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第三話 殺らずの雨
複雑すぎる関係
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……福島兵庫はテラモンのあとを、
「老師、老師……」
と、へりくだりながらついてくるのだ。
「やめてくだされぃ」
と、テラモンが叫ぼうが懇願しようが、一層、福島はにこにこ顔になって、従者のごとくあれこれと世話を焼き出す始末であった。
しかも、小野寺次郎右衛門のことを、
「若君」
とか、
「若様」
と呼ぶのである。
これにはテラモンもほとほと手を焼かされた。こう煩くつきまとわれれば、ふさ恵や山本正二郎、弥七との事前の打ち合わせすらできなくなる。
さらに、当初、仇討ち助成に乗り気であった千葉、山形までもが、かつての剣豪と聴いてテラモンを避けるようになってしまった。
福島が、
「師匠、老師……」
と、テラモンに呼びかけるたびに、千葉と山形は不審の目をテラモンに注ぎ始めたのだ。
「せっかくの策も、これでは、進みませんな」
テラモンに声を投げかけたのは、源吾である。福島兵庫が厠に立ったその隙をみて、様子を見にやってきたのだ。
「ひゃ、まっこと、爺めの愚策でござった」
率直にテラモンは失敗を認めた。
当初は、偽の仇討ち騒ぎに乗じて、武士に扮装している隠密をあぶり出し、一挙に成敗する作戦であった。これは陽動作戦であり、裏では、ふさ恵と山本正二郎が、行商人の父娘のほうに対処する戦術だったのである。
「いや、まだ、諦めるのは早計でござるぞ」
意外なことを源吾が言い出した。
「……わしの息のかかった船頭たちに、厠の戸を封じさせた。当分、あの若侍は出てはこれまい」
「おおっ、これは……ありがたや。光明は消えてなかったのか、ありがたい」
「今のうちに、行商人のほうをなんとかしておけば、あとはなんとなるだろう。だが、福島兵庫という奴、只者ではないぞ。あやつが、爺さまが追っている隠密の隠し玉ということもあり得る……」
「ほほう、なるほど、そうかもしれませぬ……ひゃ、これでなんとか目処が立ちました。これ、このとおりでござる」
いきなりテラモンは、両の手を合わせ、源吾に謝意を伝えた。
「おいおい、テラモンの爺さまよ、まだ、それは早すぎる……」
源吾の口から“テラモン”の渾名が洩れ出たということは、おそらく、かれは寺田文右衛門の過去をじっくりと調べたのであろう。なかば治外法権のこの一帯に集まり来たるさまざまな階層の者たちの中に、テラモンのその名を、その剣客としてのかつての高名を知っていた者も少なからずいたはずである。
「つまりは……」と、源吾が続けた。
「……あの福島も、おそらくは、テラさんの過去を知っていた、ということだな。果たして、敵か、味方か……」
いつの間にか、源吾も“テラさん”と気安く呼んでいる。
「さようですなあ」
「それにしても、小野寺に対し、テラさんともあろう者が酷い仕打ちをなさる」
「ほぅ、酷い、と……?」
「長年、嘘いつわりの仇討ちの旅で、自嘲と自責の念に苛まれてきた若者に、いま、再び、にせの仇討ちの役目を担わさせる……これを酷いと言わずして何といえばよろしいのかな」
源吾が言ったことは、的を射ている。けれど、テラモンはいささかも動じなかった。
「……酷いと感ずるか、最後の試練、超えなければならない壁ととらえるかは、本人次第……この爺はそうおもってござる」
「な、なんと……?」
「むしろ、偽りの仇討ちにも関わらず、討たれてやろうと言い放ったそなた様が発したそのことばのほうが、小野寺氏にとっては、酷かったかもしれませぬぞよ」
「な………」
「そなた様には、若者への餞だったのでありましょう。けれど、あの小野寺次郎右衛門を、まことに立ち直らせるためには、是非にも仇討ち本懐を遂げさせなければなりますまいて。もとより、そなた様を討つのではござらぬがの。ふっふふ」
「……………?」
「実はあと一つ、お願いいたしたきことがござる。女将とそなた様にしかできないことを……」
いきなりテラモンが本題を外したことで、源吾の思念も中断を余儀なくされた。
「わしと琴江に、一体、何をやらせたいのだ?」
源吾が問うと、テラモンはにこりといつもの好々爺の表情になって、つぶやいた。
「この雨を……降り続けさせてもらいたいのでござるよ……」
「老師、老師……」
と、へりくだりながらついてくるのだ。
「やめてくだされぃ」
と、テラモンが叫ぼうが懇願しようが、一層、福島はにこにこ顔になって、従者のごとくあれこれと世話を焼き出す始末であった。
しかも、小野寺次郎右衛門のことを、
「若君」
とか、
「若様」
と呼ぶのである。
これにはテラモンもほとほと手を焼かされた。こう煩くつきまとわれれば、ふさ恵や山本正二郎、弥七との事前の打ち合わせすらできなくなる。
さらに、当初、仇討ち助成に乗り気であった千葉、山形までもが、かつての剣豪と聴いてテラモンを避けるようになってしまった。
福島が、
「師匠、老師……」
と、テラモンに呼びかけるたびに、千葉と山形は不審の目をテラモンに注ぎ始めたのだ。
「せっかくの策も、これでは、進みませんな」
テラモンに声を投げかけたのは、源吾である。福島兵庫が厠に立ったその隙をみて、様子を見にやってきたのだ。
「ひゃ、まっこと、爺めの愚策でござった」
率直にテラモンは失敗を認めた。
当初は、偽の仇討ち騒ぎに乗じて、武士に扮装している隠密をあぶり出し、一挙に成敗する作戦であった。これは陽動作戦であり、裏では、ふさ恵と山本正二郎が、行商人の父娘のほうに対処する戦術だったのである。
「いや、まだ、諦めるのは早計でござるぞ」
意外なことを源吾が言い出した。
「……わしの息のかかった船頭たちに、厠の戸を封じさせた。当分、あの若侍は出てはこれまい」
「おおっ、これは……ありがたや。光明は消えてなかったのか、ありがたい」
「今のうちに、行商人のほうをなんとかしておけば、あとはなんとなるだろう。だが、福島兵庫という奴、只者ではないぞ。あやつが、爺さまが追っている隠密の隠し玉ということもあり得る……」
「ほほう、なるほど、そうかもしれませぬ……ひゃ、これでなんとか目処が立ちました。これ、このとおりでござる」
いきなりテラモンは、両の手を合わせ、源吾に謝意を伝えた。
「おいおい、テラモンの爺さまよ、まだ、それは早すぎる……」
源吾の口から“テラモン”の渾名が洩れ出たということは、おそらく、かれは寺田文右衛門の過去をじっくりと調べたのであろう。なかば治外法権のこの一帯に集まり来たるさまざまな階層の者たちの中に、テラモンのその名を、その剣客としてのかつての高名を知っていた者も少なからずいたはずである。
「つまりは……」と、源吾が続けた。
「……あの福島も、おそらくは、テラさんの過去を知っていた、ということだな。果たして、敵か、味方か……」
いつの間にか、源吾も“テラさん”と気安く呼んでいる。
「さようですなあ」
「それにしても、小野寺に対し、テラさんともあろう者が酷い仕打ちをなさる」
「ほぅ、酷い、と……?」
「長年、嘘いつわりの仇討ちの旅で、自嘲と自責の念に苛まれてきた若者に、いま、再び、にせの仇討ちの役目を担わさせる……これを酷いと言わずして何といえばよろしいのかな」
源吾が言ったことは、的を射ている。けれど、テラモンはいささかも動じなかった。
「……酷いと感ずるか、最後の試練、超えなければならない壁ととらえるかは、本人次第……この爺はそうおもってござる」
「な、なんと……?」
「むしろ、偽りの仇討ちにも関わらず、討たれてやろうと言い放ったそなた様が発したそのことばのほうが、小野寺氏にとっては、酷かったかもしれませぬぞよ」
「な………」
「そなた様には、若者への餞だったのでありましょう。けれど、あの小野寺次郎右衛門を、まことに立ち直らせるためには、是非にも仇討ち本懐を遂げさせなければなりますまいて。もとより、そなた様を討つのではござらぬがの。ふっふふ」
「……………?」
「実はあと一つ、お願いいたしたきことがござる。女将とそなた様にしかできないことを……」
いきなりテラモンが本題を外したことで、源吾の思念も中断を余儀なくされた。
「わしと琴江に、一体、何をやらせたいのだ?」
源吾が問うと、テラモンはにこりといつもの好々爺の表情になって、つぶやいた。
「この雨を……降り続けさせてもらいたいのでござるよ……」
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