38 / 40
38 寺島家の秘密
しおりを挟む
おときが連れてきた寺島の職人らは、分部に目礼するとすばやく大曽根兵庫らを遠巻きにしたまま腰を落とした。襲撃一歩手前の構えであったろう。さすがに根来衆、雑賀衆の裔たちである……。
大曽根兵庫がおときと会うのは初めてであった。だが、尋常の小娘でないことは、一目で察した。
その風変わりで奇抜な着衣ではなく、おときが握っている小さな瓦を視たからである。あれを投げられて腕に自信のある配下の者数人が傷つけられていた……。
「むっ、寺島の……」
咄嗟に大曽根はさっきの分部の問いを誤魔化そうとした。
「分部様……」と、抱きつかんばかりの勢いで駆けてきたおときは、大曽根を視て、叫んだ。
「あ、うちを会わせてくれまへんか? 佐兵衛という御方に!」
「・・・・・・・!」
大曽根はなにも返さない。分部はおときの口から“佐兵衛”の名が出たのに驚いた。
「モン様があらかたの謎を解いてくれはったんや」
「いま、いずれに?」と、分部が問うと、すかさずおときが、
「ゴロさんいう人のところ」
と、応じた。
「ゴロさん?」
「うーん、ゴロさんのことうちもようわからへんのやけど、モン様は、ずっと上の上のお上の御方が、佐兵衛という方に指示をし、その佐兵衛さんが、大曽根様を陰で動かしてきたんやないかと……」
「な、なにぃ」と、叫んだのは当の大曽根兵庫であった。
おときは大曽根に面と向かって答えた。
「……モン様の推理では、お上は、淀屋さんだけでなく、うちの寺島の家もなんとか取り潰そうとお考えになったのでは? と言ってはりました。神君家康公と昵懇であった寺島のご先祖様は、家康様からなにか特別な御役目を申しつかったのではなかろうかと……」
「そ、それは?」と、思わず口を挟んだ分部に、最後までお聴きくださいと言い添えたおときは、
「その証は……」
と、続けた。
「……寺島兄弟の一方を、江戸で旗本にお取り立てなされて、もう一方を、大坂の地で、御用瓦師として表の役割をお命じになられたのではと、モン様が言いはったんよ。江戸と大坂、このふたつの大きな町を、陰から護る御役目……それを嫌がったお上が、淀屋と一緒に寺島家をも取り潰そうと、わざわざ、うちの幼馴染みのお民ちゃんと淀辰はんの仲を陰で取り持って……そんな絵図を描いたのが、佐兵衛ちゅう、お人やないかと……。もっとも、偽名だとモン様が……。墨屋の清兵衛はんもいいように巻き込まれただけで、秘密を知りすぎた留吉はんも殺され……ほんま、うち、なんて言うてええんか、赦されへんわ」
突如とした涙声になって唸ったおときの顔を見つめつつ、分部が大曽根に向かって言った。
「……いずれにせよ、大曽根氏、早々に大坂から立ち去るがよろしかろう。その前に、西海屋とお駒の二人を、当方へお引き渡し願おう。このさい、生死は問わぬ……」
厳命とも受け取れる分部の言に、ただ呆然と立ち竦む大曽根の強張った表情に疲労と悔悟の色が浮かんだ。
大曽根兵庫がおときと会うのは初めてであった。だが、尋常の小娘でないことは、一目で察した。
その風変わりで奇抜な着衣ではなく、おときが握っている小さな瓦を視たからである。あれを投げられて腕に自信のある配下の者数人が傷つけられていた……。
「むっ、寺島の……」
咄嗟に大曽根はさっきの分部の問いを誤魔化そうとした。
「分部様……」と、抱きつかんばかりの勢いで駆けてきたおときは、大曽根を視て、叫んだ。
「あ、うちを会わせてくれまへんか? 佐兵衛という御方に!」
「・・・・・・・!」
大曽根はなにも返さない。分部はおときの口から“佐兵衛”の名が出たのに驚いた。
「モン様があらかたの謎を解いてくれはったんや」
「いま、いずれに?」と、分部が問うと、すかさずおときが、
「ゴロさんいう人のところ」
と、応じた。
「ゴロさん?」
