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どうも、国対抗戦です
どうも、宣戦布告です
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昭和レトロなドラマか一時代前の少女漫画的にはよくありつつも現実ではほとんど見かけない、花嫁を奪いに来た恋敵の如き威勢のよさで待ったをかけた魔族。
「人間……多いな…………」
そこまでの流れは良かったものの、予想以上の数の人間に囲まれて、禍々しかったはずの存在はぽかんと口を開けて闘技場を見上げつつ、身を小さくしていた。
「えっと……あなたは?」
司会が哀れんで話しかけてしまうくらいの小物感である。
「…………………………ハッ! ぼ、ぼくちんは魔界新四天王の1人、切り裂きのリッパーだ!」
沈黙。
「…………ええっと、糸切りバサミさんがなんのご用でしょうか?」
リッパーの態度が思いっきり小物だったため、魔族の羽が剥き出しで突如上から飛来したにも関わらず、観客も含めた人間たちは存外落ち着いていた。
「むむっ! なんか今失礼なこと考えられた気がする! そんなやつは…ええいの――」
「用件を簡潔に話してもらおうかな」
司会へ何かしらの術をかけようとしたリッパーを、ルイスはいとも簡単に捕縛した。
無詠唱のライトバインドは、さすが光属性なだけあって生半可な対処では逃れられないほど速い。
リッパーは闘技場中央で光の縄にぐるぐる巻きにされた。
右隣にシラ、左隣にペタやリズと、人間に囲まれていたアゲハは、事の成り行きを黙って見守ることにした。反逆者の魔族とルイスとはいえ人間、どちらに与するかも難しい。できれば傍観したい。
……この姿勢はシラにも通じそうだが、今のシラは全帝として臨戦態勢を取っていた。これだけなら教師の鑑である。
「くっくそ! 離しやがれ! さもないと我らが魔王様が――」
そこで初めて観客席にどよめきが走った。「魔王!?」「魔族か!」と、ようやく口々に騒ぎ出す。
「フハハハハッ! そうだ、我らが魔王様は人間界を征服するおつもりだ! 期限は1年!
1年後には、人間界は魔界に堕ちているだろう!」
「それをわざわざ言いに来たのかな? たったそれだけを?」
魔王の征服だのなんだのを聞いて、貴賓席にいた国々の重鎮たちが血相を変えるなか、ルイスだけは冷静だった。
「お前が勇者か。その余裕ぶった態度、勇者ならではの愚かさだな!」
「いや、勇者は医務室だよ。俺は対抗戦で優勝した一般人」
ただし、勇者より強い一般人である。
「へ? 勇者がいないだと? ウソだろ…やっちまった……あっ!」
勇者を見て戦力を目算するのも役目のうちだったらしいリッパーは焦り、観客席を見渡すなかで、ある一点、1人を見つけて叫んだ。
そこにいるのはもちろんアゲハである。
「人化……でも間違いない! でもなんで、だって体は人間だから魔王じゃないってぼくちん聞いたし…」
「ふむ…」
キョドるリッパーを射抜くアゲハの瞳孔が一瞬紅く染まった。魔眼の一種である心裡眼が発動したのだ。アゲハは刹那のうちにリッパーの心を読んだ。
心が読めるならなぜ普段から使わないのかといえば、心裡眼は元々魔王が配下たちと仲良くなるために培ったスキルのため魔族相手にしか使えないのと、対象と視線を合わせる必要があるのと、そして最大の要因として、消費カロリーが激しいからである。
魔力なら膨大だが、身に蓄えているエネルギー量は魔王とて並である。魔族は魔素を糧とするため食事の必要はないが、心裡眼を使うととてもお腹が空くのである。
食事の習慣のない魔族にとって、空腹はとてもとても面倒なものだ。まず食糧探しから始めないといけないのに。
「ティティス先輩、リズ。俺にも何かくれないか?」
しかし今、アゲハの周りでは幸いにもお菓子パーティーが繰り広げられていた。
「これあげるわ。私、キャラメル味のほうが好きみたい」
「これも美味しいわよ」
ティティスからは塩味のポップコーン、リズからは小粒の焼き菓子を2、3個恵んでもらった。
「いいなー、オレもちょーだい」
「俺ももらっていいか?」
「オレにもオレにもー!」
空気を読まずフレイ、クレア、ミケルも女子にお菓子をもらおうとしているのを闘技場から見上げたルイスは思わず乾いた笑い声を漏らした。
「魔族が宣戦布告してきたのにお菓子が優先とは……さすがはうちの生徒だね」
「はあっ!?」
ルイスの呆れ声に隣でうんうんと頷いていたリッパーは、結論を聞いて素っ頓狂な声を上げた。
「魔王様が…いや、様は付けなくてよくて、でもあの方が生徒? で、魔族の宣戦布告よりお菓子が優先……そういえば下僕様もおやつの時間は一番大事で……ハッ! そんな場合じゃない! ぼくちんは帰って魔王様に伝えないと!」
ひとりブツブツと呟いていた不審者は、ハッと思い至って顔を上げ、翅をバサッと広げて飛び上がった。
皆のおやつタイムに気を取られ、ルイスの光鎖はゆるんでしまっていた。
こいつが逃げても大した被害になりそうにないな、と思ったせいでもある。
「期限は1年! 1年だぞ! いいな!?」
リッパーは念押しするだけして、一方的に叫んでそのまま上空へと飛び去っていった。
「なんで魔族を逃がしたんだ!!」
