闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第一章

9.実験対象

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 そんな折、屋敷にアドレーとラムゼイがやってきた。

「? クリスティン、今日は元気がないね」

 発作について悩んでいるからだ。

(私の魔力はなんという厄介なものなの……)

「大丈夫かな?」
「ええ。大丈夫ですわ、アドレー様」
 
 大丈夫ではないが、クリスティンは笑顔を繕う。
 体力改善も声音変化も護身術の習得もこのところ順調だったのに、とんだ落とし穴が現れたものである。

「そう?」
「はい」

 アドレーはテーブルの上で、両手を組み合わせる。

「そういえばクリスティンの体力改善について魔術剣士のリーに話したら、自分が剣術を教えようか、と話していたよ」

 クリスティンは耳をぴくっと動かした。

「そうなのですか? わたくし、ぜひ教えていただきたいですわ」
「冗談で彼は話していたと思うけどね」
「リー様は、かなりの魔術剣の使い手というお噂を耳にいたします。ぜひ、教えを請いたいですわ」

 リーはクリスティンと同い年。アドレーやラムゼイより一つ下だ。
 本来避けるべき攻略対象なのだが、剣の腕は確かである。
 彼に教えてもらえれば、惨殺回避の確率がグンとあがるだろう。
 ラムゼイが呆れたといったように、首をぐるりと回した。

「君は一体、何を目指している? 騎士にでもなるつもりか?」
「自らの身は、自らで守りたいのですわ」

 ラムゼイの放つ刺客に、簡単にやられるつもりはないのである。
 強く睨むと、ラムゼイは戸惑ったように瞬いた。

「何だ?」

 クリスティンは目を伏せる。

「いえ、なんでもございません。──アドレー様。どうかわたくしの言葉をリー様にお伝えいただけませんでしょうか」


 二人を見送り、部屋に戻ろうとすると、ラムゼイが足を止め、引き返してきた。

「ラムゼイ様、何かお忘れ物でも?」
「今日、君の顔色が悪いのは、君のもつ魔力のせいだろう?」
「え?」
「これをやる」

 ラムゼイはポケットから薄い紙を取り出し、クリスティンに差し出した。
 クリスティンは小首を傾げる。

「なんですの?」
「オレが調合した薬だ。『暗』寄りの魔力の持ち主は体力のないものが多い。この中にある薬を飲むと体調が快復する」
 
 ラムゼイの家は魔術の研究をしていて、医薬品の販売もしている。
 クリスティンはそれを受け取った。

「ありがとうございます、ラムゼイ様」
 
 ラムゼイは銀髪をさらりと揺らせ、背を向ける。

「では失礼する」
「あ、ラムゼイ様、お待ちくださいませ」

 帰ろうとする彼を、クリスティンは引き留めた。

「なんだ?」
 
 こちらを振り返った彼を仰ぐようにして、クリスティンは尋ねた。

「このお薬はラムゼイ様がお作りになられたのですね」
「そうだが?」
 
 クリスティンはこくっと息を呑む。

「ラムゼイ様は、魔力の医療について、お詳しいんですの?」
「ああ」

 ひとつの覚悟を固め、クリスティンは彼に言い募った。

「どうぞわたくしに、その術を教えていただけないでしょうか。わたくし、自分で薬を作りたいのです」

 彼なら発作を抑える薬を、きっと作れる。

「自分で?」
「そうです。どうかお教えくださいませ」

 頭を下げると、彼の双眸が鋭く輝いた。

「──構わないが、ただで教える気はない。交換条件がある」

 クリスティンは少々たじろぐ。

「……なんでしょう?」
 
 ラムゼイはクリスティンを静かに見下ろした。

「君がオレの実験対象になるのであれば、教えてもいい」

 クリスティンは眉を寄せた。

「……実験対象? ……それは一体どういう……?」

 警戒しながら訊けば、ラムゼイは唇の端を持ち上げて笑う。

「そう身構えることはない。ただ君の『星』魔力について知りたいだけだ。実験対象になると約束すれば、指南しよう」

 クリスティンは思案したのち、頷いた。

「……わかりました」 
 
 薬を作る方法は絶対的に習得する必要がある。
 魔術医師に尋ねてみたが、その者には薬を作ることはできないようだった。
 ゲームでも魔術の造詣が深かったラムゼイなら、発作を抑える薬を作ることができるはず。
 
 彼はクリスティンと同じ『闇』寄りの魔力の持ち主だ。
 クリスティンは、彼の事情もゲームからある程度は知っていた。
 こちらの弱みだけを握られるということはない。

「ラムゼイ様、どうぞよろしくお願いいたしますわ」

 ラムゼイは笑みを深めた。

「ああ。今忙しく、他用でしばらく王都を離れる。数ヵ月後になると思うが、時間が空き次第連絡しよう。よろしく、クリスティン」


◇◇◇◇◇


 ラムゼイが帰ったあと、徐々にクリスティンの胸に不安が押し寄せてきた。

(あんな約束をしてしまったけれど……良かったのかしら……)

 ラムゼイは冷血人間だ。

 だがもう約束してしまった。
 発作の薬を自ら作れるようにならなければ、人生詰む。
 少々危険であっても、やむをえない。

(やるしかないのだわ!)
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