上 下
28 / 61
第三話 殺らずの雨

点 睛

しおりを挟む
 おそらくのもとであったならば、寝着の裾からはみ出たの白い向こう脛や胸のふくらみがあらわになっていたことに誰もが気づいたことであったろう。いや、それだけでなく、縮れぎみの恥毛がしげ_っているさまを目の当たりにしたことであったろう……。
 おのれに放たれたの小筆を、短刀で払いのけた婆はた。
 いままさにが宙で回転しつつ、次から次へ小筆を婆と少女に向けて投げた。たとえ年端がいかない相手であろうと、いのちのやり取りをするときにはなにも斟酌しんしゃくする必要はない。
 そのことを、ふさ恵はテラモンから釘を刺されていた。往々にして情けがあだになることがある。
 けれども。
 このとき、ふさ恵は、視た。器用にも少女が投げた小筆手裏剣を難なくかわすのを。

「や!」
「あ!」

 誰が発した声であったろうか。
 婆が叫んだ。
「ま、待て! おまえらを殺す気などないことは最初からわかっておろうが……」

 婆はさすがに剛腹ごうふくである。
 負けを認めることなく、喋り続けることで死地を脱しようとしている。
 驚いたことに、婆の前に佇む楓という名の少女はみじろぐことなく、一部始終をおのが目と耳に納めようとしていた。あと数年を経れば、婆以上の強敵になるにちがいなかった。

 そうと判っていても、ふさ恵はこの老婆、いやそもそも婆に扮している何者か……と闘う気はとうに失せていた。実は、婆らが御城の書庫から奪ったものは、すでにすべて回収していたからである。
 ふさ恵は一人ではなかったのだ。通称、御筆組おふでぐみと呼ばれる、藩公直属組織の忍びたちが、姿を隠し、怪しいと睨んでいた行商人一行を見張り、その持ち物を探ったからだ。
 山本正二郎も、千葉の腹に刺さった短槍を抜いて、ふぅっと大きな息を吐いた。
 婆の肩と腕に突き刺さったままの小筆が、すでに婆の殺気を消し去ったことを見抜いたからである。
 婆は少女をかばいつつ後退あとずさっていく。
 すばやく追おうとした正二郎を止めたのは、ふさ恵であった。
「逃して、よろしいのか」
 正二郎がいった。
 するとはこっくりとうなづいた。
 乱れに乱れた寝着の裾を直しながら、
「過ぎたるはなお及ばざるがごとし……」
と、つぶやいた。
「な、なんと……?」
「……そのように、テラ様から言い含められてございますゆえ」
「おおっ、すでにテラさんと合意というなれば、それがしは何も異議はござらぬ」
「ご助成、ありがとうございました」

 ふさ恵が丁寧に頭を下げた。
 すでに奪われた文書を回収した時点で、事は終わっていたのである。しかも、藩に潜入したすべての隠密を成敗したとあらば、むしろ相手に一層の警戒心と復讐心を呼び起こしてしまうであろう。あえて皆殺しにせずに、助命してやることで、向後の展開にも一筋の光を見い出すこともできよう。そのことも合わせて、テラモンから告げられていたは、そのことばに素直に従ったにすぎない。

「や……!」

 このとき、正二郎は、のがれる算段を得た婆が楓の肩に手を置くと、そのまま部屋から走り去ったのをみた。
「あ!」
 正二郎は、さらに視た、視てしまった。ぽろりとはみ出たふさ恵の乳房を。慌てて視線をそらせ、咳払いでごまかした。

「どうか、今宵のことはお互いご内密に……」

 言ったのは、再びふさ恵であった。こくりと頷いた正二郎の視線が妙にうわついているのに気づいて、
「あ」
と、ふさ恵が声をあげた。
 くるりと背を向け寝着の乱れをただそうとするの肩が微かに震えていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

虹ノ像

おくむらなをし
歴史・時代
明治中期、商家の娘トモと、大火で住処を失ったハルは出逢う。 おっちょこちょいなハルと、どこか冷めているトモは、次第に心を通わせていく。 ふたりの大切なひとときのお話。 ◇この物語はフィクションです。全21話、完結済み。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

性転換マッサージ2

廣瀬純一
ファンタジー
性転換マッサージに通う夫婦の話

処理中です...