6 / 93
第一章
6.未来について語る
しおりを挟む「わたくし、四年後に婚約破棄をされるの。だからどうせなら早く破棄していただきたいのよ」
「そんな……。アドレー様がそんなことをなさるはずがありません」
「いいえ、そうなるのよ。アドレー様には運命のお相手が現れるから。彼はそのかたに惹かれるわ」
メルはかぶりを振る。
「あり得ません。クリスティン様以上に、アドレー様にふさわしいかたはいらっしゃいません。だからこそご婚約が決まったのです。アドレー様もそれをよくご存じのはずです」
「会いたくもない婚約者の元に、義務的に一ヵ月に一度はおみえになるわね。でも必ず、婚約破棄される日が来るの」
「万一、アドレー様を誑かすような存在が現れれば、旦那様も黙ってはいないでしょう。クリスティン様が思い悩むことはありません。いつものクリスティン様なら、そんな者には負けないと、戦うことをお選びになるのではありませんか? まだ何もはじまっていない今から、諦めるようなことはなさらないはずです。クリスティン様を脅かす存在が現れれば、運命の相手とやらとの仲を引き裂けばよいだけです。私も排除に動きますので、何もご心配なさらず」
「駄目、それ絶対駄目!」
クリスティンは目をむいた。
「排除なんてしたら、わたくしもあなたも惨殺されるから!」
「証拠を残すような真似はいたしませんので、大丈夫です」
「大丈夫じゃないから!」
「私はクリスティン様の近侍です。ですがその前に、私はこの公爵家に仕えているのです。旦那様はクリスティン様とアドレー様のご結婚をお望みです。支障がでれば『影』が動きますので。アドレー様とご結婚なさらない未来はありません」
クリスティンは冷や汗が滲んだ。
(そうだった……。メルがゲーム内で悪役令嬢に忠実だったのは、公爵家の忠誠心からくるものだったのよ。公爵家の野望の邪魔になるヒロイン排除のため、暗殺に動いた……)
これは一筋縄ではいかない。
クリスティンは長椅子に腰を下ろして、頭をかかえた。
「クリスティン様、頭痛がするのですか? お休みになられたほうが……」
この頭痛を引き起こしている一因は、目の前にいるメルである。
「……到底信じられないことだろうと思うけれど、どうか聞いてもらえない?」
「伺います。何でしょう」
「わたくし、未来をみたの」
「未来?」
「そうよ」
クリスティンは深く頷く。
「この間、紅茶を飲んでいるときに意識を失ったでしょう? そのとき、未来をみてしまったの。アドレー様は今から三年後、運命のお相手と出会うわ。それから約一年後、夜会でわたくしは激しく糾弾される。婚約は破棄、アドレー様はそのお相手との結婚をお選びになるのよ」
「そんなことが許されるわけがありません」
「許されるわ。だってそのお相手の少女って、伝説の『花』の魔力を持つのだから。『花冠の聖女』なのよ」
メルは目を見開く。
「『花冠の聖女』……国を安寧に導くといわれる伝説の……」
「ええ。太刀打ちできないでしょう。戦っても意味はないわ」
戦う気もないし。
アドレーの心はヒロインに捕らわれる。
彼に執着心はないので、さっさと婚約破棄してもらって、スッキリしたいのだ。
けれど、ゲーム内の悪役令嬢はそうではなかった。
「もし戦おうものなら、返り討ちにあうの。わたくしもあなたも。このままでは悲惨な運命を辿ることになるのよ。だから今のうちにアドレー様に婚約解消をしていただけたらって」
「未来をみた、というのは本当のことなのですか……」
「ええ。本当に本当のこと」
恐ろしい未来を思えば、ぶるぶる震えが走る。
「体力改善に努められているのも、それが関係しているのですか」
「そうよ、その通りよ。悲惨な運命を辿りたくはないから。王太子側の刺客に殺されてしまわないように、力を付けなくてはと思って」
メルは瞠目した。
「アドレー様はそこまでするほど、その少女に夢中になられるのですか」
「だからこそ、あなたに護身術の教えを請うたの」
「……もし事実であるならば、護身術をお教えいたしますが……」
メルは一旦黙す。
「ですが、クリスティン様がみられたのは、本当に未来なのでしょうか? 悪夢にうなされ、未来をみたのだと思い込まれているだけでは?」
「残念ながら、悪夢ではなく実際に起こる未来なのよ……」
