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3 つけてくる男
しおりを挟む「ひよょひょっ」
おときがキッと睨んだ相手は、頓狂な声を挙げた。
小鳥が囀ずっているかのような反応に驚かされたのは、むしろおときのほうだった。
互いに向き合いながらも、何も発しない。
あたかも剣客二人が、間合いを見極めながらジリジリと詰め寄っているようにも見えた。
初老の男は、なにもおときの怒声にたじろいだのではなかった。
おときの身なりを見て絶句したのだ。
あまりにも常識を逸脱した姿であった……。
筒袖袴に、束ね髪。
左腰には大きな扇子をさしている
う~んと、男は唸った。
かれの脳裡には、いつだったか見たはずの〈七十一番職人歌合絵〉に描かれていた瓦焼職人の姿が浮かんでいた。それが目の前のおときのいでたちと重なりあってみえている。
鎌倉時代に描かれた瓦職人の絵に、共通して登場するのが〈筒袖袴〉と〈脇差〉である。どうやら腰の扇子は脇差の代わりかもしれない……。
ちなみに、瓦職人の服装は、寺院や神社の建築に携わった番匠のいでたちとよく似ている。一般住宅の需要が高くなると、やがて番匠は〈大工〉と呼ばれるようになっていくのだが、その棟梁たちは、必ずといっていいほど腰に脇差をさしている。〈左官〉と呼ばれるようになる前の塗装職人も烏帽子をかぶり、直垂袴で脇差をさした姿で描かれることが多い。
さしずめ瓦師の場合も、このおときの姿こそが〈棟梁〉のしるしなのであろう。
そんなことを、この初老の男は考えていた。
おときの姿を前からみると、胸のあたりがあいている。
もとより胸にさらしを巻いてはいたが、胸のふくらみが目立つ。透けてはいないものの、ほどよく丸みを描いた曲線をみて、男は慌てて視線を逸らした。
「……ごほっごほ、こ、これは失礼いたした。わたしは杉森と申す爺でござる。ええと、卒爾ながら、寺島のおときさん、でござろうや?世直しおときと世評も高い?」
「うん、そうや、寺島のおときは、たしかにうちやけど……」
「やはり!その身なりといい、物怖じしない物言いといい……」
「うちになんの用?ええと、すぎ……」
「杉森信盛と申す」
「なんやモリモリ元気が出そうな御名ですなあ?あっ、ひょっとして、父のお知り合いの御方でしょうか?」
突然、おときの口調が丁寧になった。
父の知人なら、粗相をすれば、あとでこっぴどく父から叱られる……。
「いやいや、寺島惣右衛門どのには、いまだお目もじいたしてはござらぬ。いずれ近いうちに、ゴロさんから紹介してもらうつもりです」
「ご、ごろさん?」
おときは目をしばたいた。
とんと話の脈絡がみえてこない。けれど杉森は人並み以上に好奇心が旺盛なだけのようだ。そう判ると、悪い人ではないようにおもえてきた。
「杉森はんどしたな?うち、いま、急いでいますよって┅┅ほら、あそこの日向屋さんに行くとこやねん、幼馴染みのお民ちゃんの行方がわからへんさかい┅┅」
「ほう、それは一大事、ならば、急ぎましょう」
そう答えると杉森は、先頭に立ってスタスタと歩き出した。勝手についてくるらしい。
いや前を歩くので、ついて来い、ということらしい。
これには、二人の会話を聴いていた伊左次も、アッと驚いた。
「どないしたん?イサさん、あの人、知っている人?」
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