【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉

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6 剣の師匠

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 長堀川と西横堀川が交わる川辺の一帯に建ち並んでいる小屋は、数えようとしてもみんな同じに見えて、ともすれば視界がぼやけてくる。
 久富ひさとみ大志郎だいしろうはため息をついた。もう六度目だ。

 小屋といってもそれぞれ十畳から二十畳ほどの広さがあり、丸太や廃材を組み合わせただけの簡易な骨組みだが、風雨には耐えられるように補強されていた。商いにならない破材は、材木浜に腐るほどあるにちがいない。

 ここにも四つ、橋がかっている。
 上繁橋。
 下繁橋。
 炭屋橋。
 吉野屋橋。

 久富大志郎がたたずんでいたのは、炭屋橋の上である。
 小屋群が一望できるが、数えようにも途中でこんがらがってしまい、そのつどため息が出てしまう。

 しかしながら。
 この半年あまりのうちに、このような小屋で不審な怪死事件が相次いでいた。人が集まれば、喧嘩沙汰ざたや窃盗も多くなる。ところが不思議なことに、町役人からも届出がなく、すべてが急病死扱いで処理されていたようであった。
 大志郎のもとにも詳しい報告は何一つもたらされていなかった。
 いまになって小屋のことを調べる気になったのは、寺島の伊左次から依頼されたからである。

 久富大志郎は、大坂西町奉行所の同心だが、生まれは江戸である。貧乏後家人の五男坊。十六歳まで江戸で暮らし、母方の遠縁の筋で、嗣子のいない久富家をぐために大坂にきた。
 伊左次いさじとは、江戸で面識があった。長兄が通った浅草の新陰流上泉道場の師範代が、ほかならぬ伊左次であった。
 柳生新陰流ではない。
 上泉かみいずみ陰流の流れをむもので、正称は上泉深刀流しんとうりゅうといった。馴染みのない名称では門弟が集まらないので、便宜上、新陰流を標榜ひょうぼうしていたにすぎない。

 大坂にきて以来、伊左次には剣の手ほどきを受けてきた。
 いわば伊左次は、剣の師匠である。
 も大志郎が密かに伊左次と会っていることは知っているが、伊左次の本名を知っているのはおときの父と大志郎だけである。
 いま、二十三歳になった大志郎は、いまだに大坂言葉には慣れていないし、土地勘もない。かろうじて御城の方角を確かめながら、市中を見廻っているにすぎなかった。
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