闇の悪役令嬢は愛されすぎる

葵川真衣

文字の大きさ
上 下
6 / 91
第一章

6.未来について語る

しおりを挟む

「わたくし、四年後に婚約破棄をされるの。だからどうせなら早く破棄していただきたいのよ」
「そんな……。アドレー様がそんなことをなさるはずがありません」
「いいえ、そうなるのよ。アドレー様には運命のお相手が現れるから。彼はそのかたに惹かれるわ」

 メルはかぶりを振る。

「あり得ません。クリスティン様以上に、アドレー様にふさわしいかたはいらっしゃいません。だからこそご婚約が決まったのです。アドレー様もそれをよくご存じのはずです」
「会いたくもない婚約者の元に、義務的に一ヵ月に一度はおみえになるわね。でも必ず、婚約破棄される日が来るの」
「万一、アドレー様を誑かすような存在が現れれば、旦那様も黙ってはいないでしょう。クリスティン様が思い悩むことはありません。いつものクリスティン様なら、そんな者には負けないと、戦うことをお選びになるのではありませんか? まだ何もはじまっていない今から、諦めるようなことはなさらないはずです。クリスティン様を脅かす存在が現れれば、運命の相手とやらとの仲を引き裂けばよいだけです。私も排除に動きますので、何もご心配なさらず」

「駄目、それ絶対駄目!」

 クリスティンは目をむいた。

「排除なんてしたら、わたくしもあなたも惨殺されるから!」
「証拠を残すような真似はいたしませんので、大丈夫です」

「大丈夫じゃないから!」

「私はクリスティン様の近侍です。ですがその前に、私はこの公爵家に仕えているのです。旦那様はクリスティン様とアドレー様のご結婚をお望みです。支障がでれば『影』が動きますので。アドレー様とご結婚なさらない未来はありません」
 
 クリスティンは冷や汗が滲んだ。

(そうだった……。メルがゲーム内で悪役令嬢に忠実だったのは、公爵家の忠誠心からくるものだったのよ。公爵家の野望の邪魔になるヒロイン排除のため、暗殺に動いた……)

 これは一筋縄ではいかない。
 クリスティンは長椅子に腰を下ろして、頭をかかえた。

「クリスティン様、頭痛がするのですか? お休みになられたほうが……」

 この頭痛を引き起こしている一因は、目の前にいるメルである。

「……到底信じられないことだろうと思うけれど、どうか聞いてもらえない?」
「伺います。何でしょう」
「わたくし、未来をみたの」
「未来?」
「そうよ」

 クリスティンは深く頷く。

「この間、紅茶を飲んでいるときに意識を失ったでしょう? そのとき、未来をみてしまったの。アドレー様は今から三年後、運命のお相手と出会うわ。それから約一年後、夜会でわたくしは激しく糾弾される。婚約は破棄、アドレー様はそのお相手との結婚をお選びになるのよ」
「そんなことが許されるわけがありません」
「許されるわ。だってそのお相手の少女って、伝説の『花』の魔力を持つのだから。『花冠の聖女』なのよ」

 メルは目を見開く。

「『花冠の聖女』……国を安寧に導くといわれる伝説の……」
「ええ。太刀打ちできないでしょう。戦っても意味はないわ」

 戦う気もないし。
 アドレーの心はヒロインに捕らわれる。
 彼に執着心はないので、さっさと婚約破棄してもらって、スッキリしたいのだ。
 けれど、ゲーム内の悪役令嬢はそうではなかった。

「もし戦おうものなら、返り討ちにあうの。わたくしもあなたも。このままでは悲惨な運命を辿ることになるのよ。だから今のうちにアドレー様に婚約解消をしていただけたらって」
「未来をみた、というのは本当のことなのですか……」
「ええ。本当に本当のこと」

 恐ろしい未来を思えば、ぶるぶる震えが走る。

「体力改善に努められているのも、それが関係しているのですか」
「そうよ、その通りよ。悲惨な運命を辿りたくはないから。王太子側の刺客に殺されてしまわないように、力を付けなくてはと思って」

 メルは瞠目した。

「アドレー様はそこまでするほど、その少女に夢中になられるのですか」
「だからこそ、あなたに護身術の教えを請うたの」
「……もし事実であるならば、護身術をお教えいたしますが……」

 メルは一旦黙す。

「ですが、クリスティン様がみられたのは、本当に未来なのでしょうか? 悪夢にうなされ、未来をみたのだと思い込まれているだけでは?」
「残念ながら、悪夢ではなく実際に起こる未来なのよ……」

 クリスティンの真剣な様子に、ただの妄想とは言い切れないとメルも感じたのか、その声は低いものとなる。

「……そうだとしましょう。ですが、クリスティン様のみた未来は、確定はしていないのでは。そうなる可能性がある、というものなのではないでしょうか。未来などひとの取る行動によって、変わるものです」

 様々なルートが用意されているけれど、そのほぼ全てで悪役令嬢は悲惨な末路を迎える。

「そうね。けれどそうなる可能性は限りなく高いのよ……。ならないほうが難しい……」

 青ざめ、クリスティンはこくっと喉を鳴らす。

「クリスティン様のおっしゃるとおり、アドレー様のお相手が『花冠の聖女』であるなら、そのかたとアドレー様のご結婚もあり得ないことではないとは思います。ですが『花冠の聖女』が現れたとなれば、国を揺るがす一大事です。今現在、そういったかたがいらっしゃるなど噂でも耳にしたことはありません」
「それはまだ覚醒していないからよ。知られていないの」
「では覚醒を阻止してしまえば? クリスティン様ひいては公爵家を脅かす存在ではなくなるのでは?」

 ヒロインは攻略対象と恋仲にならないノーマルエンドでも、バッドエンドであっても、『花冠の聖女』として覚醒する。
『花冠の聖女』は国にとって、至高の存在だ。『花冠の聖女』のいる時代は、彼女の祈りにより平和が続き、国が潤うといわれる。

「覚醒の阻止なんてできないわ。覚醒は可能性ではなく絶対のことだし、万一、阻止可能だとしても、わたくしとアドレー様が結ばれ、公爵家の野望が満たされることより、『花冠の聖女』の覚醒のほうが、国にとってはもちろん、公爵家にとっても益になる」
 
 メルは無言になった。何か考え込んでいるようである。少しして唇を開いた。

「『花冠の聖女』の覚醒は必ず起きるのですね」

 クリスティンは重く首肯する。

「必ずよ」
「では……クリスティン様がアドレー様に婚約破棄をされるのも、絶対的なのですか?」
 
 たぶん全部のルートで婚約破棄をされていた。
 クリアしたけれど、ところどころ記憶が曖昧だ。

「ほぼ、婚約破棄されるわ」
「ほぼ──ということは、絶対的ではないのですね。では、婚約破棄されないようにすればよろしいのでは」
「四年後、婚約破棄される可能性は非常に高いわ。それに悲惨な運命が待っている。今のうちに解消してもらったほうがいいのよ。正直わたくし、アドレー様が恐ろしくて、今はもう憧れてなどいないし、結婚したくはないの」
「旦那様も奥様も、決してそれをお認めにはなりません。クリスティン様もご存知の通り、王侯貴族の結婚は、互いの感情で決まるものではないでしょう」
「そうだけれど……」
 
 メルは懇々と言う。

「今日のように、クリスティン様が婚約破棄を迫るようなことをなされば、悪くすれば不敬とみられ、それこそ悲惨なことになるのでは?」

(確かに……咎められるかもしれないわね……)
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~

こひな
恋愛
市川みのり 31歳。 成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。 彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。 貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。 ※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

処理中です...