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37 分部、珍しくも嚇怒せり!

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 分部宗一郎は大志郎に会いに行こうとしていたのを思い直した。伊左次に任せておけばいいと、にも釘を刺しておいた。福島源蔵と伊左次の間には、なにやら触れてはならない過去のわだかまりがあるのではないかと判断したからである。
 を近松に預け、分部はひとまず役宅へ戻ろうと急いでいたそのときであった。

「……分部どの、おぬし、一体、どこに行こうとしている! あれほど首を突っ込むなかれと申し渡しておったに……」

 その声こそ、いまの分部が最も会いたいと思っていた当人であり、同時に最も会いたくはない人物……である。
 分部は無意識に刀の柄に手をかけて身構えた。

、まだ邪魔立てするのか」

 問われた相手、すなわち大曽根兵庫は伴の者三人を連れていた。浪人どもではない。中間ちゅうげんの身なりをしている。だが、顔見知りの土岐家の者ではないことは一目で分部には分かった。

「邪魔立ていたしおるは、そちらであろうぞ」

 すかさず大曽根が返した。

「……これ以上の手出しは無用ぞ! あれほど申し渡してやったではないか! 土岐家に難儀が降りかかってもかまわないのなら話は別だが、の」

 大曽根のげんが、分部の胸を貫いたかにみえた。ところが、分部は動じなかった。むしろ、大曽根兵庫の正体をみた、ように思えた。
 大曽根もまた、いいように利用されている誰かの手駒てごまの一人ではなかったろうか……。ようやくそのことに気づいたればこそ、分部はうろたえなかった。

「大曽根うじ、少々、小細工が過ぎたとは思われぬのか?」
「ふん、いかようにもほざくがいい。だがの、分部どの、かりにお主が、これ以上、過ぎた事を荒立てようとするならば、ここでお主を斬らねばならぬ」
「ほう、わたしを斬る、というのか。となれぼ、今回の一件、さらに一層、複雑な事になりそうだと分からぬか」

 分部は体の震えを抑えつつも、精一杯落ち着いているさまを相手に見せようとしていた。なぜなら、腕に覚えはまったくないから
だ。

「いやちがう」と、続けたのは大曽根であった。
「……事を複雑にさせないため、分部どのよ、お主を斬る、とかように申しておる。の、よっく聴くがいい。事はすでに落着いたしたのだ。大坂のご城代土岐様にも京の松平様にも応諾いただいておるぞ。おぬしのご主君の御決断に異議を唱えるとは、不忠の極みと気づかれぬのか!」
「・・・・・・・・」

 無言のまま、分部は刀の鍔にかけた右手を離した。そして、意外にも大曽根に擦り寄る口調になって、一言添えた。

「よし、このまま、落着ということにしてもよい……その代わり……」
「ほ、代わりに? なんと?」
「その代わりに、佐兵衛さへえなる御仁ごじんにお引き合わせいただけまいか」
「・・・・・・!」
「ほう、大曽根うじ、いまのそなたの表情をみると、どうやら、佐兵衛なる者の存在を知らぬとみゆる」
「・・・・・・・?」

 ここぞと思った分部は薄笑みを浮かべた。かの清兵衛は、大坂に来てから馴染みになった者二人、留吉と佐兵衛の名を口にしていたはずである。留吉はお民とともに死んだ男、おそらくは知り得た秘密をもとに脅迫しようとしたのか、そこまでは分部には分からないが、味方の手によって始末されたことは確かなようである。ところが、もう一人の佐兵衛なる者の正体がいまだに浮かび上がってはこない。密かに伊左次に調べさせていたのだが、正体不明のままであった。
 そこで分部はかまをかけてみたのだ。かれの推測では、その佐兵衛こそが、すべての筋書きを描いた黒幕、そして自らは姿を隠したまま大曽根兵庫を自在に動かしていたのではなかったか……と。
 ことばを続けようとした分部の頬が引きった。
 が寺島の職人らを引き連れて走り寄ってくるのを見たからである……。
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