上 下
2 / 6
第一章 キックオフ

永田町

しおりを挟む
 永田町ながたちょう……は、日本の政治の象徴、政治家群像たちの代名詞である。『永田町界隈が騒がしい……』といえば、政変や内閣改造、人事改編、疑惑噴出……など、日々めまぐるしく変わりゆく政界の動向や個々の政治家の進退問題までを雑多に総括できる便利なフレーズでもある。
 ところが、実際に足を踏み入れると、感覚的視覚的にはまったくといっていいほど騒がしくはない。東京メトロ丸ノ内線国会議事堂前駅で降りた真吾は、そのまま衆議院第一議員会館へ向かった。
 ……中学生の頃、二度、父に連れられて田原崎本人に会いに行ったことがある。定例イベントともいえる陳情のためである。
 その当時とは周辺の様子が変わっているように真吾は感じている。喧騒感がなくなり、むしろキレイに整備された人工的なにおいがした。オリンピックなど海外からの要人賓客の視覚に訴求させたい意図があったのか、それは真吾にはわからない。
 議員会館の前まできたとき、携帯が鳴った。
 番号登録したばかりの『コジマ秘書』の名をみて、急いで耳にあてると、
「いま、どちらでしょうか」
と、焦り気味の声が響いてきた。

「先程から会館前でお待ちしているのですけれど……」
「え? ぼくも、今、前、なんですけど……」
「あら……でも、それらしいお姿は……」

 すこぶる丁寧な受け答えである。
 小島なのか、児島なのか、小嶋……なのか、字はわからないが、このとき、真吾はなぜか〈児〉字のほうだとおもった。そんな気にさせるほど、彼女の発する声は幼い、まだ熟しきれていないつぼみなかもぐっているみつもとのような響きを、真吾は勝手に妄想イマージュしていた。

「あっ」
と、突然トーンを上げたのは、彼女のほうである。
「……ごめんなさぁい……参議院のほうなんですぅ……お伝えするのをうっかり失念しておりました。参議院議員会館……そこからですと、隣の隣の……です」
「あ、すぐ行きます」

 電話を切って、真吾は早走りに参議院議員会館へ向かった。
 しばらくすると、ベージュカラーのビシネススーツの女性が息せき切りながら駆けてきて、
「ひゃあ」
と、大きな吐息を洩らした。
 それはあたかも営みの絶頂アクメへといざなう直前の高鳴りにも似て、一瞬、真吾はとまどい、その動揺をごまかすために慌てて目のやり場を捜した。

「……山本真吾さんですね……ごめんなさい、本当に、こちらのレラミスでした」

 レラミスの意味はわからないが、おそらく連絡ミスのことを言っているのだろうと真吾は、
「いえ、こっちの確認ミスですから」
と、ぼそりとつぶやいた。
 まだ肩で息をしている相手のかすかな躰の揺れが、真吾の脳裡には元カレのあえぎ声と重ね合わさってしまい、気づかないうちに生唾を喉奥へ呑み込んでいた。
 ……そんな真吾の動揺を、どうやら彼女は早合点したようで、ジーパンにTシャツ、紺のブレザーというラフな真吾に向かって、
「大丈夫ですよ、ネクタイなしでも。そのままですと、議事堂には入れませんけど……」
と、微笑みながら名刺を差し出した。

  参議院議員 藤堂紗耶香 
    私設秘書  児島  綾

「参議院……あのう、田原崎先生の事務所の方ではなかったのですか?」  

 驚いて真吾はたずねた。彼女の姓が〈児〉字で当たっていたことには、まだ気づかないでいる。

「……藤堂は、田原崎先生の奥様の従姉妹なんです。南関東ブロックの比例区なので、ほとんど馴染みがないかもしれませんが……藤堂のオフィスで、がお待ちです」
「え?」
「ああ、おぼっちゃま、って言うのはニックネームのようなものなんです……しょうさんがお待ちです」
「地元に戻っておられるとばかり……」
「ええ、一度、帰られて、今朝、こちらに……。今度はあなたと一緒に播舞へ戻っていただくことになりますが、その前に、どうしても処理して置かなければならない問題がございまして……」
「処理とは?」
「おぼっちゃまの女性関係などなど……」
「ええと……?」
「後始末といいますか……」
「はあ……?」
「のちのち……マスコミにとき、彼女たちとはあなた……真吾さんがおつきあいしていたことにしてほしいんです」
「ええっ?」

 つい先ほどまでの艶っぽいなやめかしい感覚とは打って変わり、雷に打たれたように真吾はおののいた。しかも、……という語感そのものが、性的なイマージュを引き戻す引き金になったようで、真吾の芯奥しんおうは揺れ続けた……。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

オボロアカツキ。

ウキイヨ。
ミステリー
これまで数々の「夢」を叶えようとすれば、現実的問題に阻まれ、いつしか「夢」と言う言葉が嫌いなった洋平は、ある日を境に「夢」を叶えるチャンスを手に入れる。しかし1ヵ月と言う期間と叶える為のルールが存在する中、彼の「夢」を阻む存在や事態が彼に立ちはだかる。そしていつしかそれは、彼にとって人生史上とてつもない事件に巻き込まれていくのであった。

イコとちず

ふしきの
ミステリー
家族とはなにか愛とはなにか血縁関係も肉体関係もないです。たぶん今後もないな。 当時の一話が見当たりませんので載せていませんが何となくの感覚で読めます。

人形の家

あーたん
ミステリー
田舎に引っ越してきた ちょっとやんちゃな中学3年生の渚。 呪いがあると噂される人形の家があるその地域 様子のおかしい村人 恐怖に巻き込まれる渚のお話

よぶんなものばっかり殺人事件

原口源太郎
ミステリー
酒を飲んで酔えば酔うほど頭の回転が良くなるらしい友人の将太に、僕はある殺人事件の犯人探しを頼んだ。 その現場はよぶんなものばかりだった。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

甘い配達

犬山田朗
ミステリー
配達員の正紀が車に戻るとダッシュボード下に人がうずくまっていた。 正紀は犯罪にまきこまれ冤罪になる。 信用されない絶望から助かるすべは?

バイスクル

トマト
ミステリー
大掃除の途中突然タイムワープしてしまったユキ。トモの過去を変えるためできることを必死で考える

処理中です...