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第一章
14.婚約者の来訪3
しおりを挟む「虚弱体質ではなくなって。鍛えるのはとても大変なことだったよね? 君は『闇』寄りの魔力を持っているんだから」
アドレーの言葉にクリスティンは心臓が跳ねた。
彼はふっと唇に笑みを浮かべる。
「知っていたよ、君が『暗』寄りではなく、『闇』寄りの術者だって」
「……ラムゼイ様からお聞きになりましたの?」
アドレーは確信している。
だからラムゼイから聞いたのかと思った。
彼は片眉を上げる。
「ラムゼイも知っているのか? いや、ラムゼイから聞いたのではないよ。君と婚約した当初から知っていた。王家にそういったことを隠しきることは不可能だ。わかった上で、婚約となった。『闇』寄りとはいえ、『星』の術者は貴重だからね」
(そうだったの……)
「それに私も『闇』寄りの術者」
クリスティンは瞠目する。
「え……?」
アドレーについては、ゲームでも明らかにされていない。
「それは……本当なんですの?」
「私は『光』の術者でありながら、『闇』寄りだ。『星』とは違い、身体に影響はないけれどね。体面が余りよくないので、秘されている。このことは親友のラムゼイも知らないことだよ」
にっこり笑うアドレーに、クリスティンは寒気を覚えた。
「君以外には話したことはない。魂を穢しやすいといわれているからね。重要な秘密だ」
どうして、そんな大切なことをクリスティンに話すのだろう。
(『あの人気キャラの意外な事実が明らかに!』と、亡くなる前に続編予告が出ていたけれど……)
今聞いたことは、続編でわかることなのだろうか。
「そんな重要なことを、わたくしにお話ししてもよろしいのですか……?」
「もちろん。君は、私の妃となるひとだ」
彼はそう言って、きらきらしい美貌のかんばせを近づけ、クリスティンの額に唇をおとした。
女子であれば誰でもときめくシチュエーションだろうが、クリスティンは凍り付く。
彼の眼差しが怖い。
「……アドレー様」
クリスティンは喉の奥から声を押し出した。
「アドレー様はこの先、運命のお相手に巡り合われます」
「? この先、運命の相手に?」
「そうですわ」
彼は訝しげに瞬く。
「運命の相手は君だ」
「わたくしではありません。そのかたは、『星』以上に希少性のある術者ですの」
「『星』以上……『光』?」
『光』よりも更に上の、孤高の『花』だ。
「『花冠の聖女』です」
「この国には、そんな存在はいない」
「今後覚醒されるのですわ。アドレー様はそのかたに惹かれるのです」
彼はくすくすと笑う。
「君はいつから預言者になったのかな?」
「預言者ではありませんが、これに関しては当たりますわ」
「たとえ『花冠の聖女』だとしても、私が惹かれることはないよ」
「いいえ、絶対に惹かれるのです」
アドレーのルートでなくても、彼は『花冠の聖女』に恋心を抱いていたのだから。
アドレーは目を細める。
「なぜ、言い切れる? 君が私に心を開いてくれないのは、『花冠の聖女』が現れ、その存在に私が惹かれると思い込んでいるからなの?」
「思い込みではないのです。『花冠の聖女』は必ず覚醒しますし、アドレー様は心を奪われますから」
「私は君に試されているのかと思うよ。万一そんな存在が現れても、決してその者に私が惹かれることはない。君は何も心配をすることはない」
花冠の聖女に魅せられたアドレーが、ヒロインと二人で好き勝手しても一向に構わないのだが、クリスティンは殺されるかもしれないのだから心配だ。
その時、コンコンとノックの音がして、扉が開いた。
「お茶をお持ちいたしま──」
現れたメルが、床に倒れたクリスティンと、その上に覆いかぶさるような体勢となっているアドレーを見、絶句する。
アドレーは嘆息し、身を起こすと、クリスティンの手を掴んで立ち上がらせた。
「今日のところは帰るよ。でも私が言ったことは忘れないで、クリスティン」
アドレーは優雅にふわりと微笑んだ。
※※※※※
クリスティン・ファネルとは、十歳のとき婚約が決まった。
国で一、二の権力を持つ大貴族の娘。
年齢も合い、貴重な『星』魔力をもつため彼女はアドレーの伴侶に選ばれた。
相手は自分で選びたいと思うアドレーにとって、クリスティンとの結婚は気が進まないものだった。
顔立ちの整った少女だったが、特段興味をもたなかった。
ファネル公爵家を敵に回す気はないので、将来結婚する相手として、義務感から公爵邸を訪れ、彼女と会っていた。
アドレーに対し、クリスティンは媚びた態度をとっていた。
しかし、それが数年前から変わった。
いやに淡白となり、それどころか、アドレーを避けているフシがある。
外見を飾るのをやめ、運動や歌、料理、剣術に力を注ぎ、驚くほど真剣に取り組んでいる。
意識の変化と、その一生懸命さはどこからきているのか不明だが、生き生きとしている様子が、アドレーの目に新鮮なものとしてうつった。
今まで関心のなかった婚約者だが、以前よりも多い頻度で公爵邸を訪れるようになった。
クリスティンは会うたびに変わっていく。
それが面白い。
だが婚約者である自分よりも、彼女は他の者たちと過ごす時間のほうが多く、充実してみえる。
それに親友のラムゼイと距離が段々近くなっている。
週末になるといつも彼の屋敷に彼女は行っているのだ。
魔術について教えていると、ラムゼイから聞いている。
リーからは、眉をひそめる言葉を耳にした。
クリスティンが成長し、胸は大きくなって、腰はくびれてと、剣術指南の報告の際、悪びれず彼は語った。
アドレーも気づいていた。
クリスティンは成長期で、出るところは出、引っ込むところは引っ込み、しなやかで溌剌とした体形となっている。以前のような青白く細い、綺麗なだけの不健康な彼女ではなくなっている。
最近は胸元にサラシを巻いているようだ。
性格もわがままで高慢だったのが、芯の強い、努力家へと変わった。
王太子の婚約者であるクリスティンに、リーがおかしな真似をするとは思わない。だが、彼は確実にクリスティンに興味を持っている。
言動が面白い、と気に入っているのだ。
クリスティンはラムゼイやリー、スウィジン、近侍のメルから様々なことを学んでいる。
なのに、婚約者である自分には何も教えを請おうとしない。
関わり合いになりたくないようで、彼女が変わり始めた時期と、よそよそしくなった時期は一致していた。
(一体何故だ?)
その理由がずっと気になっていた。
それが今日ようやくわかった。
アドレーが心移りをすると彼女は思いこんでいたのである……。
ただの不安ではなく、『花冠の聖女』が覚醒すると彼女はなぜか確信していて、その乙女にアドレーが惹かれると断定的に言う。
確かに『花冠の聖女』が現れれば、王太子妃として、クリスティン以上にふさわしいだろう。
だが他の女に恋慕の情を抱くことはない。
クリスティンにアドレーは惹かれているからだ。
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