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光 明
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腹の膨らみが、目立ちはじめてきた。
新城に戻ってきてから、瞬く間に四月四月が過ぎた。
大久保彦左衛門と佐助、笹の三人は、秀華姫とともに現地に残った。嫌がった笹と佐助を説得し、姫が無事に落ち着くまで傍にいてあげて欲しいとわたしが懇願すると、しぶしぶながら承諾してくれた。
約束した通り弥右衛門は新城までついてきた。休賀斎の老公から剣を学びたいということで、ほかに天満屋の嘉兵衛が三十人ばかりを伴ってやってきた。わたしの護衛だけでなく、尾張や近江周辺のあたりまで往来し、さまざまな報せをもたらしてくれていた。
神立の里からついてきた巣鴨とあかしには、侍女たちが行儀作法や読み書きを教えてくれている。それに巣鴨には、十人ほどの女人も随伴してきていた。
……こうして少しずつ<亀党>とも称ぶべき直属の配下ができつつあったのだ。
かれらの軍師は、さしずめ休賀斎の老公であろうか。その老公が、小太郎は京の鞍馬で養生しているようだとそっと伝えてくれた。そういえば神立の里で瀕死の小太郎とはことばを交わしてはいない。訊ねたいことは山ほどある。兵太郎も老公も、またあの詞葉ですら、肝心なことをまだ吐露してはいないように思えてくるのだ。
やはり小太郎にはまだ明らかにされていない大きな秘密があるとおもっていた。
兵太郎は毛利家に身を寄せているらしいので、彦左が戻ってきたらこのことを相談してみようと決めていた。
新城では家中の者たちは何事もなかったかのようにわたしを迎え入れてくれた。
夫の信昌どのまでが、小太郎の安否を一切訊ねることもなく、城を出てから戻ってくるまでの詳細を問い詰めることもなく、小太郎などもとより居なかったかのごとくにふるまうさまをみて、ふしぎでたまらなかった。けれどこちらもまた、そのように接するしかない。秀華姫生存の秘密は、夫にさえも洩らすことはできないのだ。
侍女たちが出産の準備を嬉々としてこなしている姿をみると、さすがに、と舌を巻いてしまう。
なにごともなかったかのようにふるまい続けることもまた、いうなれば一種の儀礼のようなものであったかもしれない。
信昌どのの母方の実家である牧野家からも前祝いの品々とともに、大勢の侍女たちが城に遣わされてきていた。その中には、おそらく牧野家以外の家中から忍び込んでいる密偵たちも数多いことを、わたしは知っていた。けれど、これもまた、なにごともないように平静を装うことも大切なのだ。
老公は願いどおり弥右衛門らに剣の手ほどきをし、嘉兵衛には奥向きの差配を任せたようである。当初は、侍女たちも露骨に嫌悪していたものの、商才が利き、人あしらいのいい嘉兵衛が奥の用向きを仕切るようになると、意外な蓄財ができるようになって、それを惜しげもなく女たちに分け与えるものだから、いい評判が立ち、いまでは誰もが嘉兵衛の指示に従うようになっていた。
この嘉兵衛や弥右衛門らのおかげで、わたしの周りにはいい空気が漂ってきていた。みんながそれぞれに居心地のよい環境をつくろうと力を尽くしてくれていたことに、なによりも感謝していた。
ときには、父家康の重臣、酒井忠次さまの家臣たちが頻繁に出入りしていたようだ。
忠次様は、父より十五も年長で、父からみて義理の叔父にあたる人である。わたしからみると、大叔父ということになる。わたしの祖父、松平広忠公の妹御が、忠次様に嫁いでいたからだ。
ことほどさように、姻戚の血脈というものは複雑だ。まるで、無数の蜘蛛の糸が縦横無尽に張り巡らされていて、このわたしを一点にして、どこかで誰かとつながっているのだから。
酒井家の者たちは、おそらくわたしの動静よりも、この奥平の家中の動きを探っているに相違あるまい。真に徳川に忠誠を誓うのか否か、この時点では、なんの確証も得られていなかったのだろう。けれども、忠誠であるとか、味方の確証、といったものほど茫洋としていて不確かなものはない。
人の胸裡に奥深く棲むもろもろの蟲たちは、いっときの善意や感傷や共鳴をものともしないで成長していく。人の善意をしばることはできても、刹那の憤怒の情や苦悩の中身や信仰への態度を強制することなど、とうていできないものだ。
たとえば。
