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医療センターはつらいよ(´;ω;`)ウッ…

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 順風市民総合医療センターは、ツバサにとっても馴染み深い建物だった。幼少期、からだが弱かったツバサは、何度も入退院を繰り返した経験がある。
「あらぁ、あなた、大野クン? 大野翼クンじゃないの?」
 守衛窓口を通り過ぎて、面会受付の前に並んでいたとき、突然、ツバサは声をかけられた。振り向くと、やや小太り気味でナース帽をかぶった婦人がにこやかに笑いかけてくるその様子をみて、
「はあ……?」
と、やや大ぶりのジェスチャーでこちらは知らない、覚えていないことをツバサは伝えた。
「わ、た、し……覚えてない? ほら、律ちゃんの……!」
 母の律子のことを“律ちゃん”と呼ぶのは、母の同級生か幼なじみにちがいない。そうおもった瞬間、ツバサは思い出した。幼い頃、担当してくれた新人看護師のことを……。
「あ……!」
「ひゃ、思い出してくれたぁ? それにしても、まあ、あなた、立派になって……しかも、イカスわあ、そのチョンマゲ! もう時代劇ドラマから飛び出てきたような……!」

 院内というのに大きな声で世間話をはじめた看護師を叱る者はいなかった。ナース帽には小さな勲章のようなピンバッジがとめられていて、おそらくそれは階級章のようなものなんだろうと、ツバサは察した。婦長かそのレベルの上位者なのだろう。
 しかも、彼女だけでなく、ツバサのチョンマゲをみた他のスタッフや待合室にいた者たちもツバサののほうを見て、一様に感嘆の吐息を洩らしている……。
「そのチョンマゲ、本当に素敵、お世辞抜きで、チョー素敵……律ちゃんにも見て欲しかった……」
 名札には“石渡”とあった。
 下の名までは思い出せなかったが、慥かにツバサの遠い記憶のなかにその名字は残っていた。これ幸いとばかり、ツバサは〈日向瑠衣〉の名を告げ、クラスメイトだと伝えた。
 同じクラスではないが、ここは小さな嘘は許容範囲だろう。
 するとタブレットで検索した石渡が、病棟を教えてくれた。いまや電子カルテの時代で、十年以上の歳月が経っていることをツバサは思い知らされた。
「手術は大成功よ……ちょっと問題があったみたいだけど、オールクリア。いまは安心、あ、翼クンの彼女?」
「い、いえ、違いますよ! クラスを代表して御見舞に来ただけなんです」
 まことしやかに嘘をつきながらも、ツバサはそういう関係ではないことを頑強に否定した。そばで誰が聴いているかわからない。うかつな返答では、のちのちトラブルを招き寄せかねない。
「そうなの……? ま、そりゃあ、翼クンなら、り取りみどりだわね。こんなに、なんだから! ひゃ、忘れないうちにスマホ撮らしてもらおうかしら。ほんと、するわあぁ」

 ちょんいけ、ちょんばえ……それがもう全国的な流行語になっているのかどうかは、ツバサは知らない。

(でも、チョンイケってどうなのかなあ。もうちょっといいフレーズはないのか……)

 と、考えているツバサは、それはそれで悪い気はしていない証でもある。
 挨拶もそこそこに教えてもらった南病棟をめざした。改築、増新築したのだろう、入院していた頃とはちがって、ホテルのロビーのような雰囲気に驚き、さらにコンビニや有名チェーンのカフェまで院内にあるのに度肝を抜かれた。
 その昂奮こうふんを引きったまま、〈日向瑠衣〉の名が記されたプレートを探した。

 ……そこは、四人部屋の病室だった。
 土曜日なので面会客も多く、そのざわめきにまぎれて、ツバサはルイと話そうとおもってたが、どうやら先客がいたらしい。シャワーカーテンのような、天井から吊るされた仕切りが開かれていた。そのそばに並べられた折りたたみ簡易イスが三つあり、年配の婦人が三人腰掛けてルイと話していた。
 強引に割ってその中に入るほどの親しさもなにもない。声をかけずにそっと後退あとずさりしたツバサは、そのまま足早にエレベーターまで戻った……。
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