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第一話 家宝は寝て持て!
テラモンの機転
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平野屋の屋敷の広大さというものは、テラモンの想像をはるかに超えていた。東西南北の小道を屋敷内に呑み込んでいるように見える。
(なるほど、このあたりには没落商家が多かった……)
テラモンはそんなことを考えた。
おそらくそんな屋敷や蔵を買い取り、それを二階部分で繋ぎ、あるいは建て増しを続けてきたのであったろう。その壮大さというものは、実は焦りの裏返しであることを直感としてテラモンは見抜いた。
(やはり……当地では新参者の平野屋には、なにか隠したいことが山ほどあるらしい)
テラモンの感得力というものは、人生経験の厚みと剣客としての察知力に裏打ちされたもの、と言い換えてさしつかえあるまい。
西端には侍所と名付けられた長屋があって、雇われた浪人どもはそこに数人ごとに部屋を割り当てられていた。
二人部屋、四人部屋……と、どうやら剣の腕前で差をもうけていたのか、階層別に設えも異なっていて、新参者は最も戸口に近い雑魚寝部屋を与えられるらしかった。
「おい、爺さまよ、待っておれと申し聞かせておったのに、なぜうろうろとさまようておるのか? 厠の場所は教えてやったはずじゃぞ」
浪人の人事管理を任されているらしい山口某が、呆れ顔でテラモンを眺めている。
「いやなに、知り合いがご当家に雇われたようでしてな、ま、なにがしかのおこぼれにでもあずかろうとおもいましての」
なんら悪びれることもなく、卑屈にもならずにテラモンは答えた。この面接に通らなければ、権兵衛に会うこともまかりならぬ。ここは、なんとしてと採用されなければ前には進めないのだ。
「爺さまは、何流を遣るのだ?」
意地悪く山口が訊いてくる。返答に困るさまをみたいのだろう。
「奥山一刀流でござる」
きっぱりハッキリとテラモンは答えた。
「ん……? 奥山? はて、存ぜぬの」
「はい、新陰の流れを汲む田舎流でございますよ」
「なにをぉ? 新陰流とな! 爺さまよ、嘘を抜かすでないわ」
「嘘ではござらぬ……なんなら、長山権兵衛どのにお確かめあれば、そのこてはわかるでござろう」
「なに、長山とな。……数日前に雇ったあの無口な男か?」
「おそらく、当人でございましょう」
「爺さまよ、おまえは、長山の何なのだ」
「拙者は……長山権兵衛の剣の師でござる」
何喰わぬ顔でテラモンは言ってのけた。嘘八百にしても、そうでもしなければ堂々と権兵衛に会うことはできないだろう。咄嗟にテラモンは判断したのだ。
臨機応変こそがかれの取柄である……。
(なるほど、このあたりには没落商家が多かった……)
テラモンはそんなことを考えた。
おそらくそんな屋敷や蔵を買い取り、それを二階部分で繋ぎ、あるいは建て増しを続けてきたのであったろう。その壮大さというものは、実は焦りの裏返しであることを直感としてテラモンは見抜いた。
(やはり……当地では新参者の平野屋には、なにか隠したいことが山ほどあるらしい)
テラモンの感得力というものは、人生経験の厚みと剣客としての察知力に裏打ちされたもの、と言い換えてさしつかえあるまい。
西端には侍所と名付けられた長屋があって、雇われた浪人どもはそこに数人ごとに部屋を割り当てられていた。
二人部屋、四人部屋……と、どうやら剣の腕前で差をもうけていたのか、階層別に設えも異なっていて、新参者は最も戸口に近い雑魚寝部屋を与えられるらしかった。
「おい、爺さまよ、待っておれと申し聞かせておったのに、なぜうろうろとさまようておるのか? 厠の場所は教えてやったはずじゃぞ」
浪人の人事管理を任されているらしい山口某が、呆れ顔でテラモンを眺めている。
「いやなに、知り合いがご当家に雇われたようでしてな、ま、なにがしかのおこぼれにでもあずかろうとおもいましての」
なんら悪びれることもなく、卑屈にもならずにテラモンは答えた。この面接に通らなければ、権兵衛に会うこともまかりならぬ。ここは、なんとしてと採用されなければ前には進めないのだ。
「爺さまは、何流を遣るのだ?」
意地悪く山口が訊いてくる。返答に困るさまをみたいのだろう。
「奥山一刀流でござる」
きっぱりハッキリとテラモンは答えた。
「ん……? 奥山? はて、存ぜぬの」
「はい、新陰の流れを汲む田舎流でございますよ」
「なにをぉ? 新陰流とな! 爺さまよ、嘘を抜かすでないわ」
「嘘ではござらぬ……なんなら、長山権兵衛どのにお確かめあれば、そのこてはわかるでござろう」
「なに、長山とな。……数日前に雇ったあの無口な男か?」
「おそらく、当人でございましょう」
「爺さまよ、おまえは、長山の何なのだ」
「拙者は……長山権兵衛の剣の師でござる」
何喰わぬ顔でテラモンは言ってのけた。嘘八百にしても、そうでもしなければ堂々と権兵衛に会うことはできないだろう。咄嗟にテラモンは判断したのだ。
臨機応変こそがかれの取柄である……。
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