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新たな一歩は……つらくないかも(´;ω;`)
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敗者復活戦を了えて控室に戻ってきたツバサを迎えたのは、イサムとカエデの片岡兄妹だけではなかった。
すばやく尾形啓之進が近寄ってきて、
「すごいプレッシャーだったとおもうけど、やりとげたな!」
と、両手でツバサの肩をぽんと叩いた。心底、嬉しがっているその表情のみて、すぐに礼を返してから、
「でも、審査はこれから……」
と、ツバサがぼそりと言った。
なにも卑下しているのではなく、やり終えた充実感と昂揚感がツバサの顔、肩、脚の震えを止めさせないでいる。
「まちがいない。大野くんがトップ……つまり、見事、敗者復活で、総合三位、銅賞だとおもうぞぉ!」
「……だといいんだけど……」
「これで、ぼくらのあの協定も復活だね。いよいよ、来年は甲子園だな」
気が早い啓之進も、心底、ツバサの健闘を讃えているようで、その感情の発露がストレートにツバサに伝わってきて、おもわずツバサの目頭が熱くなった。
二人のやりとりを聴いていたイサムが、
「なになに……? 協定って、どういうこと?」
と、切り出した。
自分の知らないところで、密かに進められている何事かが気になってしかたないのだ。すると、妹のカエデが、
「お兄ちゃん、実はね……」
と、ツバサから聴かされていた尾形啓之進との“協定”について耳元でざっと解説し出した。
「ええっ……だったら、やっぱり、次は甲子園だね。そんな大事なこと、どうして前もって知らせてくれないのかなあ」
「だってお兄ちゃん、パパの会社の買収事件で、このところ大変だったみたいだし」
「なんだ、ひとごとのように。おまえの実の父親でもあるんだし」
「わかってる、わかってる。でも、会社のこと、なんとかメドかついたんでしょ? ママがそう言っていた。だ、か、ら、お兄ちゃんも、来年のチョンマゲ甲子園では手伝ってくれなくっちゃ!」
「もちろんだよ」
甲高い声をあげたイサムは、つかつかと尾形啓之進に近づいて右手を差し出した。
「ぼく、片岡勲……甲子園、おおいにバックアップさせてもらうよ。よ、ろ、し、く」
「あ、こちらこそ」
幾分照れながら、啓之進も右手を差し出した。さすがに県大会金賞受賞の貫禄というものだろう。
そのとき、アナウンスが響いて、敗者復活戦の選考発表が10分後にあることを繰り返していた。
「よっ、行ってこい!」
言ったのはイサムと啓之進で、ほぼ同時に声を発したもので、互いに目を合わせて微笑み返している姿を見ながら、ツバサはゆっくりと控室を出た。
一歩、一歩、足取りに力が入る。
(さあ、どうなるか……)
とにもかくにも演じ終えたことにツバサの胸のなかは晴れ晴れとしていた。
「あ、ちょっと……」
突然、呼び止められて振り返ると、そこに、あの塞翁が馬が佇んでいた。
堂々の二位、銀賞。
ただ、本人にしてみれば、なにかのハプニングがない限り、甲子園には行けないといった悔しさも滲んでいたはずである。
ところが、その馬川矯が発したことばは、意外にも爽やかさに充ちていた。
「よかったよ。初戦から、あの演技だったとしたら、7位なんかじゃなく、金賞クラスだったとおもう」
「え……? あ、そ、ありがと」
「前にきみに殴りかかったこと、謝らないといけないとおもいながら、まだ、果たせてなかった……」
「あ、それはもういい。日向さんから、丁寧な手紙をもらったんだ」
「そ、そうか……でも、一応、謝っとく。マゲてゆるして……」
(ひゃあ)と、翼は舌を巻いた。
日向瑠衣が手紙で書いていたのと同じフレーズ。
マゲてゆるして……。
口元をほころばせながら、ツバサは続けた。
「馬川と日向さんは遠い親戚なんだって?」
「うん、互いに大都市からこの県に引っ越してきたから、よけいに心配になって……」
「彼女のこと、好きなんだね?」
「え……? そ、それは……」
「うまくいけばいいね……それと、もしおれが総合三位に復活できたなら、な、一緒に甲子園に行こうぜ」
「え……? そ、それ、どういうこと?」
「うん、ま、それは……一位の尾形啓之進の裁量になるけど、た、ぶ、ん、馬川が加わってくれたら、最強のチームになるはず……あ、詳しいことは、また、あとで……!」
それだけ言って、ツバサはくるりと踵を返すと、そのまま、一歩一歩、前へ、前へと力強く歩いていった……。
( 了 )
✱長編のつもりで書き始めましたが、応募の日程上、ひとまず、短編完結として公開させていただきました。
〈第二部〉は〈チョンマゲ甲子園編〉を予定しております。いつか、連載中にもどし、次頁から第二部をスタートさせたいとおもっています。
よろしくお願いします。 紙 葉
すばやく尾形啓之進が近寄ってきて、
「すごいプレッシャーだったとおもうけど、やりとげたな!」
と、両手でツバサの肩をぽんと叩いた。心底、嬉しがっているその表情のみて、すぐに礼を返してから、
「でも、審査はこれから……」
と、ツバサがぼそりと言った。
なにも卑下しているのではなく、やり終えた充実感と昂揚感がツバサの顔、肩、脚の震えを止めさせないでいる。
「まちがいない。大野くんがトップ……つまり、見事、敗者復活で、総合三位、銅賞だとおもうぞぉ!」
「……だといいんだけど……」
「これで、ぼくらのあの協定も復活だね。いよいよ、来年は甲子園だな」
気が早い啓之進も、心底、ツバサの健闘を讃えているようで、その感情の発露がストレートにツバサに伝わってきて、おもわずツバサの目頭が熱くなった。
二人のやりとりを聴いていたイサムが、
「なになに……? 協定って、どういうこと?」
と、切り出した。
自分の知らないところで、密かに進められている何事かが気になってしかたないのだ。すると、妹のカエデが、
「お兄ちゃん、実はね……」
と、ツバサから聴かされていた尾形啓之進との“協定”について耳元でざっと解説し出した。
「ええっ……だったら、やっぱり、次は甲子園だね。そんな大事なこと、どうして前もって知らせてくれないのかなあ」
「だってお兄ちゃん、パパの会社の買収事件で、このところ大変だったみたいだし」
「なんだ、ひとごとのように。おまえの実の父親でもあるんだし」
「わかってる、わかってる。でも、会社のこと、なんとかメドかついたんでしょ? ママがそう言っていた。だ、か、ら、お兄ちゃんも、来年のチョンマゲ甲子園では手伝ってくれなくっちゃ!」
「もちろんだよ」
甲高い声をあげたイサムは、つかつかと尾形啓之進に近づいて右手を差し出した。
「ぼく、片岡勲……甲子園、おおいにバックアップさせてもらうよ。よ、ろ、し、く」
「あ、こちらこそ」
幾分照れながら、啓之進も右手を差し出した。さすがに県大会金賞受賞の貫禄というものだろう。
そのとき、アナウンスが響いて、敗者復活戦の選考発表が10分後にあることを繰り返していた。
「よっ、行ってこい!」
言ったのはイサムと啓之進で、ほぼ同時に声を発したもので、互いに目を合わせて微笑み返している姿を見ながら、ツバサはゆっくりと控室を出た。
一歩、一歩、足取りに力が入る。
(さあ、どうなるか……)
とにもかくにも演じ終えたことにツバサの胸のなかは晴れ晴れとしていた。
「あ、ちょっと……」
突然、呼び止められて振り返ると、そこに、あの塞翁が馬が佇んでいた。
堂々の二位、銀賞。
ただ、本人にしてみれば、なにかのハプニングがない限り、甲子園には行けないといった悔しさも滲んでいたはずである。
ところが、その馬川矯が発したことばは、意外にも爽やかさに充ちていた。
「よかったよ。初戦から、あの演技だったとしたら、7位なんかじゃなく、金賞クラスだったとおもう」
「え……? あ、そ、ありがと」
「前にきみに殴りかかったこと、謝らないといけないとおもいながら、まだ、果たせてなかった……」
「あ、それはもういい。日向さんから、丁寧な手紙をもらったんだ」
「そ、そうか……でも、一応、謝っとく。マゲてゆるして……」
(ひゃあ)と、翼は舌を巻いた。
日向瑠衣が手紙で書いていたのと同じフレーズ。
マゲてゆるして……。
口元をほころばせながら、ツバサは続けた。
「馬川と日向さんは遠い親戚なんだって?」
「うん、互いに大都市からこの県に引っ越してきたから、よけいに心配になって……」
「彼女のこと、好きなんだね?」
「え……? そ、それは……」
「うまくいけばいいね……それと、もしおれが総合三位に復活できたなら、な、一緒に甲子園に行こうぜ」
「え……? そ、それ、どういうこと?」
「うん、ま、それは……一位の尾形啓之進の裁量になるけど、た、ぶ、ん、馬川が加わってくれたら、最強のチームになるはず……あ、詳しいことは、また、あとで……!」
それだけ言って、ツバサはくるりと踵を返すと、そのまま、一歩一歩、前へ、前へと力強く歩いていった……。
( 了 )
✱長編のつもりで書き始めましたが、応募の日程上、ひとまず、短編完結として公開させていただきました。
〈第二部〉は〈チョンマゲ甲子園編〉を予定しております。いつか、連載中にもどし、次頁から第二部をスタートさせたいとおもっています。
よろしくお願いします。 紙 葉
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