闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

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第一章

7.惨劇回避のために

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「アドレー様に今婚約解消を迫るべきではないと思います。このまま婚約は続行すべきです。『花冠の聖女』が覚醒し、アドレー様が実際そのかたに心を奪われれば、そのとき初めて婚約解消について話されればよいのでは。そのほうが事はスムーズに運ぶと思いますし、今はアドレー様も婚約解消に応じられないでしょう。困惑させてしまうだけです。旦那様も決してお許しにはなりません。未来を心配なさるクリスティン様のお気持ちはよくわかりますが、私が必ずお守りいたします。万一に備え、護身術もお教えいたします。ですから、どうか婚約解消を働きかけるのはおよしください」

「メル、護身術を教えてくれるの?」
「ええ。基礎体力がついたあとにですが」

 クリスティンは吐息をつく。

「……わかったわ、婚約解消をアドレー様に直接頼むのは当分の間やめます。アドレー様が花冠の聖女と恋におちたとき、わたくしがすぐに身を引けば、円満に婚約解消してくださると望みをかけるわ」
「身を引かれるのは、最後の最後になさってください。アドレー様の婚約者はクリスティン様なのです。お気を強くお持ちください。私はクリスティン様がアドレー様とご結婚され、未来の王妃となられるのを願っております」

 メルは元気づけるようにそう言う。
 きっとクリスティンの話を完全には信じていないのだ。
 マリッジブルーとでも思っているのだろう……。
 
 とにかく護身術を教えてもらえることになった。
 それは収穫である。  


◇◇◇◇◇


 メルが退室し、それと入れ替わるようにして、兄のスウィジンがやってきた。

「クリスティン、何をしているんだい」

 室内で腹筋をしていたクリスティンをみて、スウィジンは驚きつつも、微笑んでクリスティンの手をとり、立ち上がらせた。

(基礎体力作りの邪魔をしないでもらいたいのだけど……)

「女の子は着飾って、微笑んでいるだけでいい。身体を鍛える必要はないよ。おまえは美しいのだから、それが何よりの武器となる」
 
 彼はクリスティンに利用価値があるから、甘い言葉を吐く。
 価値がないとわかれば、すぱっと切り捨てるのだ。
 クリスティンは心を覆い隠し、笑顔を浮かべた。

「お兄様は口がお上手ですわね」
「早朝、庭を歩いているともお母様から聞いた。あまり無茶をしてはいけないよ。おまえは殿下の婚約者なのだから」
「無茶なんていたしません。ご心配なさらないで」
「このところ、おまえはいやに活動的だね」
「虚弱体質を治したいと思っているからですの」
「腹筋を鍛えるのは、声を出すのにも良い。歌う際、お腹から声を出せるようになるだろうけれど」

 クリスティンははっとする。

(お兄様のお腹は真っ黒だけれど、歌声は透き通っていて素晴らしいのだった)

 響きの良い声をしていて、歌声は伸びやかで、高い声も低い声も出せる。

「お兄様!」
「なんだい?」
「どうかわたくしに歌を教えてくださいません?」
「歌?」
「はい」 
 
 もし将来刺客に狙われても、七色の声を出せれば、別人のフリをして逃れられるのではないだろうか。
 惨劇を回避する術を、できる限り多く身に付けておきたい。

「色々な声の出し方を知りたいのです」
「うん、歌声が美しい女性は良いね。殿下もお喜びになるだろう。いいよ、教えてあげよう」
「ありがとうございます!」
 
 兄は何を考えているかわからない人物なので、心を許すことはできなかったけれど、声の出し方を習えることは嬉しい。


◇◇◇◇◇


 数日後、ラムゼイが屋敷へやってきた。

「アドレーのことで大切な話というのは、何だ」
 
 応接の間に通すと、彼は脚を高らかに組んで座り、目を眇めた。
 ラムゼイは、悪役令嬢の断罪イベントに積極参加する。
 だからこそ、頼みをきいてくれるのではと思ったのだ。

「わたくし、アドレー様に自分はふさわしくないと思っています」
「自信にあふれた君が、先日に引き続きそんなことを言うとはな。今も熱が?」
「いいえ」

 お茶はいらないと、メルは下がらせている。

「ラムゼイ様も、わたくしがアドレー様にふさわしくないと感じていらっしゃいます。わたくし、同じ気持ちなのです。婚約を破棄された場合、素直に受け入れるつもりですわ」

 だから暗殺者を放つ必要はまったくないのである。

「よくわからないな。君の話というのはそれか?」
「意思をラムゼイ様に、はっきりと表明しておきたかったのですわ」
「オレにそんなことを話す時間があるのなら、アドレーにふさわしくなるよう、将来の王妃として皆に認められるよう精進すべきでは?」
「この先、アドレー様には素晴らしい出会いがあります。わたくし、将来の王妃とはなりませんので」
「何を言いだすのかと思えば」

 ラムゼイは席を立った。

「オレも暇じゃない。大切な話というのが、それならオレは帰る」
「ラムゼイ様」
 
 メルにはああ言ったが、できれば早くにアドレーに婚約を解消してもらいたかった。
 最後の最後まで待っていたりなんかしたら、取り返しのつかないことになるかもしれない。

「お願いします、どうぞラムゼイ様のお力をお貸しください」
「力? なんの?」
「一刻も早くアドレー様が婚約を解消してくださるよう、お力添えしていただきたいのですわ」

 ラムゼイはまじまじとクリスティンを見下ろす。

「君は何を言っているのか自分でわかっているのか?」
「ええ、もちろん」
「王太子との婚約解消を望むのはなぜだ?」
「ですからわたくしはあのかたに、ふさわしくはないからですわ」

 その場に沈黙がおりる。
 冷ややかな静けさに、クリスティンはじりっとした焦りを覚えた。

「そうか」 
 
 ようやく言葉を発し、ラムゼイは唇に笑みを刷いた。
 
「ではオレは、婚約が決して解消されることのないよう動こう」
「は?」 
 
 クリスティンはぱちぱちと瞬いた。

「ラムゼイ様? わたくしは今──」 
「オレは天の邪鬼なんだ」
 
 ──そういえば彼は冷血で、非常にひねくれた性格をしていた。

(……しくじってしまった……!?)

 不敵な笑みを浮かべて彼は去り、その場には呆然と立ち尽くすクリスティンのみが残った。
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