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第三話 殺らずの雨
点 睛
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おそらく陽のもとであったならば、寝着の裾からはみ出たふさ恵の白い向こう脛や胸のふくらみがあらわになっていたことに誰もが気づいたことであったろう。いや、それだけでなく、縮れぎみの恥毛が鬱_っているさまを目の当たりにしたことであったろう……。
おのれに放たれたふさ恵の小筆を、短刀で払いのけた婆は視た。
いままさにふさ恵が宙で回転しつつ、次から次へ小筆を婆と少女に向けて投げた。たとえ年端がいかない相手であろうと、いのちのやり取りをするときにはなにも斟酌する必要はない。
そのことを、ふさ恵はテラモンから釘を刺されていた。往々にして情けがあだになることがある。
けれども。
このとき、ふさ恵は、視た。器用にも少女が投げた小筆手裏剣を難なくかわすのを。
「や!」
「あ!」
誰が発した声であったろうか。
婆が叫んだ。
「ま、待て! おまえらを殺す気などないことは最初からわかっておろうが……」
婆はさすがに剛腹である。
負けを認めることなく、喋り続けることで死地を脱しようとしている。
驚いたことに、婆の前に佇む楓という名の少女はみじろぐことなく、一部始終をおのが目と耳に納めようとしていた。あと数年を経れば、婆以上の強敵になるにちがいなかった。
そうと判っていても、ふさ恵はこの老婆、いやそもそも婆に扮している何者か……と闘う気はとうに失せていた。実は、婆らが御城の書庫から奪ったものは、すでにすべて回収していたからである。
ふさ恵は一人ではなかったのだ。通称、御筆組と呼ばれる、藩公直属組織の忍びたちが、姿を隠し、怪しいと睨んでいた行商人一行を見張り、その持ち物を探ったからだ。
山本正二郎も、千葉の腹に刺さった短槍を抜いて、ふぅっと大きな息を吐いた。
婆の肩と腕に突き刺さったままの小筆が、すでに婆の殺気を消し去ったことを見抜いたからである。
婆は少女をかばいつつ後退っていく。
すばやく追おうとした正二郎を止めたのは、ふさ恵であった。
「逃して、よろしいのか」
正二郎がいった。
するとふさ恵はこっくりとうなづいた。
乱れに乱れた寝着の裾を直しながら、
「過ぎたるは猶及ばざるがごとし……」
と、つぶやいた。
「な、なんと……?」
「……そのように、テラ様から言い含められてございますゆえ」
「おおっ、すでにテラさんと合意というなれば、それがしは何も異議はござらぬ」
「ご助成、ありがとうございました」
ふさ恵が丁寧に頭を下げた。
すでに奪われた文書を回収した時点で、事は終わっていたのである。しかも、藩に潜入したすべての隠密を成敗したとあらば、むしろ相手に一層の警戒心と復讐心を呼び起こしてしまうであろう。あえて皆殺しにせずに、助命してやることで、向後の展開にも一筋の光を見い出すこともできよう。そのことも合わせて、テラモンから告げられていたふさ恵は、そのことばに素直に従ったにすぎない。
「や……!」
このとき、正二郎は、遁れる算段を得た婆が楓の肩に手を置くと、そのまま部屋から走り去ったのをみた。
「あ!」
正二郎は、さらに視た、視てしまった。ぽろりとはみ出たふさ恵の乳房を。慌てて視線を逸せ、咳払いでごまかした。
「どうか、今宵のことはお互いご内密に……」
言ったのは、再びふさ恵であった。こくりと頷いた正二郎の視線が妙にうわついているのに気づいて、
「あ」
と、ふさ恵が声をあげた。
くるりと背を向け寝着の乱れをただそうとするふさ恵の肩が微かに震えていた。
おのれに放たれたふさ恵の小筆を、短刀で払いのけた婆は視た。
いままさにふさ恵が宙で回転しつつ、次から次へ小筆を婆と少女に向けて投げた。たとえ年端がいかない相手であろうと、いのちのやり取りをするときにはなにも斟酌する必要はない。
そのことを、ふさ恵はテラモンから釘を刺されていた。往々にして情けがあだになることがある。
けれども。
このとき、ふさ恵は、視た。器用にも少女が投げた小筆手裏剣を難なくかわすのを。
「や!」
「あ!」
誰が発した声であったろうか。
婆が叫んだ。
「ま、待て! おまえらを殺す気などないことは最初からわかっておろうが……」
婆はさすがに剛腹である。
負けを認めることなく、喋り続けることで死地を脱しようとしている。
驚いたことに、婆の前に佇む楓という名の少女はみじろぐことなく、一部始終をおのが目と耳に納めようとしていた。あと数年を経れば、婆以上の強敵になるにちがいなかった。
そうと判っていても、ふさ恵はこの老婆、いやそもそも婆に扮している何者か……と闘う気はとうに失せていた。実は、婆らが御城の書庫から奪ったものは、すでにすべて回収していたからである。
ふさ恵は一人ではなかったのだ。通称、御筆組と呼ばれる、藩公直属組織の忍びたちが、姿を隠し、怪しいと睨んでいた行商人一行を見張り、その持ち物を探ったからだ。
山本正二郎も、千葉の腹に刺さった短槍を抜いて、ふぅっと大きな息を吐いた。
婆の肩と腕に突き刺さったままの小筆が、すでに婆の殺気を消し去ったことを見抜いたからである。
婆は少女をかばいつつ後退っていく。
すばやく追おうとした正二郎を止めたのは、ふさ恵であった。
「逃して、よろしいのか」
正二郎がいった。
するとふさ恵はこっくりとうなづいた。
乱れに乱れた寝着の裾を直しながら、
「過ぎたるは猶及ばざるがごとし……」
と、つぶやいた。
「な、なんと……?」
「……そのように、テラ様から言い含められてございますゆえ」
「おおっ、すでにテラさんと合意というなれば、それがしは何も異議はござらぬ」
「ご助成、ありがとうございました」
ふさ恵が丁寧に頭を下げた。
すでに奪われた文書を回収した時点で、事は終わっていたのである。しかも、藩に潜入したすべての隠密を成敗したとあらば、むしろ相手に一層の警戒心と復讐心を呼び起こしてしまうであろう。あえて皆殺しにせずに、助命してやることで、向後の展開にも一筋の光を見い出すこともできよう。そのことも合わせて、テラモンから告げられていたふさ恵は、そのことばに素直に従ったにすぎない。
「や……!」
このとき、正二郎は、遁れる算段を得た婆が楓の肩に手を置くと、そのまま部屋から走り去ったのをみた。
「あ!」
正二郎は、さらに視た、視てしまった。ぽろりとはみ出たふさ恵の乳房を。慌てて視線を逸せ、咳払いでごまかした。
「どうか、今宵のことはお互いご内密に……」
言ったのは、再びふさ恵であった。こくりと頷いた正二郎の視線が妙にうわついているのに気づいて、
「あ」
と、ふさ恵が声をあげた。
くるりと背を向け寝着の乱れをただそうとするふさ恵の肩が微かに震えていた。
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