クリスティンの真剣な様子に、ただの妄想とは言い切れないとメルも感じたのか、その声は低いものとなる。
「……そうだとしましょう。ですが、クリスティン様のみた未来は、確定はしていないのでは。そうなる可能性がある、というものなのではないでしょうか。未来などひとの取る行動によって、変わるものです」
様々なルートが用意されているけれど、そのほぼ全てで悪役令嬢は悲惨な末路を迎える。
「そうね。けれどそうなる可能性は限りなく高いのよ……。ならないほうが難しい……」
青ざめ、クリスティンはこくっと喉を鳴らす。
「クリスティン様のおっしゃるとおり、アドレー様のお相手が『花冠の聖女』であるなら、そのかたとアドレー様のご結婚もあり得ないことではないとは思います。ですが『花冠の聖女』が現れたとなれば、国を揺るがす一大事です。今現在、そういったかたがいらっしゃるなど噂でも耳にしたことはありません」
「それはまだ覚醒していないからよ。知られていないの」
「では覚醒を阻止してしまえば? クリスティン様ひいては公爵家を脅かす存在ではなくなるのでは?」
ヒロインは攻略対象と恋仲にならないノーマルエンドでも、バッドエンドであっても、『花冠の聖女』として覚醒する。
『花冠の聖女』は国にとって、至高の存在だ。『花冠の聖女』のいる時代は、彼女の祈りにより平和が続き、国が潤うといわれる。
「覚醒の阻止なんてできないわ。覚醒は可能性ではなく絶対のことだし、万一、阻止可能だとしても、わたくしとアドレー様が結ばれ、公爵家の野望が満たされることより、『花冠の聖女』の覚醒のほうが、国にとってはもちろん、公爵家にとっても益になる」
メルは無言になった。何か考え込んでいるようである。少しして唇を開いた。
「『花冠の聖女』の覚醒は必ず起きるのですね」
クリスティンは重く首肯する。
「必ずよ」
「では……クリスティン様がアドレー様に婚約破棄をされるのも、絶対的なのですか?」
たぶん全部のルートで婚約破棄をされていた。
クリアしたけれど、ところどころ記憶が曖昧だ。
「ほぼ、婚約破棄されるわ」
「ほぼ──ということは、絶対的ではないのですね。では、婚約破棄されないようにすればよろしいのでは」
「四年後、婚約破棄される可能性は非常に高いわ。それに悲惨な運命が待っている。今のうちに解消してもらったほうがいいのよ。正直わたくし、アドレー様が恐ろしくて、今はもう憧れてなどいないし、結婚したくはないの」
「旦那様も奥様も、決してそれをお認めにはなりません。クリスティン様もご存知の通り、王侯貴族の結婚は、互いの感情で決まるものではないでしょう」
「そうだけれど……」
メルは懇々と言う。
「今日のように、クリスティン様が婚約破棄を迫るようなことをなされば、悪くすれば不敬とみられ、それこそ悲惨なことになるのでは?」
(確かに……咎められるかもしれないわね……)
102
お気に入りに追加
3,567
あなたにおすすめの小説

ヒロインの味方のモブ令嬢は、ヒロインを見捨てる
mios
恋愛
ヒロインの味方をずっとしておりました。前世の推しであり、やっと出会えたのですから。でもね、ちょっとゲームと雰囲気が違います。
どうやらヒロインに利用されていただけのようです。婚約者?熨斗つけてお渡ししますわ。
金の切れ目は縁の切れ目。私、鞍替え致します。
ヒロインの味方のモブ令嬢が、ヒロインにいいように利用されて、悪役令嬢に助けを求めたら、幸せが待っていた話。


村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました
宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。
しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。
断罪まであと一年と少し。
だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。
と意気込んだはいいけど
あれ?
婚約者様の様子がおかしいのだけど…
※ 4/26
内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる