10 / 91
第一章
10.漏れ出る殺気
しおりを挟む「殿下に頼まれたんだが……。剣を習いたいって本気?」
「もちろんです」
魔術剣士であるリー・コンウェイが数日後、屋敷にやってきた。
アドレーが話をつけてくれたのである。
紅蓮の髪に、赤みがかった茶色の瞳、整った鼻梁、少し厚めの唇をした、現在十三歳の少年だ。
年少ながら、国で一、二の魔術剣の使い手で、炎の騎士と呼ばれている。
有能な戦士を代々輩出しているコンウェイ侯爵家の人間で、立ち居振る舞いは品があるが、口調は荒々しい。
攻略対象なだけあり、彼もイケメンである。
しかし他の攻略対象同様、全く心惹かれることはない。
「令嬢がすることじゃねぇと思うが。公爵家の一人娘で、未来の王妃でもあるあんたが、なぜ剣術を学びたいと思うかね?」
「未来を切り開くためです」
「戦士にでもなるつもり?」
「そうですわね……。いってみれば、そうですわ。わたくし、己の運命に戦いを挑んでおります」
惨劇ルートに入ったとしても、生き延びるために。
クリスティンが、真っすぐに彼に視線を返すと、意気込みを感じたのか、彼は溜息交じりに言った。
「教えるにあたり、おれは女だからって容赦はしねーぞ」
「ええ、わかっています。びしびしお願いいたしますわ」
「じゃあ、立派な戦士にしてやるか」
リーは可笑しそうに笑った。
クリスティンは本気も本気である。
◇◇◇◇◇
リーは週二日通ってくれた。
力のない女性でも扱いやすいダガーとレイピアを集中して習う。
基礎体力は以前よりついていたので、護身術を学びはじめたときより、ラクだ。
ダガーは、携帯しやすく隠すことが容易。
抜いてから刺すまで時間がかからない。
護身術を教えてくれているメルから、もし相手がダガーを持ち、自分が丸腰だったら、腕、手、肘で戦うように言われている。
ダガーを奪って、相手の腕を折り、動きを封じて、投げ飛ばすのだ。
レイピアは平時用の剣である。
戦場で使われることを考慮されていない、刺突用の細い剣。
表刃を下にし、相手から距離を取って構えをとる。これは身を守るのに適している。
リーが突いてくるのを、斜め左前方に踏み込んで躱し、同時に攻撃する。
実際に身体を刺しはしないが、このまま突けば命中する。
「OK。今度はレイピアとダガーを組み合わせる」
リーはダガーをクリスティンに渡した。
「相手の攻撃線を封じるんだ。前にやった復習」
クリスティンは右手にレイピアを、左手にダガーを持つ。
「いくぜ」
頭を下げてリーの剣先を躱す。
右足を斜め右に踏み込み、彼の突きを避けて、レイピアを叩き込む。
「いいぞ。これは相手が自分よりも強い場合に使う。一発逆転も可能」
以前まではステテコウェアで運動していた。
だが、王太子がいつ屋敷を訪れるかわからないからと母に強く止められ、今はより動きやすい男装姿をしている。
クリスティンは額の汗を拭う。
「じゃ、そろそろ休憩しよう」
「はい」
大きく息をついて、庭園に置かれたテーブルについた。
それを見計らったように、メルがすっと、絶妙のタイミングでお茶を出してくれる。
「ありがとう、メル」
「いえ」
彼の頬は心なしか強張っていた。
リーは頭の後ろで両手を組んで、メルの背を眺める。
「今のってクリスティン嬢の近侍だよな」
薔薇のつぼみの柄が入ったカップのハンドルを、クリスティンは摘まむ。
リーはショコラケーキをフォークで切り、ぱくっと口にする。
「前から気になってたんだけど。すげぇ殺気放ってねーか、あの近侍」
メルは『影』の使用人。
知らず知らずのうちに、そういった気を放ってしまっている?
「優秀で、冷静沈着です。殺気だなんて、おほほ。リー様の思い違いですわ」
クリスティンは護身術だけではなく、メルから料理なども学んでいる。
彼は優秀でなんでもできるのだ。
もし孤島に行くことになった場合、メルがついてきてくれれば安心だが、付き合わせるわけにもいかない。
「人を簡単に殺しそうな目つきをしてるぜ」
「リー様、面白いことをおっしゃいますのね」
クリスティンは丁度、カップを傾けたところだったが、紅茶を噴きそうになった。
笑ってごまかすしかない。
メルは実際そういう訓練を受けている。
ゲーム中で悪役令嬢の命に従って、ヒロイン暗殺を謀る……。
「面白いのは、クリスティン嬢だろ」
「わたくし、リー様のような冗談や、面白いことなど何も申しておりませんし、いたしてもおりませんわよ」
「いや、言動が色々面白すぎる」
リーはケーキを食べながら、肩を竦めた。
「それはともかく。この屋敷に来るたび、あの近侍から殺気を感じるんだ。日頃は隠しているが、クリスティン嬢に稽古をつけたり、こうやって一緒に過ごしていると、隠しきれず、だだ漏れ」
「リー様の勘違いですわ」
「勘違いじゃねーって。かなり腕が立つだろ?」
メルに敵う者はほとんどいない。
リーも魔術剣以外なら、きっと勝負にならない。
クリスティンは笑顔で話を変え、稽古を再開してもらった。
92
お気に入りに追加
3,566
あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
推ししか勝たん!〜悪役令嬢?なにそれ、美味しいの?〜
みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは前世で読んだラノベの世界で、自分が悪役令嬢だったとか、それこそラノベの中だけだと思っていた。
だけど、どう見ても私の容姿は乙女ゲーム『愛の歌を聴かせて』のラノベ版に出てくる悪役令嬢・・・もとい王太子の婚約者のアナスタシア・アデラインだ。
ええーっ。テンション下がるぅ。
私の推しって王太子じゃないんだよね。
同じ悪役令嬢なら、推しの婚約者になりたいんだけど。
これは、推しを愛でるためなら、家族も王族も攻略対象もヒロインも全部巻き込んで、好き勝手に生きる自称悪役令嬢のお話。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

気だるげの公爵令息が変わった理由。
三月べに
恋愛
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。
王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。
そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。
「生きる楽しみを教えてくれ」
ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。
「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」
つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。
そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。
学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。
「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」
知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。
「無視してんじゃないわよ!」
「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」
「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」
そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。
「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」
ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。
(なろうにも、掲載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる