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県大会はつらいよ(´;ω;`)ウッ…
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市長杯で難なく第一位の座を射止めたツバサは、いよいよ県大会に向けての修行を加速させていた。
……当面の目標は七位以上にすべり込むこと。いや、できうることならば、一位、金賞をめざす、めざしたいと決意を新たにしていた。
たとえ、尾形啓之進との“協定”があるとはいえ、それは、万が一のこと、そういうふうにとらえたかった。
安心してはいけない、いや、正直、楽観などできないでいた。やはり、啓之進のバイオリンのすばらしさに感動して以来、おそらく、幼い頃から毎日練習してきた、練習させられてきたのだろう、その修行の積み重ねの大きさ、重さというものには、とうてい敵わない。翼としては、たとえ付け焼き刃といわれようとも、また、ほんの短い期間であっても、甲子園を夢見て、一歩一歩、前へ進んでいくしかなかった。
それに、いまの翼には以前にはなかったもの、友だちといえるのかどうかは、依然としてわからないまでも、自分を助けてくれる存在を実感できること、その頼もしさに感謝している自分がいること、そういった環境変化そのものを追い風にしたいという気持ちが強かったのだ。
尾形啓之進、馬川矯のほかの代表者たちは、どんな寸芸を披露するのか……その内容の大まかなところは、イサムの妹カエデのチームが調べあげてくれていた。
……巨大筆での書道パフォーマンス、ダイナミックな生花から、それこそ江戸時代の大道芸人がやっていたらしいガマの油ウリの口上であるとか、旧き良き時代の民謡演歌、寮歌、はてはラップ、ロックまで、さまざまな工夫と創意でチャレンジするらしかった。
「みんな、それぞれ、がんばってるんだ……」
そんな当たり前のこと、以前は小馬鹿にしてきたようなことを、ツバサは真正面から激励したい気持ちで一杯になっている。
「でも、あんまし、マジメになりすぎないほうがいいかも」
歳下のカエデはそんなことまで言い出すしまつだ。
「お兄ちゃんのほうは? 会社が丸ごと買収されない防衛策は、うまくいっているのかい?」
ツバサがイサムの近況をたずねると、カエデは、
「さっさと手放したほうがいいものは、そうするみたい」
と、あっけらかんと答える。
「あ、それ、スクラップ・アンド・ビルドってやつだな」
「へえ、そんな難しいこと知ってるんだ?」
「この前、おふくろから教わったんだ。……おれもなにか手伝えればいいんだけど」
「それは……来年のチョンマゲ甲子園で、覇者になることじゃない? そのためには県大会ね。あ、県大会には応援に来るっていっていたよ」
ふしぎな兄妹だけど、いまのツバサにはなによりの味方だった。
……大会当日。
県民会館の客席は満席で、立ち見の人たちの熱気が場内に満ち満ちていた。
登場順は直前の籤引きで、あろうことか、ツバサの順番は、あの塞翁が馬のすぐあとだった。
塞翁郡塞翁高校二年、馬川矯(キョウ)。
いきなり彼から胸ぐらをつかまれ、あわや殴り合いになる一歩手前になったあの事件から、すでに、三か月と十日が過ぎている。
(ああ、やつの直後に舞台に上がるのか……)
そのとき、ツバサはいやな予感がした。
キョウの寸芸は、やはり、日本刀をつかったものだった。
模造刀なのだろうが、ややさっぱりした、精悍な浪人姿で登場したキョウは、ときおり、
「えいっ!」
「やぁ!」
と、気合いが込められた単声を発し、鞘走った刃で、空を斬る……その姿は、掛け値なしに、
(めちゃ、サマになってる)
と、ツバサは感嘆させられた。
自分のような、付け焼き刃ではなく、おそらく長い間、剣道で刃の技を鍛えてきたのだろう、そういった蓄積には頭が下がる。それどころか、そのカッコ良すぎる立ち回りを目の当たりにさせられたツバサは、すこしビビッてしまった。
自分の番が来て、舞台に上がっても、まともに観客席を眺める余裕すらなかった。
ツバサが演じたのは……あの織田信長が得意の敦盛である。
正確には、幸若舞……という。室町時代に流行したもので、語りとともに舞う。いまに伝わる能や歌舞伎の原型ともなった。
なにもツバサは師匠について習ったわけではない。父の幸雄が、若い頃に、時代劇の映画やドラマを見て、見様見真似で覚えたものを、そのまま、教えてもらっただけのことだ。扇の使い方や足運びなどは、短期間に習ったが、やはり、直前の塞翁が馬のすばらしさの衝撃が尾を引いて、腹の底から声が出なかった。
♫人間五十年
化天の内をくらぶれば
夢幻のごとくなりぃぃ♪
胸元につけたマイクが声を拾わなかったわけではなく、あまりの緊張で、ツバサの調子は狂ってしまっていた。自分の耳に入ってくる声を聴いて驚き、失敗に気づいた。それが緊張の度合いをさらに高めてしまった……。