高山右近さまの胸裡を覗くことはできても、かれの信仰と現実の狭間での苦悩までは想像することはできない。
芦名兵太郎の侠気を愛することはできても、かれの行動の源泉に潜むもろもろの真実を伺い知ることはできない。
夫である信昌どのの徳川に対するいっときの忠義を褒めることはできたとしても、かれのなかの忠義の大本の考え方を知らないかぎり、一方的な忠誠をことばどおりには受け取れない。
つまりは、いかなる人も、いま居るこの時代を憎むことはできず、逃げることもできず、右往左往、七転八倒しながらも、なお、生き続けようとする者こそが、ささやかな実りを手にすることができるのだろう。とりとめもなくそんなことを考えていた。
すると、信昌どのや兄信康のことも、わたし一人の力ではこちらの側にたぐり寄せることなどできないことに気づいたのだ。
わたしは、こう思うのだ。
たとえ松永弾正久秀なる翁狐が、蜘蛛の糸のごとき陰謀の種を、意図して他人の秘密の扉の中に蒔くことはできたとしても、期待どおりにはいかないことも多いのだ、と。頭裡に描いた絵図や謀略は、成功することもあればそうでないこともある。余人の考えの及びもしないところで、なにかがなにかの因ともなり果ともなり、それが脈々と廻るこの世界のありようを漠然と無想していた。
臨月が近づいたせいで、始終気が昂ぶっていたのかもしれない。
二日前には、平岩親吉さまからの使いが来た。平岩さまは父家康と同歳の三十六で、父が幼年の時から仕えている。父とともに人質時代を過ごした方だ。
それに、兄信康の傅役でもあった。平岩さまの使者の言葉は、わたしの懐妊を寿ぎ、《つつがなく大任を果たされよ》ということであり、べつに大任とも大変とも考えてはいなかったのだけれど、これ幸いとばかり、嘉兵衛に頼んで岡崎へ返礼の挨拶に赴いてもらうことにした。
嘉兵衛の目と耳で、岡崎の様子をしっかりと見聞してもらいたかったのだ。それに熊蔵への言伝を頼みたいこともあった。なにより熊蔵の目からみた兄の心の動きというものを知りたかった。
毎日、誰かが訪れ、前祝いの品々を置いていった。
正直に吐露すれば、わたしには、いまだ母になるという実感も感慨も沸いてはきていなかった。ただ、日を追うにつれ、腹が膨らみ、それまで好きだった匂いまでもがなにかと癇に障るようになり、これまでとは異なる別な生き物になっていくような感覚にとらわれていた。
嫡男が誕生したのは、その年の五月の半ばで、わたしの知らない祝い事の儀が続き、まもなく、信昌どのが帰館した。
「お亀、出かしたぞ、お亀、大儀!」
夫のよろこびようというものは意外の一言に尽きた。
もっと冷静で、あるいは冷徹な側面もある御仁だと思っていたのだけれど、少年のように飛び廻り、祝いを述べにきた里びとたちに混ざって、城の垣根を踊りながら歩いてみせたほどであった。
父家康からも祝いの使者が来た。牧野家や酒井家からも来たが、兄信康からは何も寄越してこなかった。
「九八郎、と名づけようぞ」
信昌どのは産まれる前から決めていたようだ。
「……わしも幼き頃は、九八郎と呼ばれていたからな。この子が無事に元服したおりには、家康様の家の一字を請い賜って、家昌と命名しようぞ」
「佳き名でございますね」
わたしがいうと、信昌どのは大きく頷いた。乳母、医師、侍女ら九八郎を世話する専従者が選任され、いきなり手元から離された。無事に元服の儀を迎えることができるかどうかは、誰にもわからない。病を患わないまでも、乳や水が合わないこともままあった。下痢が続けば、それだけでも小さな命は消えてしまう。
親はあってもなくても、子は育つ、こともあれば、育たないこともある。
あの笹は、岡崎衆の足軽組頭の後家だったのだけれど、一度、死産し、一度は産み落として半月以内に逝ったそうだ。大事に育てようとしても、生ける児もあれば逝く児もあるのだ。
城に半月ほど滞在した信昌どのは褥をともにしても、わたしを抱くこともなく、慌しく出陣していった。このときほど、夫との間に流れる目に見えない溝を感じたことはなかった。
信昌どのにとって、わたしは一体どういう存在なのだろう。子を産む道具でしかないのか。それとも、家康の長女というだけで、傍に置いておきたいだけなのか。なんともいえないそらぞらしい空気を感じた。しかも信昌どのはわたしの肌に触れようとはしない。ことさらに避けているのか、嫡子が出来れば、それで用済みになってしまったのか、なにか煮え切らないものが胸裡に奥深く残ったままであった。