「うーん、ゴロさんのことうちもようわからへんのやけど、モン様は、ずっと上の上のお上の御方が、佐兵衛という方に指示をし、その佐兵衛さんが、大曽根様を陰で動かしてきたんやないかと……」
「な、なにぃ」と、叫んだのは当の大曽根兵庫であった。
おときは大曽根に面と向かって答えた。
「……モン様の推理では、お上は、淀屋さんだけでなく、うちの寺島の家もなんとか取り潰そうとお考えになったのでは? と言ってはりました。神君家康公と昵懇であった寺島のご先祖様は、家康様からなにか特別な御役目を申しつかったのではなかろうかと……」
「そ、それは?」と、思わず口を挟んだ分部に、最後までお聴きくださいと言い添えたおときは、
「その証は……」
と、続けた。
「……寺島兄弟の一方を、江戸で旗本にお取り立てなされて、もう一方を、大坂の地で、御用瓦師として表の役割をお命じになられたのではと、モン様が言いはったんよ。江戸と大坂、このふたつの大きな町を、陰から護る御役目……それを嫌がったお上が、淀屋と一緒に寺島家をも取り潰そうと、わざわざ、うちの幼馴染みのお民ちゃんと淀辰はんの仲を陰で取り持って……そんな絵図を描いたのが、佐兵衛ちゅう、お人やないかと……。もっとも、偽名だとモン様が……。墨屋の清兵衛はんもいいように巻き込まれただけで、秘密を知りすぎた留吉はんも殺され……ほんま、うち、なんて言うてええんか、赦されへんわ」
突如とした涙声になって唸ったおときの顔を見つめつつ、分部が大曽根に向かって言った。
「……いずれにせよ、大曽根氏、早々に大坂から立ち去るがよろしかろう。その前に、西海屋とお駒の二人を、当方へお引き渡し願おう。このさい、生死は問わぬ……」
厳命とも受け取れる分部の言に、ただ呆然と立ち竦む大曽根の強張った表情に疲労と悔悟の色が浮かんだ。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
雨よ降れ 備中高松城の戦い
Tempp
歴史・時代
ー浮世をば今こそ渡れ武士の 名を高松の苔に残して
1581年、秀吉軍は備中七城のうちの六城を平定し、残すは清水宗治が守る備中高松城だけとなっていた。
備中高松城は雨によって守られ、雨によって滅びた。
全5話。『恒久の月』書籍化記念、発売日まで1日1作短編公開キャンペーン中。5/29の更新。

妖刀 益荒男
地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女
お集まりいただきました皆様に
本日お聞きいただきますのは
一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か
はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か
蓋をあけて見なけりゃわからない
妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう
からかい上手の女に皮肉な忍び
個性豊かな面子に振り回され
妖刀は己の求める鞘に会えるのか
男は己の尊厳を取り戻せるのか
一人と一刀の冒険活劇
いまここに開幕、か~い~ま~く~

ふたりの旅路
三矢由巳
歴史・時代
第三章開始しました。以下は第一章のあらすじです。
志緒(しお)のいいなずけ駒井幸之助は文武両道に秀でた明るく心優しい青年だった。祝言を三カ月後に控え幸之助が急死した。幸せの絶頂から奈落の底に突き落とされた志緒と駒井家の人々。一周忌の後、家の存続のため駒井家は遠縁の山中家から源治郎を養子に迎えることに。志緒は源治郎と幸之助の妹佐江が結婚すると思っていたが、駒井家の人々は志緒に嫁に来て欲しいと言う。
無口で何を考えているかわからない源治郎との結婚に不安を感じる志緒。果たしてふたりの運命は……。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる