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どうも、暗躍です
どうも、魔界樹です
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魔界樹のもとへ転移したアゲハは、気管を刺し肺を潰すほど濃い魔素を放出している、黒い大木の幹に触れた。
この大木こそが魔界樹で、人間界の和国と通じる扉でもある。ちなみに、ワルプルギスが開かれる宴の間に繋がる扉も兼ねている。
さまざまな異空間と繋がる場所。それゆえに、さまざまな空間から魔素が流入し蓄積し、大木に収まりきらない魔素が滲み出ることで、周囲の魔素濃度は極端に高くなっているのである。
空気に溶け込みきれないほど濃い魔素は粒子となり、周囲の空気は赤黒く靄がかって淀んでいる。
「我の体、返してもらおう」
アゲハは木の皮に触れた手から魔界樹の魔素を吸収してゆく。
四天王たちからは魔素に体を晒し続ける、つまり長時間かけて馴染ませるよう言われたが、アゲハが待てるわけがない。魔王とはせっかちなのだ。
赤黒い空気は魔界樹へどんどん吸い寄せられ、代わりに辺りの靄が晴れてゆく。気分はまるで空気清浄機。
「…だめか」
周囲が晴れ渡り、黒い魔界樹が薄茶のただの大木へと変わったところで、アゲハは手を離した。体にはなんの変化も見られない。ただ魔力が増えただけだ。
「王家の谷のほうが正解か」
元魔王が多数住んでいる場所のほうが、魔素が多いだけでなく聞き出せる情報も多いだろう。
魔界樹と王家の谷で魔素濃度はさして変わらないのだから、一般的には王家の谷を選ぶのが無難だといえる。
しかしアゲハが魔界樹を選んだのは、ザガンに調査を命じた内容の他に、自分が力づくで廃位させた前魔王が住んでいるからでもある。アゲハは前魔王とできるだけ関わりたくない。
「無意味というのは虚しいものだな」
八つ当たりもできず、体も返ってこず、できたことは魔界の魔素を薄くすることだけ。アゲハでなくとも落胆して八つ当たりしたくなるだろう。
魔界を人間にとって住みよくしにきたわけではないのだがな、とアゲハは拳を握る。
人間でも住めるほど魔素の薄くなった魔界は、魔族にとって住みにくいだけだ。吸収しすぎた魔素を体から放出して元に戻す。周囲はまた赤黒く染まった。
「ん?」
ふと、握り拳の指の間に糸が張っていることに気がついた。
「これは…樹液か?」
ネチョネチョと手のひらにまとわりついているのは、深緑色の液体だった。ただし、液体と呼ぶには粘度が高い。
においを嗅いでみる。甘ったるい。最近どこかで嗅いだような…。
舐めてみる。危険なにおいはしないし、毒程度では死なないから大丈夫だろう。そう高を括っていた。
「あっ…」
あっま! 甘すぎる!
甘党ではないアゲハは舌を出して悶絶した。
並の攻撃では動じないアゲハを悶絶させるとは、恐るべし魔界樹の樹液である。
「そうか、これか…」
全帝の飲んでいた甘い緑色の飲み物。アゲハもひと口だけ口にしてみたもの。あれを濃縮したような濃い甘みが口の中から腹の中まで広がった。
つまりあの飲料は、この樹液を薄めたものだということだ。
とはいえ、人間が軽々しく近づけない魔界樹の樹液が人間界で流通するわけがない。きっとあの激甘ジュースは、魔界樹と枝を分けた世界樹の樹液を薄めたものだろう。元は同じ木だから、樹液の味も同じはずだ。
「すると、全帝の強さは世界樹の樹液を摂取しているからか」
謎が解けた。
強者には強者なりに悩みがある。それが、魔素の摂取である。
大量の魔力を使用し強者と崇め奉られる者は、その大量の魔力を生み出せるほどの魔素を摂取しなければならない。
魔力は自然回復もするが、回復量はたかが知れている。やはり食事をしなければ――
「なるほど。全帝が昼食にこだわるのも、それが原因か」
失った魔力を補うため、体が自然と食事を必要としているのだろう。そして食事でも足りない分を補うために、魔素がふんだんに含まれている世界樹の樹液の摂取に至ったと。
恐らく全帝と互角だろうルイスも、食事はきちんととっている。樹液の摂取は見たことがないが、それはルイスの魔力量に対して使用量が少ないからで…。
「つまり、全帝は大量に魔力を消費しているということか」
強者ほど効率よく魔力を扱えるはずなのに魔素を大量に補う必要があるということは、魔力を大量に使用する何かを行っているということだ。
