溺愛勇者

野鳥

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捕まった

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「ねえねえそこの君!勇者に興味ない?」

 隣町の少し大きな市場に買い出しに来た僕は、白いローブを纏った女性にいきなり腕を掴まれて声をかけられた。

「ひぇっ!?なに!?」

「いいわいいわ!君!光るものを持ってる!絶対勇者の素質あるわよー!」

 驚いた僕は逃げようとするも、めちゃくちゃ力強く掴まれた腕は振り払えもしないどころか、より一層グイグイと顔を近づけてくる。

 怖い怖い怖い!!

 せっかく美人なのに鼻息荒いよ!台無しだよ色々と!

「ぼっ僕お金持ってません!!離して下さい!!」

「ああっ、違うのよ!?怪しいものじゃないの!」


 怪しさ以外の要素が見つけられません!


「私は王都で神官をしているルジェと申します。各地を旅して勇者を探していたのですが、とうとうあなたを見つけました!!」

「本当に王都の神官様ですか…?」


 未だ疑いの目を向ける僕に、ルジェと名乗った神官様は胸の谷間から一枚の書状を取り出した。

 何処に入れてるんだよ…。と呆れた僕を見て慌てて弁明し始めた。

「ここに入れておけば盗まれる心配ないのよ!!一番安全な場所!!そんな目で見ないでぇぇー!ほら!ここに国王の署名と捺印あるでしょ!?ほら見て!」

「見ました。でも僕、国王様の署名も捺印も見たことないので確認しようがないです」

「うぇぇぇ!?嘘でしょ!?これが通用しなかったらあとは何をすればいいのよ!?」

「それじゃあ僕はこれで…」

 そっと逃げようとしたのに、またしてもガシィッと腕を掴まれてしまった。

「待って待って!もうこうなったら強制転移!!」

「え?」

 何を?と問いかけようとした瞬間、僕は豪奢な広い部屋に居た。

 目の前には、重厚で繊細な細工の施された椅子に座っているThe王様というような出で立ちの壮年の男性と、その前に立っている騎士の格好をした美青年とローブを纏った美青年が対面している。

 ルジェと名乗った女性神官は僕を王様の前に差し出して恭しく膝を着き、頭を垂れる。


「陛下。ただ今勇者をお連れ致しました」

「おお、よくぞ探し当ててくれた。ご苦労だったな、ルジェよ」

「有り難きお言葉、私には勿体ないことでございます」

 ちょっと…。勝手に進行しないでよ。

 あのー、僕、帰っていいですか。てか帰ります。

 厳かな雰囲気出してるけどさぁ。僕、誘拐されたんだよ。被害者だよ。

 スススーっと後ろに下がるとトスンっと背中に軽い衝撃を受け、驚いて後ろを振り向くと、先程の騎士の格好をした美青年が眉間に皺を寄せて立っていた。
 あわわっぶつかっちゃった!怖い顔で睨んでくるよ!?痛かったのか!?いや、軽くぶつかっただけだよね!?

「す、すみません!」

 慌てて頭を下げて謝り、難癖つけられたら対処の仕様が無いほどの体格差に戦きながら素早く逃げる準備をする。

 三十六計逃げるに如かず。そう、逃げるが勝ち。こんな所に一秒でもいたらいいようにやられてしまう。

 小さい体を活かして美青年達の間をするりと潜り、猛ダッシュをかます。

「ああっ、待ちなさい!!」

 待てと言われて待つバカはいない。焦る神官など知ったこっちゃない。勇者なんて胡散臭いものにされてたまるか!というか僕は市場で買い物して家に帰らなきゃいけないんだよ!!

 あと少しで部屋の扉に届く所で、僕の足が何かに絡め取られた。

「きゃん!!」

 ビターン!と床に転び、受身を取れずに思いっきり顔面をぶつけ、痛みに変な声が漏れた。

「うぅぅぅ、痛ぃぃ」

「よくやったわアシット!!レイスター捕まえてちょうだい!!」

 騎士の美青年が僕をお姫様抱っこする。

 ちょい待て。お姫様抱っこは止めろ。

 残念ながら顔面が痛すぎて抗議の声は単なる呻きにしかならなかった。

 痛みによる生理的な涙がポロポロととめどなく流れ、恥ずかしさに顔を両手で隠すと、柔らかな感触が頭を包む。

 何事かと思い指の間から覗き込むと、ローブの美青年が僕の頭を撫でていた。

 いや、何?そんな蕩けそうな笑みを向けられても、さっき僕を転ばしたの貴方ですよね?

 むむむっと恨みがましい視線を向けていると、ゆっくりと僕の手を顔から退かし、ローブの美青年の繊細な指先が赤くなった鼻やおでこに触れていく。


 おやぁ?痛みがひいていくぞ?魔法?回復魔法使ってくれたのか?

 キョトンと目を丸くしている僕に、満足気な笑みを浮かべたその唇は、呆然としている僕の唇にちゅっとリップ音を響かせてゆっくりと離れていった。



 ──────いやいやいやいや、まてまてまてまて、何しとんじゃこの野郎。

 さらっと僕のファーストキス盗んでいきやがった!



「おい、勝手にするな」

「んー?まあいいじゃない。どっちが先でも」

「なら俺が先に後ろはいただくからな」

「それとこれとは別だよ」

「あ?」


 僕が呆然としている間に目の前で繰り広げられる口論。なんか好き勝手言ってるけど!おうちに帰らせて!

「僕、市場に買い出しに来ただけなのに!食材買って帰らなきゃ母さんに怒られるんだよ!さっさと離してよぉ!」

「ああ、そういや自己紹介してなかったな。俺は王都第三騎士団所属の副隊長レイスター・シールドだ。よろしく」

「僕は王宮魔術師団医療部隊所属の副隊長アシット・ビリーノ。よろしくね。君の名前は?」


 じたばたと抵抗しても全く微動だにしないし、こっちの話は聞かないし、どんどん勝手に進んでいく二人は王様に向かって「じゃあ俺(僕)らはこれで」と挨拶をしてあっさり部屋から出て行く。僕を抱えて。

「だから!下ろしてってば!」

「部屋に着いたら下ろしてやるよ」

「ふふっ、楽しみですね」


 王宮内の衆人環視の中、レイスターにお姫様抱っこをされて運ばれている勇者候補を、周りの人達は憐れむような視線を向ける。これから起こる悲劇を皆知っているのだ。

 そして知らないのは僕だけだった。


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