新城に戻ってきてから、瞬く間に四月四月が過ぎた。
大久保彦左衛門と佐助、笹の三人は、秀華姫とともに現地に残った。嫌がった笹と佐助を説得し、姫が無事に落ち着くまで傍にいてあげて欲しいとわたしが懇願すると、しぶしぶながら承諾してくれた。
約束した通り弥右衛門は新城までついてきた。休賀斎の老公から剣を学びたいということで、ほかに天満屋の嘉兵衛が三十人ばかりを伴ってやってきた。わたしの護衛だけでなく、尾張や近江周辺のあたりまで往来し、さまざまな報せをもたらしてくれていた。
神立の里からついてきた巣鴨とあかしには、侍女たちが行儀作法や読み書きを教えてくれている。それに巣鴨には、十人ほどの女人も随伴してきていた。
……こうして少しずつ<亀党>とも称ぶべき直属の配下ができつつあったのだ。
かれらの軍師は、さしずめ休賀斎の老公であろうか。その老公が、小太郎は京の鞍馬で養生しているようだとそっと伝えてくれた。そういえば神立の里で瀕死の小太郎とはことばを交わしてはいない。訊ねたいことは山ほどある。兵太郎も老公も、またあの詞葉ですら、肝心なことをまだ吐露してはいないように思えてくるのだ。
やはり小太郎にはまだ明らかにされていない大きな秘密があるとおもっていた。
兵太郎は毛利家に身を寄せているらしいので、彦左が戻ってきたらこのことを相談してみようと決めていた。
新城では家中の者たちは何事もなかったかのようにわたしを迎え入れてくれた。
夫の信昌どのまでが、小太郎の安否を一切訊ねることもなく、城を出てから戻ってくるまでの詳細を問い詰めることもなく、小太郎などもとより居なかったかのごとくにふるまうさまをみて、ふしぎでたまらなかった。けれどこちらもまた、そのように接するしかない。秀華姫生存の秘密は、夫にさえも洩らすことはできないのだ。
侍女たちが出産の準備を嬉々としてこなしている姿をみると、さすがに、と舌を巻いてしまう。
なにごともなかったかのようにふるまい続けることもまた、いうなれば一種の儀礼のようなものであったかもしれない。
信昌どのの母方の実家である牧野家からも前祝いの品々とともに、大勢の侍女たちが城に遣わされてきていた。その中には、おそらく牧野家以外の家中から忍び込んでいる密偵たちも数多いことを、わたしは知っていた。けれど、これもまた、なにごともないように平静を装うことも大切なのだ。
老公は願いどおり弥右衛門らに剣の手ほどきをし、嘉兵衛には奥向きの差配を任せたようである。当初は、侍女たちも露骨に嫌悪していたものの、商才が利き、人あしらいのいい嘉兵衛が奥の用向きを仕切るようになると、意外な蓄財ができるようになって、それを惜しげもなく女たちに分け与えるものだから、いい評判が立ち、いまでは誰もが嘉兵衛の指示に従うようになっていた。
この嘉兵衛や弥右衛門らのおかげで、わたしの周りにはいい空気が漂ってきていた。みんながそれぞれに居心地のよい環境をつくろうと力を尽くしてくれていたことに、なによりも感謝していた。
ときには、父家康の重臣、酒井忠次さまの家臣たちが頻繁に出入りしていたようだ。
忠次様は、父より十五も年長で、父からみて義理の叔父にあたる人である。わたしからみると、大叔父ということになる。わたしの祖父、松平広忠公の妹御が、忠次様に嫁いでいたからだ。
ことほどさように、姻戚の血脈というものは複雑だ。まるで、無数の蜘蛛の糸が縦横無尽に張り巡らされていて、このわたしを一点にして、どこかで誰かとつながっているのだから。
酒井家の者たちは、おそらくわたしの動静よりも、この奥平の家中の動きを探っているに相違あるまい。真に徳川に忠誠を誓うのか否か、この時点では、なんの確証も得られていなかったのだろう。けれども、忠誠であるとか、味方の確証、といったものほど茫洋としていて不確かなものはない。
人の胸裡に奥深く棲むもろもろの蟲たちは、いっときの善意や感傷や共鳴をものともしないで成長していく。人の善意をしばることはできても、刹那の憤怒の情や苦悩の中身や信仰への態度を強制することなど、とうていできないものだ。
たとえば。
高山右近さまの胸裡を覗くことはできても、かれの信仰と現実の狭間での苦悩までは想像することはできない。
芦名兵太郎の侠気を愛することはできても、かれの行動の源泉に潜むもろもろの真実を伺い知ることはできない。