それが全帝としての仕事なのかそれ以外なのかはわからないし、魔力を使うから樹液を飲んでいるのか、樹液を飲んでいるから魔力が増えたのかはわからない。
しかし、少なくともあの緑色のジュースが全帝の強さを支えているということはわかった。
「…ルイスへの土産にでもしてやるかな」
帝との決闘を任せきりにしてきたことをようやく思い出したアゲハは、魔界樹の樹液を詫びの品にすることに決めた。飲めば魔力が回復し、魔力量も増える樹液だ。地味にプライドの高いルイスは喜ぶだろう。
ちなみに、魔族は空気中の魔素を取り込むのに長けているため、食事も樹液も必要ない。
さらにアゲハについていえば、たとえ今が人間の体であっても、元々の魔力量が膨大すぎるためにいくら魔力を使用しても大して減っていなかった。
そこへ人間のフリをするために食事をして魔力回復していたことで、今まで体の異変に気づけなかったのだろう。魔王は人間の体になってもあまりに強すぎたのである。
「ふむ…。我が体を取り戻して、果たして勇者は我を倒せるのだろうか」
絶対に否、である。倒されるつもりも毛頭ない。
ただちょっとだけ、敵わない相手を倒すために修行している人間が哀れに――
「いや、奴は修行などしていなかったな」
ルイスとギルドで特訓はしているようだが、それはルイスの忍耐力の修行であって、勇者の戦闘力の特訓ではない。どうせギルドでもギルマスを筆頭とする女どもを侍らせているだろうし。
「どこへ行ってもハーレムを築く人間の処理…と思えば、哀れな人間の雄を救っているようにも聞こえるな」
人間を救う気などまったくないだけに複雑な気分だが、とりあえず体は取り戻すことに決めた。
「ルイスは…全帝と戦闘中か」
人間界へ転移しようとしたアゲハは、ルイスの近くに全帝の魔力を感じて転移を留まった。
すべて終わってから行こう。人間の戯言に付き合うのは面倒だ。
全帝がシラだと見破れなかったのは……怠惰のオーラが強者のオーラを掻き消していたためだろうな。
「つまり、人類最高の怠惰か…」
アゲハは魔界樹の根元に座りながら、どうでもいいことを考えつつルイスが戦い終えるのを待った。
この大木こそが魔界樹で、人間界の和国と通じる扉でもある。ちなみに、ワルプルギスが開かれる宴の間に繋がる扉も兼ねている。
さまざまな異空間と繋がる場所。それゆえに、さまざまな空間から魔素が流入し蓄積し、大木に収まりきらない魔素が滲み出ることで、周囲の魔素濃度は極端に高くなっているのである。
空気に溶け込みきれないほど濃い魔素は粒子となり、周囲の空気は赤黒く靄がかって淀んでいる。
「我の体、返してもらおう」
アゲハは木の皮に触れた手から魔界樹の魔素を吸収してゆく。
四天王たちからは魔素に体を晒し続ける、つまり長時間かけて馴染ませるよう言われたが、アゲハが待てるわけがない。魔王とはせっかちなのだ。
赤黒い空気は魔界樹へどんどん吸い寄せられ、代わりに辺りの靄が晴れてゆく。気分はまるで空気清浄機。
「…だめか」
周囲が晴れ渡り、黒い魔界樹が薄茶のただの大木へと変わったところで、アゲハは手を離した。体にはなんの変化も見られない。ただ魔力が増えただけだ。
「王家の谷のほうが正解か」
元魔王が多数住んでいる場所のほうが、魔素が多いだけでなく聞き出せる情報も多いだろう。
魔界樹と王家の谷で魔素濃度はさして変わらないのだから、一般的には王家の谷を選ぶのが無難だといえる。
しかしアゲハが魔界樹を選んだのは、ザガンに調査を命じた内容の他に、自分が力づくで廃位させた前魔王が住んでいるからでもある。アゲハは前魔王とできるだけ関わりたくない。
「無意味というのは虚しいものだな」
八つ当たりもできず、体も返ってこず、できたことは魔界の魔素を薄くすることだけ。アゲハでなくとも落胆して八つ当たりしたくなるだろう。
魔界を人間にとって住みよくしにきたわけではないのだがな、とアゲハは拳を握る。
人間でも住めるほど魔素の薄くなった魔界は、魔族にとって住みにくいだけだ。吸収しすぎた魔素を体から放出して元に戻す。周囲はまた赤黒く染まった。
「ん?」
ふと、握り拳の指の間に糸が張っていることに気がついた。
「これは…樹液か?」
ネチョネチョと手のひらにまとわりついているのは、深緑色の液体だった。ただし、液体と呼ぶには粘度が高い。
においを嗅いでみる。甘ったるい。最近どこかで嗅いだような…。
舐めてみる。危険なにおいはしないし、毒程度では死なないから大丈夫だろう。そう高を括っていた。
「あっ…」
あっま! 甘すぎる!
