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第一章
8.厄介な魔力
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ファネル公爵邸をあとにし、馬車に揺られながら、ラムゼイは喉の奥でくつくつと笑った。
ラムゼイはアドレーの婚約者が、クリスティンであることに納得していなかった。
家柄は最高に良いものの、性根に難ある令嬢であったからだ。
わがまま放題に育ち、客観的に己をみることができず、プライドと自己評価は山のように高い。
どうしようもない高慢な娘という印象だった。
だがこの間、アドレーと共に彼女に会ったとき、雰囲気ががらっと変わっていることに気づいた。
なんというか……高慢さは鳴りを潜めていたが、前とは違う方向で、王太子の婚約者としてそぐわなくなっていた。
今日再度会い、ラムゼイは彼女に興味をもった。
以前は、アドレーに対し、クリスティンがひどく媚びているのが傍目からもわかったが、それがなくなった。今、真剣に婚約解消を望んでいるようだ。
それは何故なのか?
ラムゼイの好奇心が刺激された。
クリスティンがアドレーにふさわしくないという思いは変わっていない。
彼女がああいったことを言わなければ、婚約破棄に向けて動いたであろう。
(アドレーとの結婚を望んでいた彼女が、突如今、婚約解消を望む理由は何だ?)
クリスティンは数少ない『星』の術者。
表向き『暗』寄りといわれているが、恐らく違う。
ラムゼイ自身も『闇』寄りなので、直感で彼女も同じであると思う。
『大地』の能力者であれば身体に受ける害は少ないが、『星』となればそうはいかない。
だから、彼女は身体がひどく弱いのだ。
他にも影響が出ると言われているため、ラムゼイも『闇』寄りであることは他言していない。
面白い発言をする『闇』寄りの『星』術者。
エヴァット公爵家では、代々魔力の研究を行っていて、個人的にもラムゼイは魔力に関する調査をしている。
クリスティンという、一風変わった令嬢に、ラムゼイはこの日強く関心をもった。
※※※※※
「クリスティン様。そろそろ護身術をお教えいたします」
「ええ!」
体力づくりの甲斐あり、クリスティンは疲れにくくなった。
苦手だった野菜を積極的に摂るようにし、お菓子は控えめに、栄養のバランスを考えて食事をするようにした。
運動を始めて三ヵ月。ようやくメルに護身術を教えてもらえることになった。
──さすが彼は『影』の人間。
相手への目潰し、喉突き、首捻り、指裂き、膝蹴り、投げ技など、恐ろしい武術を伝授してくれた。
完全に習得するのには時間がかかりそうだが……。
なにしろ、クリスティンは運動神経がない。
けれど、ここで屈してはいられない。
メルから指導というか訓練をひそかに受けつつ、クリスティンは暗黒の未来に突き進まないよう備えていた。
◇◇◇◇◇
「クリスティン」
「はい、アドレー様」
相変わらずアドレーは義務的に屋敷へとやって来ていた。
だが前より訪れる頻度が増している。それがクリスティンの肝を冷やさせていた。
戦々恐々、庭園でお茶を飲みかわす。
アドレーは、サファイア色の瞳でクリスティンを眺める。
じわりと嫌な汗が滲んだ。
「顔色が日増しに良くなっているね」
運動と訓練をしており、青白かった肌は血色がよくなった。
「近頃……陽によく当たりますので。少々焼けました」
最近はランニングもしているが、それは早朝にしている。
護身術は自室でだ。
将来シミになるのは嫌だから、紫外線には気を付けている。
今日の訪問はアドレーだけだが、時にはラムゼイが同行することもある。
そういうときは一層、緊張感が増した。
ラムゼイはクリスティンを観察するように見るのだ。
(ラムゼイ様が天の邪鬼ということは……。アドレー様とどうしても結婚したいと話せば、壊す方向に向かってくれるのかしら……?)
だがそれが四年後の夜会に繋がってしまえば、自爆である。
ラムゼイに婚約解消の協力を願うのは、中止を余儀なくされた。
恐怖の乙女ゲームのはじまりに備え、現在、兄のスウィジンからは歌を習っている。
天使の声をもつといわれる兄は、声変わりした今も、素晴らしく歌が上手である。
ヒロインの耳元で囁くように歌ったスウィジンに、ゲーム中は素敵と思ったものだ。
今はときめきなんて皆無である。
ただ将来の危機回避のため、必死で教えを請うている。
◇◇◇◇◇
そんな日々は一年半ほど続いた。
自分でできることは、極力自分でするようにしていた。
孤島に送られるルートに入ったら、何もできなければ困る。
クリスティンは虚弱体質ではなくなり、護身術も大分身に付き、声色もいくつか変えられるようになっている。
が、ひとつ大きな問題が勃発してしまった。
『星』魔力の保持者で、『闇』寄りの場合、どうしても身体が弱くなりやすい。
それが自然なのだが、体力改善しクリスティンの精神と身体に合わない行動をここ一年半近くしていた。
本来マイナスであるのをプラスに方向転換したため、身体に拒否反応が出、数週間に一度、発作を起こすようになってしまったのだ。
息をするのも辛く、地獄のような苦しみを味わう羽目に陥っている。
(せっかく健康体になったのに、こんなことになるなんて……!)
薬を飲むことにより、発作は収まるが、その薬は結構高値である。
公爵家にいる今は心配ないが、今後どうなるかわからない。
孤島幽閉された場合、果たして薬は手に入るのだろうか?
──否。きっと否だ。
発作を起こして死亡エンド。
それがクリスティンの未来だ。
(どうして、こうなったの……。これでは骨折り損のくたびれ儲け。どうにかしないと……!)
クリスティンは悶々と悩んだ。
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