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どうも、ギルドです
どうも、二つ名です
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アゲハにマスターからの呼び出しが届いたのは翌朝だった。一方的な念話で「今日の日暮れ頃に来い」と告げられる。
念話は頭に直接語りかける行為。そのため親しい者の間でしか用いられないコミュニケーション法だ。それを一方的に、かつ勝手に行うのだから、最悪何をされても文句は言えない。
口頭で会話しただけの昨日ですら怯えていたようなのに、アゲハ相手に念話するなど勇気が要っただろうな、とザガンは思った。ただし、よく知らない人間相手に憐れみなどの情は生まれない。単にそう思っただけだ。
アゲハは「俺を呼び出すとは傲慢な人間め」と別のところに注目していた。
不躾な朝の始まりから、座学だけの授業と、勇の属性や魔力量を知ったクラスメイトの反応しか特筆する点のなかった半日は捨て置く。大変うるさく不愉快だったので記憶に残したくない。
「魔王様、これを。城のメイドたちが作ったものです」
今朝、念話ののちに魔界で受け取ってきたものをザガンが恭しく差し出す。
アゲハが無造作に受け取ると、城の皆の思いが詰まった真っ黒なローブがはためいて燐光を散らした。
堕天使の羽で織った高性能ローブであり、魔界では最高級品である。アゲハが怪我などするはずはないが、万が一にも怪我してほしくない精神が満ち溢れていた。
「ほう。急にすまないな」
もちろんアゲハは高級品など見慣れているわけで、品自体に驚きはない。しかし昨夜の今朝で仕上げてくれたことへの労いはある。やはりアゲハは同胞に甘い。
「では行ってくる」
アゲハは制服の上からローブを羽織ると、昨日覚えたマスターの魔力を探知して転移した。
アゲハが消えると同時に、マスターから呼び出されていないザガンは魔界へ転移で帰った。
「うおっ! って、お前か…」
転移した先では、マスターが書類に埋もれながら腰を抜かしていた。
「ったく、ここは一応、転移防止結界を張ってるんだ。あんまり規格外な力を使わないで――うおっ! お前もかよ…」
書類で狭くなっている部屋にもうひとつの影が現れ、マスターはもう一度同じように驚いた。
…学習しろよ。
「あー、もしかして転移防止? ガシャって鳴ったけど、壊しちゃった」
「その腹黒さは前光帝か。白いローブはやめたのだな」
「あれは光帝の衣装だから、勇者くんに引き継がれるんだ。洗濯も大変だしね」
勇に汚されたことを根に持っているらしい。裏のありそうな笑みだ。
「腹黒に空音、もういいか? 話を進めるぞ」
「腹黒?」
「空音?」
呆れたマスターに、心当たりのあるほうの呼び名を繰り返す前光帝とアゲハ。
「お前らの二つ名だ。似合いだろ? ああ、昨日いたあいつは『助手』だから伝えておいてくれ。文句があるならさっさとランクアップして、自分で通り名を考えるんだな。俺は知らん」
正面きって腹黒呼ばわりされた前光帝は寛大なことに「安直な…」と苦笑した。
一方で「黒の覇王」と呼ばれていたアゲハはダサい二つ名に不満を抱くとともに、「この人間はどこまで知っている?」と警戒せざるを得なかった。二つ名で嘘つき呼ばわりされるとは。ザガンに「助手」と付ける辺りも、何やら知っていそうだ。
しかしマスターの態度を見ていると、何も知らない気もしてくる。魔王や四天王を相手にしているのに呑気すぎやしないかと。
「俺がなぜ空音なんだ」
何が嘘だと知っている? 回答次第では…と構えながら質問する。
「あーもう、そういうとこだよ。妙なプレッシャーってか、偉そうってか、そのくせ学生服とか、なんか嘘くさいだろ」
「…そうか」
どうやら知らないで付けたらしい。偶然で嘘つき呼ばわりされていた。
「それで納得するのもどうかと思うけどな。で、本題はこれからだ。2人には協力して依頼をこなしてもらう。初めての依頼、といっても腹黒は慣れてるだろうが…人相手は初めてか」
「内容は」
