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第一章 キックオフ
永田町
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永田町……は、日本の政治の象徴、政治家群像の代名詞である。『永田町界隈が騒がしい……』といえば、政変や内閣改造、人事改編、疑惑噴出……など、日々めまぐるしく変わりゆく政界の動向や個々の政治家の進退問題までを雑多に総括できる便利なフレーズでもある。
ところが、実際に足を踏み入れると、感覚的視覚的にはまったくといっていいほど騒がしくはない。東京メトロ丸ノ内線国会議事堂前駅で降りた真吾は、そのまま衆議院第一議員会館へ向かった。
……中学生の頃、二度、父に連れられて田原崎本人に会いに行ったことがある。定例イベントともいえる陳情のためである。
その当時とは周辺の様子が変わっているように真吾は感じている。喧騒感がなくなり、むしろキレイに整備された人工的なにおいがした。オリンピックなど海外からの要人賓客の視覚に訴求させたい意図があったのか、それは真吾にはわからない。
議員会館の前まできたとき、携帯が鳴った。
番号登録したばかりの『コジマ秘書』の名をみて、急いで耳にあてると、
「いま、どちらでしょうか」
と、焦り気味の声が響いてきた。
「先程から会館前でお待ちしているのですけれど……」
「え? ぼくも、今、前、なんですけど……」
「あら……でも、それらしいお姿は……」
すこぶる丁寧な受け答えである。
小島なのか、児島なのか、小嶋……なのか、字はわからないが、このとき、真吾はなぜか〈児〉字のほうだとおもった。そんな気にさせるほど、彼女の発する声は幼い、まだ熟しきれていない蕾の内に潜っている蜜の素のような響きを、真吾は勝手に妄想していた。
「あっ」
と、突然トーンを上げたのは、彼女のほうである。
「……ごめんなさぁい……参議院のほうなんですぅ……お伝えするのをうっかり失念しておりました。参議院議員会館……そこからですと、隣の隣の……です」
「あ、すぐ行きます」
電話を切って、真吾は早走りに参議院議員会館へ向かった。
しばらくすると、ベージュカラーのビシネススーツの女性が息せき切りながら駆けてきて、
「ひゃあ」
と、大きな吐息を洩らした。
それはあたかも営みの絶頂へと誘う直前の高鳴りにも似て、一瞬、真吾はとまどい、その動揺をごまかすために慌てて目のやり場を捜した。
「……山本真吾さんですね……ごめんなさい、本当に、こちらのレラミスでした」
レラミスの意味はわからないが、おそらく連絡ミスのことを言っているのだろうと真吾は、
「いえ、こっちの確認ミスですから」
と、ぼそりとつぶやいた。
まだ肩で息をしている相手の微かな躰の揺れが、真吾の脳裡には元カレの喘ぎ声と重ね合わさってしまい、気づかないうちに生唾を喉奥へ呑み込んでいた。
……そんな真吾の動揺を、どうやら彼女は早合点したようで、ジーパンにTシャツ、紺のブレザーというラフな真吾に向かって、
「大丈夫ですよ、ネクタイなしでも。そのままですと、議事堂には入れませんけど……」
と、微笑みながら名刺を差し出した。
参議院議員 藤堂紗耶香
私設秘書 児島 綾
「参議院……あのう、田原崎先生の事務所の方ではなかったのですか?」
驚いて真吾はたずねた。彼女の姓が〈児〉字で当たっていたことには、まだ気づかないでいる。
「……藤堂は、田原崎先生の奥様の従姉妹なんです。南関東ブロックの比例区なので、ほとんど馴染みがないかもしれませんが……藤堂のオフィスで、おぼっちゃまがお待ちです」
「え?」
「ああ、おぼっちゃま、って言うのはニックネームのようなものなんです……翔さんがお待ちです」
「地元に戻っておられるとばかり……」
「ええ、一度、帰られて、今朝、こちらに……。今度はあなたと一緒に播舞へ戻っていただくことになりますが、その前に、どうしてもこちらで処理して置かなければならない問題がございまして……」
「処理とは?」
「おぼっちゃまの女性関係などなど……」
「ええと……?」
「後始末といいますか……」
「はあ……?」
「のちのち……マスコミに抜かれたとき、彼女たちとはあなた……真吾さんがおつきあいしていたことにしてほしいんです」
「ええっ?」