甘党ではないアゲハは舌を出して悶絶した。
並の攻撃では動じないアゲハを悶絶させるとは、恐るべし魔界樹の樹液である。
「そうか、これか…」
全帝の飲んでいた甘い緑色の飲み物。アゲハもひと口だけ口にしてみたもの。あれを濃縮したような濃い甘みが口の中から腹の中まで広がった。
つまりあの飲料は、この樹液を薄めたものだということだ。
とはいえ、人間が軽々しく近づけない魔界樹の樹液が人間界で流通するわけがない。きっとあの激甘ジュースは、魔界樹と枝を分けた世界樹の樹液を薄めたものだろう。元は同じ木だから、樹液の味も同じはずだ。
「すると、全帝の強さは世界樹の樹液を摂取しているからか」
謎が解けた。
強者には強者なりに悩みがある。それが、魔素の摂取である。
大量の魔力を使用し強者と崇め奉られる者は、その大量の魔力を生み出せるほどの魔素を摂取しなければならない。
魔力は自然回復もするが、回復量はたかが知れている。やはり食事をしなければ――
「なるほど。全帝が昼食にこだわるのも、それが原因か」
失った魔力を補うため、体が自然と食事を必要としているのだろう。そして食事でも足りない分を補うために、魔素がふんだんに含まれている世界樹の樹液の摂取に至ったと。
恐らく全帝と互角だろうルイスも、食事はきちんととっている。樹液の摂取は見たことがないが、それはルイスの魔力量に対して使用量が少ないからで…。
「つまり、全帝は大量に魔力を消費しているということか」
強者ほど効率よく魔力を扱えるはずなのに魔素を大量に補う必要があるということは、魔力を大量に使用する何かを行っているということだ。
それが全帝としての仕事なのかそれ以外なのかはわからないし、魔力を使うから樹液を飲んでいるのか、樹液を飲んでいるから魔力が増えたのかはわからない。
しかし、少なくともあの緑色のジュースが全帝の強さを支えているということはわかった。
「…ルイスへの土産にでもしてやるかな」
帝との決闘を任せきりにしてきたことをようやく思い出したアゲハは、魔界樹の樹液を詫びの品にすることに決めた。飲めば魔力が回復し、魔力量も増える樹液だ。地味にプライドの高いルイスは喜ぶだろう。
ちなみに、魔族は空気中の魔素を取り込むのに長けているため、食事も樹液も必要ない。
さらにアゲハについていえば、たとえ今が人間の体であっても、元々の魔力量が膨大すぎるためにいくら魔力を使用しても大して減っていなかった。
そこへ人間のフリをするために食事をして魔力回復していたことで、今まで体の異変に気づけなかったのだろう。魔王は人間の体になってもあまりに強すぎたのである。
「ふむ…。我が体を取り戻して、果たして勇者は我を倒せるのだろうか」
絶対に否、である。倒されるつもりも毛頭ない。
ただちょっとだけ、敵わない相手を倒すために修行している人間が哀れに――
「いや、奴は修行などしていなかったな」
ルイスとギルドで特訓はしているようだが、それはルイスの忍耐力の修行であって、勇者の戦闘力の特訓ではない。どうせギルドでもギルマスを筆頭とする女どもを侍らせているだろうし。
「どこへ行ってもハーレムを築く人間の処理…と思えば、哀れな人間の雄を救っているようにも聞こえるな」
人間を救う気などまったくないだけに複雑な気分だが、とりあえず体は取り戻すことに決めた。
「ルイスは…全帝と戦闘中か」
人間界へ転移しようとしたアゲハは、ルイスの近くに全帝の魔力を感じて転移を留まった。
すべて終わってから行こう。人間の戯言に付き合うのは面倒だ。
全帝がシラだと見破れなかったのは……怠惰のオーラが強者のオーラを掻き消していたためだろうな。
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