本題と言う割にグダグダし始めたマスターを、前光帝――腹黒はたったひと言で征した。さすがは元帝である。力の使い方が上手い。
「村の完全破棄依頼だ。邪神信仰に熱心でな。このご時世に生贄やら人柱やらと――」
「場所は」
「せっかちだな。えーっと、東の果ての森を抜けたところにあるらしい。周囲からは隔絶…っていうか孤立してるな。信仰が信仰だから」
「ああ、そこなら行ったことあるよ。胡散臭い爺さんが村長の村ね」
マスターに圧をかけ続けていた腹黒は、そこでようやく笑顔を見せた。
…人間が笑顔になれる内容ではないだろうに。
完全破棄というからには村を地図から消す、つまり村人たちの皆殺しの依頼だ。魔物の討伐とはわけが違う……だろうに、腹黒は笑顔で了承している。
「じゃあ空音、親睦を深めに行こうか」
「ふむ、乗ってやろう」
腹黒の態度に好感のもてたアゲハは素直に頷く。
「戦闘前に魔力使いたくないし、走るよ」
「わかった」
通常、転移には膨大な魔力を要する。それも、消費魔力は距離に応じて指数関数的に増してゆく。
目的地は、果ての森と呼ばれるような国境付近の森をさらに東に突き抜けた場所にある。魔族ではない腹黒が魔力温存を考えるのは至極当然だ。
アゲハが転移を使えないのは、人間界の地名に疎く、村の場所がわからないからだったが。
「おいこら、馬車でも使って行けよ」
マスターが焦って声をかけた。東の果ての森は馬車で数週間、早馬でも数日はかかる位置にある。
「馬車だと間に合わないんだよ」
「依頼期日はあと数ヶ月先だぞ」
「違う違う。間に合わないのは、明日の学校。さあ行こう」
アゲハに向かって笑顔で言うなり、腹黒は身体強化して走り出した。そのスピードは、かつて神速と謳われていただけある。
アゲハも追いかけて走り出す。普段は転移を多用するため身体強化は久しぶりに使うが、魔王が魔法を使えないわけがない。
「はあーーーっ!?」
2人のいなくなった部屋から、マスターの叫びがギルド中に響いた。
制服を着ていたアゲハはともかく、腹黒まで学生だとは思っていなかったのだ。
「マスター、うるさいですよ! さっさと仕事なさいっ!」
マスターの叫びは受付嬢が叱りに来るまで続いた。
念話は頭に直接語りかける行為。そのため親しい者の間でしか用いられないコミュニケーション法だ。それを一方的に、かつ勝手に行うのだから、最悪何をされても文句は言えない。
口頭で会話しただけの昨日ですら怯えていたようなのに、アゲハ相手に念話するなど勇気が要っただろうな、とザガンは思った。ただし、よく知らない人間相手に憐れみなどの情は生まれない。単にそう思っただけだ。
アゲハは「俺を呼び出すとは傲慢な人間め」と別のところに注目していた。
不躾な朝の始まりから、座学だけの授業と、勇の属性や魔力量を知ったクラスメイトの反応しか特筆する点のなかった半日は捨て置く。大変うるさく不愉快だったので記憶に残したくない。
「魔王様、これを。城のメイドたちが作ったものです」
今朝、念話ののちに魔界で受け取ってきたものをザガンが恭しく差し出す。
アゲハが無造作に受け取ると、城の皆の思いが詰まった真っ黒なローブがはためいて燐光を散らした。
堕天使の羽で織った高性能ローブであり、魔界では最高級品である。アゲハが怪我などするはずはないが、万が一にも怪我してほしくない精神が満ち溢れていた。
「ほう。急にすまないな」
もちろんアゲハは高級品など見慣れているわけで、品自体に驚きはない。しかし昨夜の今朝で仕上げてくれたことへの労いはある。やはりアゲハは同胞に甘い。
「では行ってくる」
アゲハは制服の上からローブを羽織ると、昨日覚えたマスターの魔力を探知して転移した。
アゲハが消えると同時に、マスターから呼び出されていないザガンは魔界へ転移で帰った。
「うおっ! って、お前か…」
転移した先では、マスターが書類に埋もれながら腰を抜かしていた。
「ったく、ここは一応、転移防止結界を張ってるんだ。あんまり規格外な力を使わないで――うおっ! お前もかよ…」
書類で狭くなっている部屋にもうひとつの影が現れ、マスターはもう一度同じように驚いた。