つい先ほどまでの艶っぽいなやめかしい感覚とは打って変わり、雷に打たれたように真吾はおののいた。しかも、抜かれた……という語感そのものが、性的なイマージュを引き戻す引き金になったようで、真吾の芯奥は揺れ続けた……。
ところが、実際に足を踏み入れると、感覚的視覚的にはまったくといっていいほど騒がしくはない。東京メトロ丸ノ内線国会議事堂前駅で降りた真吾は、そのまま衆議院第一議員会館へ向かった。
……中学生の頃、二度、父に連れられて田原崎本人に会いに行ったことがある。定例イベントともいえる陳情のためである。
その当時とは周辺の様子が変わっているように真吾は感じている。喧騒感がなくなり、むしろキレイに整備された人工的なにおいがした。オリンピックなど海外からの要人賓客の視覚に訴求させたい意図があったのか、それは真吾にはわからない。
議員会館の前まできたとき、携帯が鳴った。
番号登録したばかりの『コジマ秘書』の名をみて、急いで耳にあてると、
「いま、どちらでしょうか」
と、焦り気味の声が響いてきた。
「先程から会館前でお待ちしているのですけれど……」
「え? ぼくも、今、前、なんですけど……」
「あら……でも、それらしいお姿は……」
すこぶる丁寧な受け答えである。
小島なのか、児島なのか、小嶋……なのか、字はわからないが、このとき、真吾はなぜか〈児〉字のほうだとおもった。そんな気にさせるほど、彼女の発する声は幼い、まだ熟しきれていない蕾の内に潜っている蜜の素のような響きを、真吾は勝手に妄想していた。
「あっ」
と、突然トーンを上げたのは、彼女のほうである。
「……ごめんなさぁい……参議院のほうなんですぅ……お伝えするのをうっかり失念しておりました。参議院議員会館……そこからですと、隣の隣の……です」
「あ、すぐ行きます」
電話を切って、真吾は早走りに参議院議員会館へ向かった。
しばらくすると、ベージュカラーのビシネススーツの女性が息せき切りながら駆けてきて、
「ひゃあ」
と、大きな吐息を洩らした。
それはあたかも営みの絶頂へと誘う直前の高鳴りにも似て、一瞬、真吾はとまどい、その動揺をごまかすために慌てて目のやり場を捜した。
「……山本真吾さんですね……ごめんなさい、本当に、こちらのレラミスでした」
レラミスの意味はわからないが、おそらく連絡ミスのことを言っているのだろうと真吾は、
「いえ、こっちの確認ミスですから」
と、ぼそりとつぶやいた。
まだ肩で息をしている相手の微かな躰の揺れが、真吾の脳裡には元カレの喘ぎ声と重ね合わさってしまい、気づかないうちに生唾を喉奥へ呑み込んでいた。
……そんな真吾の動揺を、どうやら彼女は早合点したようで、ジーパンにTシャツ、紺のブレザーというラフな真吾に向かって、
「大丈夫ですよ、ネクタイなしでも。そのままですと、議事堂には入れませんけど……」
と、微笑みながら名刺を差し出した。
参議院議員 藤堂紗耶香
私設秘書 児島 綾
「参議院……あのう、田原崎先生の事務所の方ではなかったのですか?」
驚いて真吾はたずねた。彼女の姓が〈児〉字で当たっていたことには、まだ気づかないでいる。
「……藤堂は、田原崎先生の奥様の従姉妹なんです。南関東ブロックの比例区なので、ほとんど馴染みがないかもしれませんが……藤堂のオフィスで、おぼっちゃまがお待ちです」
「え?」
「ああ、おぼっちゃま、って言うのはニックネームのようなものなんです……翔さんがお待ちです」
「地元に戻っておられるとばかり……」
「ええ、一度、帰られて、今朝、こちらに……。今度はあなたと一緒に播舞へ戻っていただくことになりますが、その前に、どうしてもこちらで処理して置かなければならない問題がございまして……」
「処理とは?」
「おぼっちゃまの女性関係などなど……」
「ええと……?」
「後始末といいますか……」
「はあ……?」
「のちのち……マスコミに抜かれたとき、彼女たちとはあなた……真吾さんがおつきあいしていたことにしてほしいんです」
「ええっ?」
つい先ほどまでの艶っぽいなやめかしい感覚とは打って変わり、雷に打たれたように真吾はおののいた。しかも、抜かれた……という語感そのものが、性的なイマージュを引き戻す引き金になったようで、真吾の芯奥は揺れ続けた……。
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