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「おい、おまえ、メグと付き合ってるのか?」
同じ写真部の一年先輩、拳がタカを呼び止めた。部室ではなく、下校時にいきなりストレートに質してくるのにはそれなりの理由があるのだろう。
写真部員はおおまかに二つのタイプに分かれる。群れずに我が道を行く専門職志望タイプ。それでも部に所属しているのは、機材などの優遇貸し出しとカメラメーカー主催のワークショップへの参加特典のためだ。
もう一つのタイプは、フォトグラファー志望というより、いわゆる機材オタクで、最新ボディやレンズを互いに自慢し合ったりすることに歓びを見い出すタイプだ。だから撮影も一人でやるよりは、仲間と一緒に和気あいあいとアットホームにやりたい派だ。
……ケンはどちらかといえば孤高のサムライタイプで、その意味ではいつも一人で行動するタカと似ている。ふたりは顔を合わせばあたりさわりのない会話ぐらいは交わすが、それだけの関係だった。むしろ、タカは天体観測クラブのメグと喋ることのほうが多いぐらいだった。
「付き合ってる? そ、そんなんじゃない……ないですよ」
振り向いて一言吐いたタカは、今朝の部室でのメグとのやりとりをケンは立ち聞きしていたのだろうと察した。とすれば、幼い頃に父から“レンタル夜空”をプレゼントされたことも耳に入っているはずだ。そちらのことを根掘り葉掘り糾されるほうがタカにはイヤだった。だから、このときもいつものようにあたりさわりのない返事でごまかそうとおもった。
「タメ口でいいよ。って、いつもそうだろ?」
「え? まあ……」
「そんなに緊張してたら、逆効果だぜ」
「…………」
「ま、付き合っていようといまいと、おれには興味ないんだ」
「そ、そうですか」
「だ、け、ど、メグには気をつけたほうがいいぜ。ストーカーまがいのことやってるみたいだしな」
「ストーカー?……って、ぼくを?」
大げさにタカは驚いてみせた。メグとは小中も同じで、いささか訳ありの仲だった。というより、タカと同じ高校に進学するために、わざわざ遠地を選んだふしもある。本人に確かめたわけではないにしても、要するにそういう間柄で、付き合う付き合わない以前の問題だった。
「ん、なんかね、おまえのあとを尾行したり、人を雇って監視してたり……」
「ええっ? 人を雇ってまで?」
「はっきりと確かめたわけじゃないけどな、街角でよくみかける。この前なんか、メグの奴、探偵事務所から出てきたぞ。ま、そういうわけさ、だから、付き合うのもいいけど、ほどほどにしておいたほうがいいぞ」
「はぁ、そうなんですか……せ、先輩は大学には行かないと聞きましたが、どうしてです?」
これ以上メグ個人のことを追求されたくはないと考えたタカは、いきなり話題を転じた。いつかたずねてみようとおもっていたことで、高3のケンだけはいまも受験勉強そっちのけで、気ままにやっているという噂で持ちきりだったからだ。高2のタカにしても、そろそろ自分の進路というものと真剣に向き合わなければならない時期にきていた。
(逃亡犯の親を持つぼくが大学なんて……)と、ずっとタカは悩んできたのだ。だからこそ、大学進学をあえて選ばないケンの本音を引き出したかった……。
「大学? ああ、おれにはそんなことより、大事なことがある……」
「ええと……? さしつかえなければ……」
「どうした? 今日はいやに謙虚だな」
「いえ、ぼくもそろそろこれからどうしたらいいのか考える年頃なんで……」
ちょっと茶化したふうにタカが答えると、意外にもケンが直球を投げ返してきた。
「やっぱり、父親のことが頭から離れないのか……?」
「えっ……? は、はい……」
「ま、あれほどマスコミに出てた人だから……って、まさか、おまえ、おやじさんが犯罪者だから普通に大学行っていいのかなんて、そんなことで悩んでいるわけじゃないだろな!」
意外にもケンの口調には侮りのにおいは含まれていない。タカはそのことに驚き、同時にたじろいだ。まさか、こういうタイプのひとがすぐ近くにいたなどとは信じらないのだ。
「親は親、子は子……それでいいじゃん。いつもひとの目を気にして、お利口さんにしてても、いざというとき、そいつらが、助けてくれるわけなんかないじゃんか」
ケンは続ける。けれど、まだ肝心な答えは引き出せていない。どうしてかれは大学に進学しないのか……。
「……あ、質問に答えてなかったな。そ、おれ、アメリカに行くんだ。師匠を見つけたんだ!」
「アメリカ……? 師匠……?」
タカは驚いた。一体、ケンは何を言い出すのか……。
「あ、あそこのちっちゃな公園のベンチで話をしないか。おれもまともにひとと話すのは久しぶりだからさ」
ケンが指差した方向には、やがて撤去されるミニ公園のベンチがあった。落日に近い陽が枝木を透して黒の色彩を投げかけていた。
(シャッターチャンスかも)
一瞬、そんなことをおもいつつ、タカはさっさと歩き出したケンのあとを追った……。
