上 下
29 / 40

29 決闘!天神ノ森 (二)

しおりを挟む
 風が舞っている。
 落陽のきらめきが小枝の隙間から洩れていた。
 駆け寄ってくるの姿は、その木漏れ日が散った残香のように大志郎の目には映った。
「や!」
 誰が叫んだのか、短い、咳払いに似た声が、音が……が走ったあとから鳥の鳴き声のように落ちてきた。
 いや、まさしく、きたのである……。
 バサッ、バタッと音を響かせて地に堕ちてきたのは、浪人たちの仲間、いや、黒装束で枝に潜んでいた隠密どもであった。ひとり、ふたり……と堕ちて、のたうち回っていた。
 仕業しわざではあるまい。
 大志郎はたのだ。
 猿のように身軽に木から木へ、枝から枝へ飛び移っている数人の小柄な男たちを……。かれらが黒装束を枝から蹴落としたのであったろう。
 しかも、男たちは同じ紋様が染められた法被はっぴを着ているのが、大志郎にはみえた。馴染みのあるその紋様は、〈寺〉の一字を花になぞられたもので、まさしく、寺島の職人着にちがいなかった。

(ひゃあ、助かった!)

 口には出さず大志郎は天に謝した。寺島には、古く根来衆や雑賀衆の落人おちゅうどらが雇われたと聴き及んでいた。おそらくその末裔たちであったろう。身軽な技だけでなく、代々の秘技なるものを受け継いてきたのであったろう。

(恐るべし……寺島の底力……)

 そう大志郎は察した。こんな得体の知れない職人たちが居る寺島家に、入婿いりむこを競う諸藩の武士たちは、深層に気づけば驚愕するにちがいない。
 大志郎はきを引き締めた。かれらの助力を得たとしても、いまだ窮地に居ることには変わりない……。

 いつの間にかが大志郎のすぐそばに来ていた。
 右手に〈おとき瓦〉、左手には〈扇〉を握ったまま、浪人たちを睨んでいる。

(なんとまあ、恐れを知らぬ女子おなごだ……)

 いまさらながら大志郎は驚いた。

「モン様はどこ?」

 大志郎のかおを見ずにが叫んだ。かれにではなく、浪人たちに向かって発してしたのであったろう。
 答えたのは、大志郎である。すでに敵との間合いを詰める余裕が戻ってきていた。

「モン様だと?……あ、あの、近松のことか!」
「森で会うと、使いの者が……」
「さては、罠にはめめられたのだな……近松の名をかたって、おまえをおびき寄せたんだ……おれには救いの神だったがな」

 おそらくそうに違いないと大志郎はおもった。たまたま足を向けたために、浪人どもから襲われるはめになった……。
 つまりは、は救いの神どころか疫病神なのかもしれぬと、大志郎は思い直した。
 目の前の四人の浪人は動かない。
 抜刀してはいないものの、依然として殺気は納まってはいない。
 あれほどかたきがどうだのこうだのとわめいていた福島源蔵は、四人から離れたところで、腰を抜かしたかのように震えていた。これでは、かりに伊左次と対しても、まともに闘うことなどできないだろう。

「さあ、どうする?」

 大志郎が言った。

「まだいのちのやりとりをする気ならば、とことん相手になってやる……が、どうやらお前らのほうが形勢不利だと思うがな」

 これは大志郎なりのはったりであった。今なお、や寺島の職人らが助勢してくれたとしても、目の前の四人の腕前ははるかに上だ、と大志郎は見切っていた。それでもあえてぞんざいにほざいてみせたのは、に害を及ぼさないためには捨て身になるしかなかったからであろう。
 おときはで、勝敗のすえなどには思念が及んでいない。結果はどうあれ目の前の敵と対峙たいじすることしか考えていない。 
 じり、じり。
 草鞋わらじが地をる音が、それぞれの吐く息のように大志郎の耳を撃った。
 じり、じり、じり。
 ずり、ずり、ずり。

「ひゃあ」と、叫んだのは、寺島の職人のひとりである。
「あ、あれを!」
 指差したほうをみると、灯をいれた提灯ちょうちんが幾つも揺れながら近づいてくるのが見えた。まだ、日は暮れてはいないが、まもなく提灯が必要になる頃合いになる。
 三つ、四つ、いや、八つ、九つ……人数は多いようだった。

「ちえっ」と、浪人の一人か吐き捨てると、それが合図であったのだろう、それぞれが後退あとずさり、地に呻いている仲間の黒装束を抱き上げて、そのまま、ゆっくりと去っていった……。

「ふう……いのち拾いしたな」

 大志郎が安堵の吐息を洩らした。命拾いした、という意味がには分からないらしかった。やはりそれはは剣客ではないから、詰めが甘いのだろう。

「ひゃあ、モン様っ!」

 叫びながらが駆け寄った相手は、まさしく近松門左衛門であった。

「おお、ご無事かの。わしの名を騙って、呼び出されたと聴いたでな……」

 そう言った近松の両の手にひとつずつ提灯がさげられていた。
 しかも、近松に付き従っていたのは寺島の職人でたった二人。釣り竿につるした提灯を肩に背負い、手にもぶらさげ、口にもくわえていた……。

人手ひとでが足りんでな……」

 照れて笑う近松にいきなりがガバッと抱きついた。その様子をみて、
(抱きつくならば、おれのほうだろうが……)
と、大志郎は近松を睨んだが、もとより口には出さなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

仇討ちの娘

サクラ近衛将監
歴史・時代
 父の仇を追う姉弟と従者、しかしながらその行く手には暗雲が広がる。藩の闇が仇討ちを様々に妨害するが、仇討の成否や如何に?娘をヒロインとして思わぬ人物が手助けをしてくれることになる。  毎週木曜日22時の投稿を目指します。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

赤松一族の謎

桜小径
歴史・時代
播磨、備前、美作、摂津にまたがる王国とも言うべき支配権をもった足利幕府の立役者。赤松氏とはどういう存在だったのか?

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...