上 下
5 / 61
第一話 家宝は寝て持て!

二人の思惑

しおりを挟む
 長山権兵衛はテラモンの顔を覚えてはいなかった。通りで一度だけ会った人物、挨拶を交したといっても、それほど関心がない相手には記憶の抽斗ひきだしにしまうことはまずないであろう。
 だから、権兵衛はなにも言わない、言えない。
「なんだぁ、剣の師匠といったのは、やはり嘘だったのだな」
 浪人の面接を担当している山口が叫んだ。
 すると、テラモンはその大声にびくついたようにひょろひょろと前のめりに倒れそうになって、それを支えた権兵衛の耳元で、
「佐吉さんに頼まれた」
と、囁やいた。
「お……お、お師匠」
 権兵衛がぼそりと言った。“佐吉”の名が出た以上、話を合わせねばと、即断したようである。直観であったろう。
 しかも権兵衛は、もともとほとんど喋らない人物である。平野屋に雇われてのちも、それは変わらなかった。それが功を奏したのか、山口も、
「なんだ……長山さんの師匠というのなら、雇うにやぶさかではないが、給金は半額だぞ。なにぶん、年寄りだからな」
と、条件付きでしぶしぶ承諾した。
 テラモンは、長屋の最奥の部屋をあてがわれた。むろん、権兵衛と同室である。
 五人ほどは横に並んで寝られる広さだ。
 山口の説明では、昼間の用心棒ではなく、夜間、蔵のなかで仕事のほうだ。
「長山さんから、段取りを聴いて、夕刻までよく休んでおけ」
 山口は何度も念を押した。
 二人きりになると、テラモンは、
「ひゃあ、助かったわい」
と、苦笑した。
 けれども権兵衛は何も発しない。
 相手が“佐吉”の名を出した以上、用向きの何たるかは容易に推測がつく。佐吉の娘のたまがすべてを察して告げたのだろうと権兵衛にもわかる。けれど、それこそ余計なお世話というものだと、胸中では憤慨すらしていたのだ。
「……こんなじぃに、のこのこやって来られては迷惑至極……というところですかの」
 いきなりテラモンが言った。
「・・・・・・」
「そう警戒なさることはござらぬぞ。拙者は藩の者ではない、重臣の屋敷に仕える用人にすぎぬゆえ」
「・・・・・・」
「そなたがここで何を為さんとしても、拙者には関係なきこと。じゃが、ざっとしか聴いてはおらぬが、の仇討ちを為さんとなれば、そなた一人では、いささか歯が立たぬようじゃが、なにかいい手立てを思案したのかの」
「・・・・・・」
 
 一方的にテラモンは喋り続け、権兵衛はただじっと聴いている。

「ざっとみたところ、浪人衆のなかには相当に腕の立つ者もおるようだ。そなたがそれをしのげるとはおもえんのじゃよ」
「さ、よ、う、で、あ、り、ますか」

 やっと権兵衛が口を開いた。一語を絞り出すような間延びした、なにかをうたうような階調がテラモンには可笑しくてならなかった。

「さて、ひとつ教えてくださらぬか。家宝を寝てつ仕事とは、いかなることでござろうか、の」

 おもむろにテラモンがいた。
 すると、権兵衛は、
「わしが、そう仕向けたのだ」
と、言った。
「仕向けた? とは?」
「この地に流れ着いたのは、平野屋に一矢いっし報いんがため」
「ほ、そちらにも怨みがござったのか?」
「長年、浪々の身で、海沿いに鳥取までやってきたとき、親が病で倒れた。わしはまだもっと若かったときだが、なんの縁もゆかりもない我ら親子を、廻船問屋の主人が拾ってくださってな、長屋を与えられ、わしはそこで船荷を卸し、近隣へ運ぶ手伝いをしておった。おかげでいのちをつなぐことができた……」

 ……その恩ある商家が、借財をした平野屋に事実上乗っ取られてしまった、という。病死した権兵衛の両親の弔いを終えた矢先であった、そうである。

「……まことにあくどいやりようじゃ。その廻船問屋だけではない、他にも多くのたなが、同じ手口でやられたようだ。共同でやらないかと大きな商いを持ちかけ、そのための出資を出させ、商いを頓挫させる……まことに、許しがたい所業……」

 権兵衛はほとんど喋らない人物だと聴いていたテラモンは、筋道立てて滔々とうとうと喋るかれの豹変ひょうへんぶりに驚いていた。けれど、まだ“何を仕向けた”のか、それがわからない。

「さきほど、仕向けた……と申されたが?」
「さよう、わしは力仕事……荷を運んだり、かついだりするのには慣れておるが、おまえ様が見抜いたとおり、からきし剣はつかえぬ。そこで……」

 ……この地に来てから、平野屋の様子を探り、不定期に脅迫状を投げ込んだ、らしかった。お宝の書画、掛け軸だけでなく契約書のような文書、証文などを盗んでやると……。

「……すると、平野屋はそれらを抱えて寝るための浪人を雇うようになったのだ。いずれ、雇われて、証文などを燃やしてやろうと思っていたところ、平野屋の客人のなかに、極悪人がいるとお珠さんから聴かされ……」
「なるほど、ようやく合点がまいりましたぞ。ご自身の復讐事が先行していたおりに、お珠どのの一件があって……ということですな。顔にきずのある男……だと、お珠さんから聴きました。奴はまだ逗留しているのでござるな」
「ええ、ただ、近いうちに離れると……平野屋の本店は岡山にあり、そこへ……」
「ならば、急がねばなりますまいの」
「ご助力くださると申されるのか?」
「はいはい、そのつもりで、ましたので」

 テラモンは答えてから、
「ゴンさん……こうお呼びしてよろしいかの」
と、言った。
「ええ、なんとでも。寺田……どの?」
「いや、こちらも、テラモン……と二つ名があります」
「では、テラさんと呼ぶことに……」
「よろしいように。さて、これからの段取りですがの……」

 テラモンが話し出すと、権兵衛は身を乗り出してふんふんと何度もうなづいた。

               
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

忍者同心 服部文蔵

大澤伝兵衛
歴史・時代
 八代将軍徳川吉宗の時代、服部文蔵という武士がいた。  服部という名ではあるが有名な服部半蔵の血筋とは一切関係が無く、本人も忍者ではない。だが、とある事件での活躍で有名になり、江戸中から忍者と話題になり、評判を聞きつけた町奉行から同心として採用される事になる。  忍者同心の誕生である。  だが、忍者ではない文蔵が忍者と呼ばれる事を、伊賀、甲賀忍者の末裔たちが面白く思わず、事あるごとに文蔵に喧嘩を仕掛けて来る事に。  それに、江戸を騒がす数々の事件が起き、どうやら文蔵の過去と関りが……

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

幕府海軍戦艦大和

みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。 ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。 「大和に迎撃させよ!」と命令した。 戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

処理中です...