ルイスへと向けられた咎める声にアゲハがリングを見下ろすと、包帯でぐるぐる巻きになった勇がびっこを引きながらルイスの胸ぐらを掴み上げていた。
アゲハの周り、他の面々は深い溜息をついていた。
「人間……多いな…………」
そこまでの流れは良かったものの、予想以上の数の人間に囲まれて、禍々しかったはずの存在はぽかんと口を開けて闘技場を見上げつつ、身を小さくしていた。
「えっと……あなたは?」
司会が哀れんで話しかけてしまうくらいの小物感である。
「…………………………ハッ! ぼ、ぼくちんは魔界新四天王の1人、切り裂きのリッパーだ!」
沈黙。
「…………ええっと、糸切りバサミさんがなんのご用でしょうか?」
リッパーの態度が思いっきり小物だったため、魔族の羽が剥き出しで突如上から飛来したにも関わらず、観客も含めた人間たちは存外落ち着いていた。
「むむっ! なんか今失礼なこと考えられた気がする! そんなやつは…ええいの――」
「用件を簡潔に話してもらおうかな」
司会へ何かしらの術をかけようとしたリッパーを、ルイスはいとも簡単に捕縛した。
無詠唱のライトバインドは、さすが光属性なだけあって生半可な対処では逃れられないほど速い。
リッパーは闘技場中央で光の縄にぐるぐる巻きにされた。
右隣にシラ、左隣にペタやリズと、人間に囲まれていたアゲハは、事の成り行きを黙って見守ることにした。反逆者の魔族とルイスとはいえ人間、どちらに与するかも難しい。できれば傍観したい。
……この姿勢はシラにも通じそうだが、今のシラは全帝として臨戦態勢を取っていた。これだけなら教師の鑑である。
「くっくそ! 離しやがれ! さもないと我らが魔王様が――」
そこで初めて観客席にどよめきが走った。「魔王!?」「魔族か!」と、ようやく口々に騒ぎ出す。
「フハハハハッ! そうだ、我らが魔王様は人間界を征服するおつもりだ! 期限は1年!
1年後には、人間界は魔界に堕ちているだろう!」
「それをわざわざ言いに来たのかな? たったそれだけを?」
魔王の征服だのなんだのを聞いて、貴賓席にいた国々の重鎮たちが血相を変えるなか、ルイスだけは冷静だった。
「お前が勇者か。その余裕ぶった態度、勇者ならではの愚かさだな!」
「いや、勇者は医務室だよ。俺は対抗戦で優勝した一般人」
ただし、勇者より強い一般人である。
「へ? 勇者がいないだと? ウソだろ…やっちまった……あっ!」
勇者を見て戦力を目算するのも役目のうちだったらしいリッパーは焦り、観客席を見渡すなかで、ある一点、1人を見つけて叫んだ。
そこにいるのはもちろんアゲハである。
「人化……でも間違いない! でもなんで、だって体は人間だから魔王じゃないってぼくちん聞いたし…」
「ふむ…」
キョドるリッパーを射抜くアゲハの瞳孔が一瞬紅く染まった。魔眼の一種である心裡眼が発動したのだ。アゲハは刹那のうちにリッパーの心を読んだ。
心が読めるならなぜ普段から使わないのかといえば、心裡眼は元々魔王が配下たちと仲良くなるために培ったスキルのため魔族相手にしか使えないのと、対象と視線を合わせる必要があるのと、そして最大の要因として、消費カロリーが激しいからである。
魔力なら膨大だが、身に蓄えているエネルギー量は魔王とて並である。魔族は魔素を糧とするため食事の必要はないが、心裡眼を使うととてもお腹が空くのである。
食事の習慣のない魔族にとって、空腹はとてもとても面倒なものだ。まず食糧探しから始めないといけないのに。
「ティティス先輩、リズ。俺にも何かくれないか?」
しかし今、アゲハの周りでは幸いにもお菓子パーティーが繰り広げられていた。
「これあげるわ。私、キャラメル味のほうが好きみたい」
「これも美味しいわよ」
ティティスからは塩味のポップコーン、リズからは小粒の焼き菓子を2、3個恵んでもらった。
「いいなー、オレもちょーだい」
「俺ももらっていいか?」
「オレにもオレにもー!」
空気を読まずフレイ、クレア、ミケルも女子にお菓子をもらおうとしているのを闘技場から見上げたルイスは思わず乾いた笑い声を漏らした。
「魔族が宣戦布告してきたのにお菓子が優先とは……さすがはうちの生徒だね」
「はあっ!?」
ルイスの呆れ声に隣でうんうんと頷いていたリッパーは、結論を聞いて素っ頓狂な声を上げた。
「魔王様が…いや、様は付けなくてよくて、でもあの方が生徒? で、魔族の宣戦布告よりお菓子が優先……そういえば下僕様もおやつの時間は一番大事で……ハッ! そんな場合じゃない! ぼくちんは帰って魔王様に伝えないと!」
ひとりブツブツと呟いていた不審者は、ハッと思い至って顔を上げ、翅をバサッと広げて飛び上がった。
皆のおやつタイムに気を取られ、ルイスの光鎖はゆるんでしまっていた。
こいつが逃げても大した被害になりそうにないな、と思ったせいでもある。
「期限は1年! 1年だぞ! いいな!?」
リッパーは念押しするだけして、一方的に叫んでそのまま上空へと飛び去っていった。
「なんで魔族を逃がしたんだ!!」
ルイスへと向けられた咎める声にアゲハがリングを見下ろすと、包帯でぐるぐる巻きになった勇がびっこを引きながらルイスの胸ぐらを掴み上げていた。
アゲハの周り、他の面々は深い溜息をついていた。
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