上 下
34 / 61
第四話 感謝の対価

人物試し腕試し

しおりを挟む
 しかも。
 ・・・・世之介の住まいは“剣術長屋”である。藩財政の浮沈すらなければ、建造されたであろう剣術道場の師範として活躍していたのは、じつは他ならないまだ若き日の文右衛門であったかもしれないのだ。
 往時、まだ家老に昇進する前のしゅから、
『すでにご重臣方の了解は取り付けておるゆえ、初代剣術指南役として、大いに腕を奮ってもらいたい』
と、テラモンは伝えられていたのだが、その後の環境変化、すなわち藩財政の悪化などで、道場建設は頓挫した。そういう経緯いきさつがある。
 つまりは、その一点でも、テラモンと佐々木世之介との間にはどこかしら見えない糸で細く長くつながっているようにもテラモンにはおもわれてくるのだった。

(はてさて……縁というものは、ほんに不可思議なものじゃ)

 こうなれば、とことん世之介の剣技の芯というものを見極めてみたくなってきた。
 その日、谷崎屋敷には帰らずに、その足で谷崎本邸へ向かった。谷崎家老と直談判するためであった。
 テラモンの要望を聴いた谷崎は、
「なんと、佐々木由良之助との試合を……?」
と、目をしばたいた。テラモンの意図がつかめないのだ。
「種田どのはなんと申しておったのだ?」
 種田武雄の名を出した谷崎は、由良之助との試合は種田の奇略なのかとおもったようであった。
「いえ、まだ、御耳おんみみには入れてはございませぬ」
「では、爺の独断なのか?」
「さようでございます。それがしが勝てば、佐々木様に、なにゆえ、これまで感謝のことばを口にしないのか、その理由を包み隠さずに述べていただく……それが条件でございます。このことをしゅより、直々に佐々木様に命じていただきたいのでございます」

 ……珍しくテラモンは多弁になった。
 谷崎家老は谷崎で、まだテラモンの真意がつかめないでいた。それに一つ気掛かりなことがあった。老齢とはいえどテラモンの剣の腕前には絶対の信を置いている。けれど、最近、妙にテラモンの影が薄くなる……ときおり生気をくしてしまったふうに感ずることもあった。また、勝敗は時の運、ともいう。かりに佐々木由良之助が勝ちを手にした場合はどうなるのか……その一点をただした。
 すると、すんなり、テラモンは、
「新しくできる剣術道場の師範の座を、佐々木様に……」  
「な、なんと……? もともと、そのほうを師範に推挙する予定であったが、建造が止まり、二十年余も経ってしまった。けれど、佐々木のような変人を抜擢せずとも、家中かちゅうには、若手の剣遣いがいくらでもおろうが……」 
「いえ、かの佐々木世之介こそ、隠れた逸材いつざい、近頃では珍しい居合の達人……と見てとりました」 
「なに、あの変人が、か?」 
「しかり……」 

 テラモンは先刻の様子を一部始終、谷崎家老に告げた。
「おそらく、それがしと仕合いましても、よくて引き分け、と存じまする」  
「そ、それほどの腕前なのか、やつは?」
「しかり。それを確かめるためにも、切に試合を所望いたしたいのです」
「だがの、勝者のいない引き分けならば、仕合しおうたところで、佐々木の口から、感謝の弁を垂れない理由は聴き出せないと思うがの」
「そこはそれ、一度、仕合うと、それは個のすべてをさらけ出すことと同義。必ずや、佐々木様の胸のうちを吐き出させてご覧にいれますゆえ」

 なおもテラモンは引き下がらなかった。そのうちに谷崎家老自身が、ふたりの立ち合いをわが目で観戦したくなったようである。
 佐々木由良之助がそれほどの腕というならば、剣術道場の師範に抜擢させてもいい。けれど、それには確とした理由が必要であろう。

あいわかった、ならば、わしが審判をするぞ。それに試合はあくまで非公開だ……」
「ひゃあ、ありがたきしあわせ……」

 礼を述べたテラモンはひさかたぶりに熱いものがこみあげてきた。

(さても、これはき立ち合いになろうぞ)

 テラモンは老剣客としての矜持きょうじというものが、おのれからまだすべてが失せていないことを知って、ふふふとほくそ笑んだ。それから嬉嬉として試合の準備に取りかかった……。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

処理中です...