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5 淀屋辰五郎
しおりを挟む淀屋三郎右衛門、通称〈辰五郎〉。
淀屋辰五郎を略して淀辰。
大坂一の豪商である。
いや、当事、〈大坂一〉といえば、〈日本一〉といっても過言ではない。
商いの道では、大坂で一番になった者は、日本一と同じ意味合いを持つ。
淀屋の初代、岡本三郎右衛門は、通称〈常安〉。
淀屋常安の呼び名のほうが有名である。
豊臣秀吉の時代、誰もが尻込みして請け負わなかった淀川の築堤工事を一手に引き受けて、成功への足がかりをつくった。
大坂冬の陣、夏の陣では、徳川方に味方して、茶臼山の家康の陣を築いた。この功績で家康から苗字帯刀を許され、それだけでなくさまざまな〈特権〉を手に入れた。
たとえば。
堺や大坂に集まった干魚の雲上銀収入、大坂に集まる米相場の利権も掌握した。両替業、海運業にまで手を延ばした常安は、巨万の富を手にして〈なにわ長者〉とよばれた。
開拓した中之島周辺には、やがて諸大名各藩の蔵屋敷が建ち並ぶようになり、蔵屋敷には各藩の地元から取り寄せた米、名物名産、工芸品などが集まり、ここから江戸はもとより全国へ流通することになる。のちに天下の台所と賞される大坂経済の礎を常安一代で築いたのだ。
自費で橋まで架けた。
土佐堀川に架けた橋は、淀屋の橋、すなわち、〈淀屋橋〉と呼ばれるようになる。
┅┅初代常安から数えて、五代目の当主が〈淀辰〉に他ならない。
おときは番頭の顔をそれとなく窺った。
あるいは淀辰とお民を見たのはこの番頭なのではないかと思った。ならば、これ以上は何も喋ってはくれないだろう。
大坂で商売する者は、業種を問わず、淀屋の世話にならないものはいないはずである。直接間接に、淀屋傘下のなにがしかの商売の利権にあずかっているにちがいなかった。
おときは矛先を変え、伊左次に〈影絵茶屋〉のことをたずねた。最近になって、簡易な遊び小屋が川岸に建てられていることは知っている。
大和川の川違え工事がはじまって、他郷から来た工事に携わる人夫や職人が近在に住むようになり、その需要を見込んだ宿泊所や盛り場ができた。
その一角に、猥雑さで客を愉しませる影絵茶屋なるものが人気をよんだ。
小屋の中で何が行われているのか、おときは知らない。
たずねられた伊左次にしても、なかなか言葉で伝えられることではなく、どのように答えていいか判らない。純真なおときに、男の性のなにがしかを伝えるのは難しい。
杉森ぐらいの年齢ならうまく説明してくれるはずだと、伊左次は期待して杉森を目で追った。
ところが┅┅。
杉森は店横に積み上げられた材木をトントンと拳で叩きながら、番頭と談笑していた。
ポカンとして伊左次は、そのまま橋から飛び降りたいような気分になった。
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