同じ写真部の一年先輩、拳がタカを呼び止めた。部室ではなく、下校時にいきなりストレートに質してくるのにはそれなりの理由があるのだろう。
写真部員はおおまかに二つのタイプに分かれる。群れずに我が道を行く専門職志望タイプ。それでも部に所属しているのは、機材などの優遇貸し出しとカメラメーカー主催のワークショップへの参加特典のためだ。
もう一つのタイプは、フォトグラファー志望というより、いわゆる機材オタクで、最新ボディやレンズを互いに自慢し合ったりすることに歓びを見い出すタイプだ。だから撮影も一人でやるよりは、仲間と一緒に和気あいあいとアットホームにやりたい派だ。
……ケンはどちらかといえば孤高のサムライタイプで、その意味ではいつも一人で行動するタカと似ている。ふたりは顔を合わせばあたりさわりのない会話ぐらいは交わすが、それだけの関係だった。むしろ、タカは天体観測クラブのメグと喋ることのほうが多いぐらいだった。
「付き合ってる? そ、そんなんじゃない……ないですよ」
振り向いて一言吐いたタカは、今朝の部室でのメグとのやりとりをケンは立ち聞きしていたのだろうと察した。とすれば、幼い頃に父から“レンタル夜空”をプレゼントされたことも耳に入っているはずだ。そちらのことを根掘り葉掘り糾されるほうがタカにはイヤだった。だから、このときもいつものようにあたりさわりのない返事でごまかそうとおもった。
「タメ口でいいよ。って、いつもそうだろ?」
「え? まあ……」
「そんなに緊張してたら、逆効果だぜ」
「…………」
「ま、付き合っていようといまいと、おれには興味ないんだ」
「そ、そうですか」
「だ、け、ど、メグには気をつけたほうがいいぜ。ストーカーまがいのことやってるみたいだしな」
「ストーカー?……って、ぼくを?」
大げさにタカは驚いてみせた。メグとは小中も同じで、いささか訳ありの仲だった。というより、タカと同じ高校に進学するために、わざわざ遠地を選んだふしもある。本人に確かめたわけではないにしても、要するにそういう間柄で、付き合う付き合わない以前の問題だった。
「ん、なんかね、おまえのあとを尾行したり、人を雇って監視してたり……」
「ええっ? 人を雇ってまで?」
「はっきりと確かめたわけじゃないけどな、街角でよくみかける。この前なんか、メグの奴、探偵事務所から出てきたぞ。ま、そういうわけさ、だから、付き合うのもいいけど、ほどほどにしておいたほうがいいぞ」
「はぁ、そうなんですか……せ、先輩は大学には行かないと聞きましたが、どうしてです?」
これ以上メグ個人のことを追求されたくはないと考えたタカは、いきなり話題を転じた。いつかたずねてみようとおもっていたことで、高3のケンだけはいまも受験勉強そっちのけで、気ままにやっているという噂で持ちきりだったからだ。高2のタカにしても、そろそろ自分の進路というものと真剣に向き合わなければならない時期にきていた。
(逃亡犯の親を持つぼくが大学なんて……)と、ずっとタカは悩んできたのだ。だからこそ、大学進学をあえて選ばないケンの本音を引き出したかった……。
「大学? ああ、おれにはそんなことより、大事なことがある……」
「ええと……? さしつかえなければ……」
「どうした? 今日はいやに謙虚だな」
「いえ、ぼくもそろそろこれからどうしたらいいのか考える年頃なんで……」
ちょっと茶化したふうにタカが答えると、意外にもケンが直球を投げ返してきた。
「やっぱり、父親のことが頭から離れないのか……?」
「えっ……? は、はい……」
「ま、あれほどマスコミに出てた人だから……って、まさか、おまえ、おやじさんが犯罪者だから普通に大学行っていいのかなんて、そんなことで悩んでいるわけじゃないだろな!」
意外にもケンの口調には侮りのにおいは含まれていない。タカはそのことに驚き、同時にたじろいだ。まさか、こういうタイプのひとがすぐ近くにいたなどとは信じらないのだ。
「親は親、子は子……それでいいじゃん。いつもひとの目を気にして、お利口さんにしてても、いざというとき、そいつらが、助けてくれるわけなんかないじゃんか」
ケンは続ける。けれど、まだ肝心な答えは引き出せていない。どうしてかれは大学に進学しないのか……。
「……あ、質問に答えてなかったな。そ、おれ、アメリカに行くんだ。師匠を見つけたんだ!」
「アメリカ……? 師匠……?」
タカは驚いた。一体、ケンは何を言い出すのか……。
「あ、あそこのちっちゃな公園のベンチで話をしないか。おれもまともにひとと話すのは久しぶりだからさ」
ケンが指差した方向には、やがて撤去されるミニ公園のベンチがあった。落日に近い陽が枝木を透して黒の色彩を投げかけていた。
(シャッターチャンスかも)
一瞬、そんなことをおもいつつ、タカはさっさと歩き出したケンのあとを追った……。
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