが、着やせするので、近くでみても男性とはわからない。カツラをかぶっているから?
(いえ、メルがあまりにも綺麗すぎるためね)
寮の部屋も同室で、心強い。
この学園で最も頼りになるのは、攻略対象ではないメルだけなのだから。
彼への信頼度は月日とともに増し、クリスティンは彼といるときが最も安心できる。
癒しで、なくてはならないかけがえのない存在だ。
女装させるのは申し訳なかったが、彼がいてくれるとほっとするし、両親を説得できず、女装させてしまうことになった。
もし孤島送りになったら、その場合は一人で行く。流石にそこまで付き合わせるのは悪い。
とにかく惨劇にならないよう、頑張ろう。
「そろそろクリスティン様、席につきましょう」
「ええ」
二人は席へと移動した。
「それでお兄様の話ってなんだったの?」
メルはクリスティンの横に静かに腰を下ろす。
「生徒会にクリスティン様に入っていただきたいので、式のあと、東館三階の生徒会室に来てほしいとのことでした」
「え……」
クリスティンは色をなくす。
「絶対に生徒会になんて入りたくないわ!」
攻略対象が勢ぞろいしている生徒会。
しかもアドレーが生徒会長である。
そんなところに所属するなんて、考えるだけで胃がしくしく痛む。
ゲームでは、悪役令嬢は無理やり生徒会入りを果たすが、そんなこと頼まれてもしない。
絶対嫌だ。
(断固として断らないと!)
生徒会入りは惨劇への第一歩である。
クリスティンが意思を固めていると、式がはじまった。
75
お気に入りに追加
3,566
あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

気だるげの公爵令息が変わった理由。
三月べに
恋愛
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。
王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。
そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。
「生きる楽しみを教えてくれ」
ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。
「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」
つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。
そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。
学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。
「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」
知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。
「無視してんじゃないわよ!」
「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」
「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」
そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。
「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」
ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。
(なろうにも、掲載)
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる