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第六話 神様お願い……
ちえの悩み
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ちえがテラモンに語ったのは……
……八右衛門が家に不在の深更、きまって初はちえの寝息を確かめてから、そっと戸外へ抜け出す。最初の頃は露ほども気づかなかったちえだったが、慣れてくると初のにおいや微かな身の動きを察して、寝たふりを決め込むこともままあった。
その夜。
ちえは密かに準備しておいた領巾を身体に巻きつけ、出て行った初の後を追った。
ほのかに匂うような月灯りのなかを、どうやら初は稲荷社の方角へ急いでいるようであった。
それならさほど遠くはないし道筋は慣れている。息を潜めて少女は幾分安堵しつつ、それでも静かにじわりじわりと追っていく。
やはり。
初は稲荷社の鳥居の前まで来ると立ち止まった。
草むらに潜れたちえは、
「ひゃあ」
と、声を立てそうになって、両の手で唇を押さえた。
なんと初は、鳥居の柱を腕で抱え込むと、そのままするするとのぼっていったのである……。
あたかも夜の静寂の中を徘徊する小動物のようにガサガサ、ひゅるると、いともたやすく頂に達すると、そのまま腰をかけて休止した。
すると、真逆の方角から、大木から鳥居へ絡みついた蔦を這ってくるものがあった。その人影は、紛うことなく、おヨネ婆であったろう。
鳥居の上のふたりは、なにやら、ぼそぼそとやりとりをし出したが、地に這いつくばるように身を縮めていたちえの耳には届かない……。
ただ、二言三言、はっきりと少女に聴き取れた人の名があった。
八右衛門。
鳥居の上のふたりは、どうやら父の八右衛門のことをヒソヒソと話しているらしかった。
犬の遠吠えが闇をつんざいた。
満月に近い明るい月が雲間に隠れて、一瞬、漆黒の闇があたりを覆った。
それが合図であったかのように、警戒を解いた鳥居の上の二人の声が大きくなった。
『……おまえにはできまいて。ひとたび、情が湧けば、ためらいが芽生えよう』
『……情などない。お役目大事……』
『ふん、孤児同然だったおまえを、一人前に仕込み、育てあげたのは、この婆ぞよ!まさか、八右衛門とつるんで、裏切るつもりかよぉ』
『そ、そのようなことはない』
『ん?断言できるのか?ここは稲荷社ぞ、神に誓って、八右衛門を手玉に取ると約するかえ?』
『………』
互いが互いの意図を挫こうと精一杯の駆け引きをしていたのであったろうか。ちえの耳には、はっきりと、おヨネ婆と初の声の区別がついた。
『……返事がないとみゆる……ふん、ならば、いっそ、八右衛門を始末してやろうかいの』
おヨネ婆の声であろう。
父が殺されると驚いたちえが、震えを抑えきれずに思わず声をあげそうになった。
その刹那、ぐらっと鳥居が揺れたようにちえには感じられた……。
○
その夜のことを包み隠さずちえがテラモンに語り終えたとき、なぜか塞ぎがちだったちえの気持ちが晴れてきた。
テラモンが口を挟まず最後まで聞いてくれたからだ。
そして、ただ一言、テラモンが囁いたことばが、いつまでもちえの耳朶の奥底にこびりつくように残った。
「ふうむ。よいか、しばらくは、このこと、誰にも言ってはならぬぞ。の、この爺めがの、なんとか、お初の秘密を探ってやろうほどに、の。してやる。……だから、安心して、ちえ坊は、何事もなかったようにふるまうのじゃよ、の……」
……八右衛門が家に不在の深更、きまって初はちえの寝息を確かめてから、そっと戸外へ抜け出す。最初の頃は露ほども気づかなかったちえだったが、慣れてくると初のにおいや微かな身の動きを察して、寝たふりを決め込むこともままあった。
その夜。
ちえは密かに準備しておいた領巾を身体に巻きつけ、出て行った初の後を追った。
ほのかに匂うような月灯りのなかを、どうやら初は稲荷社の方角へ急いでいるようであった。
それならさほど遠くはないし道筋は慣れている。息を潜めて少女は幾分安堵しつつ、それでも静かにじわりじわりと追っていく。
やはり。
初は稲荷社の鳥居の前まで来ると立ち止まった。
草むらに潜れたちえは、
「ひゃあ」
と、声を立てそうになって、両の手で唇を押さえた。
なんと初は、鳥居の柱を腕で抱え込むと、そのままするするとのぼっていったのである……。
あたかも夜の静寂の中を徘徊する小動物のようにガサガサ、ひゅるると、いともたやすく頂に達すると、そのまま腰をかけて休止した。
すると、真逆の方角から、大木から鳥居へ絡みついた蔦を這ってくるものがあった。その人影は、紛うことなく、おヨネ婆であったろう。
鳥居の上のふたりは、なにやら、ぼそぼそとやりとりをし出したが、地に這いつくばるように身を縮めていたちえの耳には届かない……。
ただ、二言三言、はっきりと少女に聴き取れた人の名があった。
八右衛門。
鳥居の上のふたりは、どうやら父の八右衛門のことをヒソヒソと話しているらしかった。
犬の遠吠えが闇をつんざいた。
満月に近い明るい月が雲間に隠れて、一瞬、漆黒の闇があたりを覆った。
それが合図であったかのように、警戒を解いた鳥居の上の二人の声が大きくなった。
『……おまえにはできまいて。ひとたび、情が湧けば、ためらいが芽生えよう』
『……情などない。お役目大事……』
『ふん、孤児同然だったおまえを、一人前に仕込み、育てあげたのは、この婆ぞよ!まさか、八右衛門とつるんで、裏切るつもりかよぉ』
『そ、そのようなことはない』
『ん?断言できるのか?ここは稲荷社ぞ、神に誓って、八右衛門を手玉に取ると約するかえ?』
『………』
互いが互いの意図を挫こうと精一杯の駆け引きをしていたのであったろうか。ちえの耳には、はっきりと、おヨネ婆と初の声の区別がついた。
『……返事がないとみゆる……ふん、ならば、いっそ、八右衛門を始末してやろうかいの』
おヨネ婆の声であろう。
父が殺されると驚いたちえが、震えを抑えきれずに思わず声をあげそうになった。
その刹那、ぐらっと鳥居が揺れたようにちえには感じられた……。
○
その夜のことを包み隠さずちえがテラモンに語り終えたとき、なぜか塞ぎがちだったちえの気持ちが晴れてきた。
テラモンが口を挟まず最後まで聞いてくれたからだ。
そして、ただ一言、テラモンが囁いたことばが、いつまでもちえの耳朶の奥底にこびりつくように残った。
「ふうむ。よいか、しばらくは、このこと、誰にも言ってはならぬぞ。の、この爺めがの、なんとか、お初の秘密を探ってやろうほどに、の。してやる。……だから、安心して、ちえ坊は、何事もなかったようにふるまうのじゃよ、の……」
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