【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉

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11 曾根崎心中

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 突然、襖から飛び出たような勢いのおときが、なかの二人を見て、はぁと息を吐いた。

「なんやぁ、元気モリモリの杉森はんやおまへんか!あっ、その正体は┅┅近松さまだったんですか!いややわぁ、なんで、杉森モリモリやなんて、とってつけたような、へんてこりんな偽名で、うちらを騙そうとしたん?」

 口調はきついが、どこかで面白がっている。おときはそのまま近松の前に座った。
 コホンと咳払いして、近松は〈杉森信盛〉は本名だと告げた。

「ええっ?あら、へんてこりんやなんて、めちゃ失礼なこと、言うてしもて┅┅。でも、なんで、が、うちに会いに┅┅、あっ、浄瑠璃の感想ですか?悪いけど、うち、まだ、に行ってないねん」

 その言葉に身を乗り出した近松は、おときが〈モン様〉と自分を呼んでいることに気づいているのかいないのか、傍らの伊左次は興味を覚えた。

「┅┅心中物は好きやないねん!なにも死なんかて、ええやんか」

「死ぬのは、いけませんか」

 苦笑しながら近松が訊いてきた。

「そりゃあそうやわ!でも┅┅はんは、うち、嫌いやないわ」

 徳兵衛?伊左次には話がみえない。おときは、一方的に喋り続ける┅┅。

「┅┅愛はあるけど、お金はない、マジメやから他人ひとから騙されやすい。┅┅うまく言い逃れすればいいのに、それがでけへん徳兵衛はんは、なんか、うちが言うのもなんやけど、ええ感じやわぁ」

 観てはいないといいながら、〈曾根崎心中〉の主人公、徳兵衛とお初の物語の大筋をおときはおさえている。
 コホン。
 近松が合いの手のような咳をした。どうやら話の続きを催促しているらしい。

「う~ん、うちが書くんやったら、そうやなあ、すったもんだの挙げ句、二人をあの世じゃなくて、この世で添わせてあげるようにするわ!正直もんがバカをみる世の中やなくて、正直もんが、無理せんでも生きられる世の中になってほしいわぁ」

 ふいに痩せた頬の皮が痙攣けいれんしているかのような錯覚に、近松はとらわれた。それは頬ではなく、心のひだに突き刺さった瞬息の感情の発露であったかもしれない。
 どこかしら、爽やかな空気にまとわりつかれたような新鮮な感覚に近松は驚いていた。

 近松がなにか言いかけたようとした時、職人の一人が襖を蹴破る勢いで現れた。
 立ち上がったおときの耳元で告げた職人のその腕のなかに、そのまま崩れるように倒れたおときの姿を認めて、伊左次と近松は“お民の死”を半ば予感した。
 二人は互いの視線を交錯しながらも、発する言葉はなにも出てこなかった。
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