夫である信昌どのの徳川に対するいっときの忠義を褒めることはできたとしても、かれのなかの忠義の大本の考え方を知らないかぎり、一方的な忠誠をことばどおりには受け取れない。
つまりは、いかなる人も、いま居るこの時代を憎むことはできず、逃げることもできず、右往左往、七転八倒しながらも、なお、生き続けようとする者こそが、ささやかな実りを手にすることができるのだろう。とりとめもなくそんなことを考えていた。
すると、信昌どのや兄信康のことも、わたし一人の力ではこちらの側にたぐり寄せることなどできないことに気づいたのだ。
わたしは、こう思うのだ。
たとえ松永弾正久秀なる翁狐が、蜘蛛の糸のごとき陰謀の種を、意図して他人の秘密の扉の中に蒔くことはできたとしても、期待どおりにはいかないことも多いのだ、と。頭裡に描いた絵図や謀略は、成功することもあればそうでないこともある。余人の考えの及びもしないところで、なにかがなにかの因ともなり果ともなり、それが脈々と廻るこの世界のありようを漠然と無想していた。
臨月が近づいたせいで、始終気が昂ぶっていたのかもしれない。
二日前には、平岩親吉さまからの使いが来た。平岩さまは父家康と同歳の三十六で、父が幼年の時から仕えている。父とともに人質時代を過ごした方だ。
それに、兄信康の傅役でもあった。平岩さまの使者の言葉は、わたしの懐妊を寿ぎ、《つつがなく大任を果たされよ》ということであり、べつに大任とも大変とも考えてはいなかったのだけれど、これ幸いとばかり、嘉兵衛に頼んで岡崎へ返礼の挨拶に赴いてもらうことにした。
嘉兵衛の目と耳で、岡崎の様子をしっかりと見聞してもらいたかったのだ。それに熊蔵への言伝を頼みたいこともあった。なにより熊蔵の目からみた兄の心の動きというものを知りたかった。
毎日、誰かが訪れ、前祝いの品々を置いていった。
正直に吐露すれば、わたしには、いまだ母になるという実感も感慨も沸いてはきていなかった。ただ、日を追うにつれ、腹が膨らみ、それまで好きだった匂いまでもがなにかと癇に障るようになり、これまでとは異なる別な生き物になっていくような感覚にとらわれていた。
嫡男が誕生したのは、その年の五月の半ばで、わたしの知らない祝い事の儀が続き、まもなく、信昌どのが帰館した。
「お亀、出かしたぞ、お亀、大儀!」
夫のよろこびようというものは意外の一言に尽きた。
もっと冷静で、あるいは冷徹な側面もある御仁だと思っていたのだけれど、少年のように飛び廻り、祝いを述べにきた里びとたちに混ざって、城の垣根を踊りながら歩いてみせたほどであった。
父家康からも祝いの使者が来た。牧野家や酒井家からも来たが、兄信康からは何も寄越してこなかった。
「九八郎、と名づけようぞ」
信昌どのは産まれる前から決めていたようだ。
「……わしも幼き頃は、九八郎と呼ばれていたからな。この子が無事に元服したおりには、家康様の家の一字を請い賜って、家昌と命名しようぞ」
「佳き名でございますね」
わたしがいうと、信昌どのは大きく頷いた。乳母、医師、侍女ら九八郎を世話する専従者が選任され、いきなり手元から離された。無事に元服の儀を迎えることができるかどうかは、誰にもわからない。病を患わないまでも、乳や水が合わないこともままあった。下痢が続けば、それだけでも小さな命は消えてしまう。
親はあってもなくても、子は育つ、こともあれば、育たないこともある。
あの笹は、岡崎衆の足軽組頭の後家だったのだけれど、一度、死産し、一度は産み落として半月以内に逝ったそうだ。大事に育てようとしても、生ける児もあれば逝く児もあるのだ。
城に半月ほど滞在した信昌どのは褥をともにしても、わたしを抱くこともなく、慌しく出陣していった。このときほど、夫との間に流れる目に見えない溝を感じたことはなかった。
信昌どのにとって、わたしは一体どういう存在なのだろう。子を産む道具でしかないのか。それとも、家康の長女というだけで、傍に置いておきたいだけなのか。なんともいえないそらぞらしい空気を感じた。しかも信昌どのはわたしの肌に触れようとはしない。ことさらに避けているのか、嫡子が出来れば、それで用済みになってしまったのか、なにか煮え切らないものが胸裡に奥深く残ったままであった。
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