演じ終わったときも、なんの充実感も達成感なかった。
こうして、ツバサは、県大会初戦で、敗退してしまった……
……当面の目標は七位以上にすべり込むこと。いや、できうることならば、一位、金賞をめざす、めざしたいと決意を新たにしていた。
たとえ、尾形啓之進との“協定”があるとはいえ、それは、万が一のこと、そういうふうにとらえたかった。
安心してはいけない、いや、正直、楽観などできないでいた。やはり、啓之進のバイオリンのすばらしさに感動して以来、おそらく、幼い頃から毎日練習してきた、練習させられてきたのだろう、その修行の積み重ねの大きさ、重さというものには、とうてい敵わない。翼としては、たとえ付け焼き刃といわれようとも、また、ほんの短い期間であっても、甲子園を夢見て、一歩一歩、前へ進んでいくしかなかった。
それに、いまの翼には以前にはなかったもの、友だちといえるのかどうかは、依然としてわからないまでも、自分を助けてくれる存在を実感できること、その頼もしさに感謝している自分がいること、そういった環境変化そのものを追い風にしたいという気持ちが強かったのだ。
尾形啓之進、馬川矯のほかの代表者たちは、どんな寸芸を披露するのか……その内容の大まかなところは、イサムの妹カエデのチームが調べあげてくれていた。
……巨大筆での書道パフォーマンス、ダイナミックな生花から、それこそ江戸時代の大道芸人がやっていたらしいガマの油ウリの口上であるとか、旧き良き時代の民謡演歌、寮歌、はてはラップ、ロックまで、さまざまな工夫と創意でチャレンジするらしかった。
「みんな、それぞれ、がんばってるんだ……」
そんな当たり前のこと、以前は小馬鹿にしてきたようなことを、ツバサは真正面から激励したい気持ちで一杯になっている。
「でも、あんまし、マジメになりすぎないほうがいいかも」
歳下のカエデはそんなことまで言い出すしまつだ。
「お兄ちゃんのほうは? 会社が丸ごと買収されない防衛策は、うまくいっているのかい?」
ツバサがイサムの近況をたずねると、カエデは、
「さっさと手放したほうがいいものは、そうするみたい」
と、あっけらかんと答える。
「あ、それ、スクラップ・アンド・ビルドってやつだな」
「へえ、そんな難しいこと知ってるんだ?」
「この前、おふくろから教わったんだ。……おれもなにか手伝えればいいんだけど」
「それは……来年のチョンマゲ甲子園で、覇者になることじゃない? そのためには県大会ね。あ、県大会には応援に来るっていっていたよ」
ふしぎな兄妹だけど、いまのツバサにはなによりの味方だった。
……大会当日。
県民会館の客席は満席で、立ち見の人たちの熱気が場内に満ち満ちていた。
登場順は直前の籤引きで、あろうことか、ツバサの順番は、あの塞翁が馬のすぐあとだった。
塞翁郡塞翁高校二年、馬川矯(キョウ)。
いきなり彼から胸ぐらをつかまれ、あわや殴り合いになる一歩手前になったあの事件から、すでに、三か月と十日が過ぎている。
(ああ、やつの直後に舞台に上がるのか……)
そのとき、ツバサはいやな予感がした。
キョウの寸芸は、やはり、日本刀をつかったものだった。
模造刀なのだろうが、ややさっぱりした、精悍な浪人姿で登場したキョウは、ときおり、
「えいっ!」
「やぁ!」
と、気合いが込められた単声を発し、鞘走った刃で、空を斬る……その姿は、掛け値なしに、
(めちゃ、サマになってる)
と、ツバサは感嘆させられた。
自分のような、付け焼き刃ではなく、おそらく長い間、剣道で刃の技を鍛えてきたのだろう、そういった蓄積には頭が下がる。それどころか、そのカッコ良すぎる立ち回りを目の当たりにさせられたツバサは、すこしビビッてしまった。
自分の番が来て、舞台に上がっても、まともに観客席を眺める余裕すらなかった。
ツバサが演じたのは……あの織田信長が得意の敦盛である。
正確には、幸若舞……という。室町時代に流行したもので、語りとともに舞う。いまに伝わる能や歌舞伎の原型ともなった。
なにもツバサは師匠について習ったわけではない。父の幸雄が、若い頃に、時代劇の映画やドラマを見て、見様見真似で覚えたものを、そのまま、教えてもらっただけのことだ。扇の使い方や足運びなどは、短期間に習ったが、やはり、直前の塞翁が馬のすばらしさの衝撃が尾を引いて、腹の底から声が出なかった。
♫人間五十年
化天の内をくらぶれば
夢幻のごとくなりぃぃ♪
胸元につけたマイクが声を拾わなかったわけではなく、あまりの緊張で、ツバサの調子は狂ってしまっていた。自分の耳に入ってくる声を聴いて驚き、失敗に気づいた。それが緊張の度合いをさらに高めてしまった……。
演じ終わったときも、なんの充実感も達成感なかった。
こうして、ツバサは、県大会初戦で、敗退してしまった……
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