…学習しろよ。
「あー、もしかして転移防止? ガシャって鳴ったけど、壊しちゃった」
「その腹黒さは前光帝か。白いローブはやめたのだな」
「あれは光帝の衣装だから、勇者くんに引き継がれるんだ。洗濯も大変だしね」
勇に汚されたことを根に持っているらしい。裏のありそうな笑みだ。
「腹黒に空音、もういいか? 話を進めるぞ」
「腹黒?」
「空音?」
呆れたマスターに、心当たりのあるほうの呼び名を繰り返す前光帝とアゲハ。
「お前らの二つ名だ。似合いだろ? ああ、昨日いたあいつは『助手』だから伝えておいてくれ。文句があるならさっさとランクアップして、自分で通り名を考えるんだな。俺は知らん」
正面きって腹黒呼ばわりされた前光帝は寛大なことに「安直な…」と苦笑した。
一方で「黒の覇王」と呼ばれていたアゲハはダサい二つ名に不満を抱くとともに、「この人間はどこまで知っている?」と警戒せざるを得なかった。二つ名で嘘つき呼ばわりされるとは。ザガンに「助手」と付ける辺りも、何やら知っていそうだ。
しかしマスターの態度を見ていると、何も知らない気もしてくる。魔王や四天王を相手にしているのに呑気すぎやしないかと。
「俺がなぜ空音なんだ」
何が嘘だと知っている? 回答次第では…と構えながら質問する。
「あーもう、そういうとこだよ。妙なプレッシャーってか、偉そうってか、そのくせ学生服とか、なんか嘘くさいだろ」
「…そうか」
どうやら知らないで付けたらしい。偶然で嘘つき呼ばわりされていた。
「それで納得するのもどうかと思うけどな。で、本題はこれからだ。2人には協力して依頼をこなしてもらう。初めての依頼、といっても腹黒は慣れてるだろうが…人相手は初めてか」
「内容は」
本題と言う割にグダグダし始めたマスターを、前光帝――腹黒はたったひと言で征した。さすがは元帝である。力の使い方が上手い。
「村の完全破棄依頼だ。邪神信仰に熱心でな。このご時世に生贄やら人柱やらと――」
「場所は」
「せっかちだな。えーっと、東の果ての森を抜けたところにあるらしい。周囲からは隔絶…っていうか孤立してるな。信仰が信仰だから」
「ああ、そこなら行ったことあるよ。胡散臭い爺さんが村長の村ね」
マスターに圧をかけ続けていた腹黒は、そこでようやく笑顔を見せた。
…人間が笑顔になれる内容ではないだろうに。
完全破棄というからには村を地図から消す、つまり村人たちの皆殺しの依頼だ。魔物の討伐とはわけが違う……だろうに、腹黒は笑顔で了承している。
「じゃあ空音、親睦を深めに行こうか」
「ふむ、乗ってやろう」
腹黒の態度に好感のもてたアゲハは素直に頷く。
「戦闘前に魔力使いたくないし、走るよ」
「わかった」
通常、転移には膨大な魔力を要する。それも、消費魔力は距離に応じて指数関数的に増してゆく。
目的地は、果ての森と呼ばれるような国境付近の森をさらに東に突き抜けた場所にある。魔族ではない腹黒が魔力温存を考えるのは至極当然だ。
アゲハが転移を使えないのは、人間界の地名に疎く、村の場所がわからないからだったが。
「おいこら、馬車でも使って行けよ」
マスターが焦って声をかけた。東の果ての森は馬車で数週間、早馬でも数日はかかる位置にある。
「馬車だと間に合わないんだよ」
「依頼期日はあと数ヶ月先だぞ」
「違う違う。間に合わないのは、明日の学校。さあ行こう」
アゲハに向かって笑顔で言うなり、腹黒は身体強化して走り出した。そのスピードは、かつて神速と謳われていただけある。
アゲハも追いかけて走り出す。普段は転移を多用するため身体強化は久しぶりに使うが、魔王が魔法を使えないわけがない。
「はあーーーっ!?」
2人のいなくなった部屋から、マスターの叫びがギルド中に響いた。
制服を着ていたアゲハはともかく、腹黒まで学生だとは思っていなかったのだ。
「マスター、うるさいですよ! さっさと仕事なさいっ!」
マスターの叫びは受付嬢が叱りに来るまで続いた。
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