36 / 40
36 伊左次、福島源蔵を大いに戒める!
しおりを挟む
二日二晩、久富大志郎とともに過ごした福島源蔵は、喋り疲れたのかぐったりと寝転んでいる。息せき切って一人で駆けつけた伊左次をチラリと見ても、うんともすんとも言わない。
大志郎に墨屋の清兵衛の供述を簡単に伝えたあと、伊左次は左脚で源蔵の太腿をつついた。
「おい! ゲンよ! 起きろっ!」
いきなり怒鳴りつけた伊左次に驚いたのは源蔵ではなく大志郎であった。だが止めなかった。伊左次の江戸での不祥事というものが女がらみだとは大志郎は知っていた。それはおときにも伝えていない秘密である。
けれど十二年前、女をめぐって一体どんな騒動があったのか、大志郎は興味があった。ここは成り行きを見守ろうと腹を決め、伊左次と源蔵の二人の様子を覗った。
……その源蔵は、町人髷の伊左次をみても、怪訝そうに目をしばたいている。
「ゲン、まだ、わからぬのかっ!」
睨み笑みを放った伊左次をじっと睨み返していた源蔵が、
「や!」
と、叫んで飛び起きるや刀の鞘を掴んだ。
その手を足払いした伊左次は奪い取った刀を抜いた。
そのまま切っ先から刃文、峰まで目を追ってから、伊左次は鞘に戻した。
「ゲン、まだ、ひとを斬ってはおらぬようだな」
「△○■▼△○」
源蔵が発した声はことばにはならず、獣の呻きのように大志郎の耳には聴こえた。
「おのれ、△○■▼○■」
源蔵の舌がもつれている……。
「ゲン、武士でもないおまえが、仇討ちの真似事とは、どういうことだ? いやなに、おまえが姉のことで、いまだにわしを恨むそのこころねはわかる……けれど、ゲン、おまえ、誰にそそのかされて、大坂までやってきた? 大曽根兵庫とか申す公儀の犬に、一体、なにを吹き込まれたというんだ!」
「・・・・・・・」
「ふん、いいように利用されていると、わからぬのかっ!」
伊左次の叱声は、なぜかこちらに向けられているように感じた大志郎は、動悸が高鳴るほどの気まずさを覚えて顔をしかめた。
大志郎に墨屋の清兵衛の供述を簡単に伝えたあと、伊左次は左脚で源蔵の太腿をつついた。
「おい! ゲンよ! 起きろっ!」
いきなり怒鳴りつけた伊左次に驚いたのは源蔵ではなく大志郎であった。だが止めなかった。伊左次の江戸での不祥事というものが女がらみだとは大志郎は知っていた。それはおときにも伝えていない秘密である。
けれど十二年前、女をめぐって一体どんな騒動があったのか、大志郎は興味があった。ここは成り行きを見守ろうと腹を決め、伊左次と源蔵の二人の様子を覗った。
……その源蔵は、町人髷の伊左次をみても、怪訝そうに目をしばたいている。
「ゲン、まだ、わからぬのかっ!」
睨み笑みを放った伊左次をじっと睨み返していた源蔵が、
「や!」
と、叫んで飛び起きるや刀の鞘を掴んだ。
その手を足払いした伊左次は奪い取った刀を抜いた。
そのまま切っ先から刃文、峰まで目を追ってから、伊左次は鞘に戻した。
「ゲン、まだ、ひとを斬ってはおらぬようだな」
「△○■▼△○」
源蔵が発した声はことばにはならず、獣の呻きのように大志郎の耳には聴こえた。
「おのれ、△○■▼○■」
源蔵の舌がもつれている……。
「ゲン、武士でもないおまえが、仇討ちの真似事とは、どういうことだ? いやなに、おまえが姉のことで、いまだにわしを恨むそのこころねはわかる……けれど、ゲン、おまえ、誰にそそのかされて、大坂までやってきた? 大曽根兵庫とか申す公儀の犬に、一体、なにを吹き込まれたというんだ!」
「・・・・・・・」
「ふん、いいように利用されていると、わからぬのかっ!」
伊左次の叱声は、なぜかこちらに向けられているように感じた大志郎は、動悸が高鳴るほどの気まずさを覚えて顔をしかめた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
大江戸怪物合戦 ~禽獣人譜~
七倉イルカ
歴史・時代
文化14年(1817年)の江戸の町を恐怖に陥れた、犬神憑き、ヌエ、麒麟、死人歩き……。
事件に巻き込まれた、若い町医の戸田研水は、師である杉田玄白の助言を得て、事件解決へと協力することになるが……。
以前、途中で断念した物語です。
話はできているので、今度こそ最終話までできれば…
もしかして、ジャンルはSFが正しいのかも?
紀伊国屋文左衛門の白い玉
家紋武範
歴史・時代
紀州に文吉という少年がいた。彼は拾われっ子で、農家の下男だった。死ぬまで農家のどれいとなる運命の子だ。
そんな文吉は近所にすむ、同じく下女の“みつ”に恋をした。二人は将来を誓い合い、金を得て農地を買って共に暮らすことを約束した。それを糧に生きたのだ。
しかし“みつ”は人買いに買われていった。将来は遊女になるのであろう。文吉はそれを悔しがって見つめることしか出来ない。
金さえあれば──。それが文吉を突き動かす。
下男を辞め、醤油問屋に奉公に出て使いに出される。その帰り、稲荷神社のお社で休憩していると不思議な白い玉に“出会った”。
超貧乏奴隷が日本一の大金持ちになる成り上がりストーリー!!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
陸のくじら侍 -元禄の竜-
陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた……
式神
夢人
歴史・時代
これは室町末期、すでに戦国時代が始まろうとしていた頃。賀茂家信行から隆盛した陰陽道も2代目に移り弟子の安部清明が活躍、賀茂家3代目光栄の時代には賀茂家は安倍家の陰に。その頃京の人外の地の地獄谷に信行の双子の一人のお婆が賀茂家の陰陽道を引き継いでいて朱雀と言う式神を育てていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる