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第1章 王都混乱編
第2話 兄姉妹の団欒
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時刻は夜、今現在は食堂で兄弟揃っての夕食というわけにはならず、今日は長男が騎士団の遠征のため不在だ。横長の机の右側の奥から俺、ユリア、ララ、そして向かいの席には空席の第一王子、そして第二王子、第一王女と並んでいる。
俺の斜め前に座る金髪にユリアと同じ紫色の瞳を持つ少年と少女が俺の兄と姉である。兄の方はロベルト・ドレス・アレストリア、16歳、既に身長は180に届き、顔立ちもとても整っている。
姉の方はミリシア・ドレス・アレストリア、ロベルト兄と同じく16歳。双子である。金髪に紫色の瞳、どことなくユリアと顔立ちが似通っており、髪を腰まで伸ばして丁寧に流されている。プロモーションに関しては言わずもがな、女性が羨むような体型だと言えばわかるだろう。
家族の俺からも見ても、2人ともとても魅力的な容姿と雰囲気を持っている。
「そういやユウ。お前また学園サボったんだってな?たまにでいいからみんなで登校しようぜ」
「いやだよ。なんで俺が学園なんていう無駄に時間だけが浪費されていく場所に行かなきゃいけないんだ。俺は王城で優雅なひと時を過ごしたいの」
ロベルト兄のお願いは聞くつもりはない。可愛くないからね。
「兄様達だけずるいです!ララもユウ兄様と一緒に行きたいです!」
「ララにはまだ早いわよ。それより今日もお勉強頑張ったって先生がララのこと褒めてたわよ。偉いわね」
「えっへん!ララは偉いのです!」
椅子に座りながらララは胸を張る。まだ小さい体で胸を反らす様子はなんとも愛嬌しかないものだ。
それにしてもさすがミリ姉様だ。俺はここまで容易にララのわがままを抑えることなんてできない。姉の威厳というものは本当に嘗められないものがある。
ミリ姉様はララに笑顔を向けながら、スプーンで最後のスープを掬い飲んだ。手をナプキンで拭きながら、俺のことをジト目で見つめてくる。
「ユウ、貴方は魔法の勉強を頑張っているんだから学園生に見せつけるべきよ。はっきり言ってその歳でロベルト以上に魔法を網羅しているなんて異常よ?」
「お兄ちゃんでも嫉妬はするぞ。お前は魔法の開発こそ興味なさげにしているが、学園で魔法研究部に一緒に俺と入って研究でもすれば、魔法の技術はもっと進歩していてもおかしくはない」
「いや褒めすぎだろ。というか俺は魔法は得意じゃない。扱いずらいんだよ」
理論とかを突き詰めないといけない魔法は、はっきり言って俺にとっては扱いが難しい。今でこそここまで魔法を学び切ることができているが、始めたころは本当に理解するのに時間がかかった。なんせ絶対に魔法を網羅しなければいけないという使命感もなければ、学びたくてしょうがないという熱意も、最初の頃は皆無に等しかったのだから。
「なんでこうも自己評価が低いんだ…。それで得意じゃないなら俺達は一体何なんだ…?」
「天才では?」
得意じゃないもんは得意じゃないんだもん。
「皮肉かよ…はぁ」
「ロベルトも落ち込みすぎよ。ユウを基準にしちゃだめ」
ひどいな。あんたらだけには言われたくないんだが。学園は6年制の学習機関で、学問、それ以外にも礼儀作法や剣術、武術、魔法、場合によっては神聖術まで学ぶことが可能だ。そしてこの学園にはアレストリア王国中の選りすぐりのエリート達が集まっている。その中でもこの王家の俺以外の三人は天才中の天才として有名だ。
ロベルト兄は新しく強力な魔法の開発を行い、宮廷魔法師ですら息を呑むほどの魔法の腕前を持っている。
ミリ姉様は神聖術に派生する回復魔法を大司教クラス、簡単に言うと国でトップクラスまで極めた天才。魔法も宮廷魔法師と同等クラスまで磨き上げられており、非の打ちどころのない学園生の憧れのマドンナと言ってもいいだろう。生徒会に入り、生徒会長として現在は手腕を振るっている。
そして我が愛しのユリア、この子は1年生でありながらも、自主勉強、教師の直指導のお願いなどによって、既に6年生の範囲に至るまで勉強を履修し、尚且つ魔法も学園卒業生と同じくらいまで鍛えられている。一度学習したものは二度と忘れず、天才的な頭脳を持っている。
ミリ姉様以外は剣術といった武道がからっきしな所が玉に瑕だが、間違いなく王都でも上澄みの実力者といっても過言じゃないだろう。
「ひとつ言っておくが、お前らも大概だからな。正直ロベルト兄の魔法の理論の組み立ての頭脳は羨ましいし、ミリ姉様のモテ具合は嫉妬できるし、ユリアの意欲ある努力の姿勢も好ましい。俺に持ってないものをいくつも持ってるじゃないか」
「私だけ何か注目するところがおかしくない?」
「気のせいさ」
まぁ実際、ミリ姉様のモテ度は常軌を逸している。ファンクラブまでできており、学園外でも人気があるのだ。妬ましいと言っても過言じゃない。
「………そういえば話は変わるが…今日の夕食はどうだ?」
途端、ロベルト兄が俺にそんなことを聞いてきた。窺うような目に、俺はすぐに居心地が悪くなる。一番に食べ終わっている俺は、席を立とうと杖を手に取ろう―――としたところでユリアに取られた。
「ちゃんと答えてください」
「………へい」
案の定、家族全員から心配するような目を向けられる。あのララですら今は無言だ。
逃げ場はないらしく、俺は観念して答えた。
「美味しいです」
「嘘だな」
「嘘だよね」
ロベルト兄とミリ姉様の怒涛の追撃により、いよいよ嘘が言えなくなった。
「……味がしないです」
「………………………はぁ」
ロベルト兄がため息を吐いた。急にお通夜みたいな空気感になってしまった。こういう変な空気になるから言いたくなかったのに、どうやら俺の兄姉妹は逃がしてはくれないようだ。
はぁ、本当はこの秘密は墓まで持っていくつもりだったんだけどな……なんであんなミスしたんだろ…
思い出すのはつい一か月前、その時まで完璧に隠し通せていたはずの秘密を、俺はつい口に滑らしてしまった。
味を感じない、俺が四つの感覚が鋭い中で、唯一欠点とも言ってもいい部分だった。味覚を失ったと言えばいいのか、これは前世からの副作用みたいなものなので、正直俺からしたらどうでもいいことなのだ。だがいくら俺でも、これが今の家族にバレれば変な空気になることは容易に想像できたので、その日までは隠し通していたのだ。
味が感じないことを今の今まで隠してきていたことを俺は滅茶苦茶叱られた。「別に気にするようなことでもないだろ?」と言えば、あの温厚な親父や第一夫人と第二夫人のお母様達から、本気の説教をされた。曰く、俺が味を感じることができなかったのにこっちだけ美味しい思いをしているだなんて、家族として耐えられないという言い分だった。気持ちはわかる。だが納得はできん。こんなことを気にしてたら、まともに生きていけないじゃないか。
この事件では兄達や姉様、ユリアやララも本気で怒っていた。罪悪感はあるが、どうしようもないのである。
「前は隠していたことで怒ったが、一番辛いのはユウだよな…。むやみに怒って悪かった…」
「いや別にこんなしょうもないことを気にされても…」
「私もごめんなさい。貴方が知られたくなかったという気持ちも少しはわかるわ」
「「ごめんなさい…」」
「話聞けよ」
家族思い、とても優しい彼ら彼女らであるが、時折こちらの言い分を一切聞かずに話を進める癖がある。こちらとしてはそんな些細なことを気にされても逆に罪悪感が湧くだけなので、笑い飛ばしてくれてもいいぐらいなのに。
「前も言ったけど、俺のこの味覚がないという症状を治そうとする必要はないよ」
俺はユリアから優しく杖を受け取ると、それに力を込めて立ち上がる。左足に力を入れず、カツカツ、と杖の音を鳴らしながら、扉へ進む。そして後ろを振り返り、
「これは、俺が進むと決めた道の生贄みたいなものだから」
だから、二度と戻ることはないんだよ、と付け足して、俺はこの変な空気の食堂を離れた。通りすがりに、ロベルト兄とミリ姉様の側近の人が憐れなものを見る目を向けながら、俺はそのまま自分の部屋に向かうのだった。
~~~
《Side ロベルト・ドレス・アレストリア》
俺達は、食堂を去ってゆくユウを見送ると、深いため息を吐いた。
昔から、前兆はあったのだと思う。俺達家族が知らない大きな秘密を持つ俺の弟は、おかしいくらいに打たれ強く、傷つきずらい。痛みに慣れている、とでもいえばいいのか。
つい一か月前、父様が他国でも非常に有名な料理人をこの王城で雇うことになった。その日は家族全員揃って食事をした。お母様も、お義母様も、父様も、ギル兄様も、家族みんなで揃ってご馳走を食べた。
いただきますもそこそこに、フォークで食べたステーキの焼き加減はぴったり、肉汁が程よく染み込んでおり、とても噛み応えのあるものだった。スープも絶品だ。いつもと違い、トマトをふんだんに使ったもので、今まで食べたことのないような幸福感を味わった。
家族みんな、笑顔だった。美味しそうに食物を噛み、限界まで料理を味わっていた。だがその異変に気付いたのは、奇しくも俺達家族じゃなかった。
扉側で全員の表情が見渡せる位置にいた料理人は、ユウの異変に気が付いたのだ。問い掛けた。「あの…ユウ王子…なにかお気に障るものでもございましたか…」と。
その質問を聞いた時に初めて俺達家族は気が付いた。これ程までに美味しいものなら、いつもは無表情で食事を頬張っているユウでも満足そうにしていてもおかしくないのに、ユウは、いつもの表情を崩さず、目は料理を映しているようには見えなかった。
そしてユウが意識が半分ないような状態で答えた。「んー、別に俺は味を感じないからさー。料理に文句なんて、たぶんないよ」と。とても軽やかに。
食堂が凍り付いたのを今でも覚えている。今いる食堂とは違い、家族全員で食べるにはここでは手狭なので、もっと大きな食堂があるのだが、そこに当時一緒に俺達が食事をしているのを見ていた側近達も顔が固まっていたと思う。
そして父様が「それはどういうことだ…?」という言葉と共に立ち上がり、ユウに問うた。
そこでユウは自分の失言に気付き、驚いた顔をした。その後、家族全員でユウを問い詰め、事情を大方理解した。
子供の頃から味覚がなかったらしい。それを言うと変な心配をかけると思い、今まで黙っていたそうだが、思わず口を滑らしてしまったことで隠せなくなったのだ。これを聞き出すだけでも数十分を要した。家族に囲まれているのに中々口を割らない様子は、本当に言いたくなかったことなのだろう。
そう、前からユウはおかしかったのだ。
いや、父様が赤ん坊を拾ってきたときから、お世話係の何人かはほとんど泣かないユウに疑問を持ったらしい。
そして自我がようやく俺に芽生えたころ、弟に大きな違和感があることに気が付いた。大きな秘密、きっとそうなのだろう。わがままを一切言わず、ボーっとしていることがよくあった弟を俺達兄姉妹は不思議に思いつつも、優しいユウにいつも甘えていた。
ギル兄様を除けば、俺達の中で一番大人だったのはユウだったと思う。ユウがこれをしたいと言ったことはなく、俺達が遊ぼうと誘えば付き合ってくれる。左足は生まれつきで動かないのを知っていたが、まさか味覚まで異常をきたしているとは思いも寄らなかったのだ。
俺達はようやく自分たちの家族が、何か大きな秘密を抱えていることに、味覚がないことをきっかけに気付けたのだ。もしかしたら一生気付くことがなかったかもと思うと、恐怖でしかない。
事実、ユウは味覚がないことを十数年隠し通した。驚くべきことだ。
ミリ姉様も、ユリアも、ララも、側近達も、暗い表情をしている。ここにいる全員はユウの才能と優秀さを知っている者だけだ。聡明なララも、ユウにはよく懐いている。昔、ミリ姉様とギル兄様で王城からこっそりと抜け出したことがある。おそらく俺はその時……その時から…薄々だが、違和感には気付けていたのかもしれない。ただ、明確なきっかけがなかっただけで……
俺は、ユウを大切な家族だと思っている。それはユウも思ってくれているだろうし、それはここにいる全員が思っていることだ。だけど、だけど…ユウには俺達にすら話せない何かが、何かがあるのだとしたら、、
「いつか……話してくれるといいな…」
それは、この場にいる全員の総意でもあった。
俺の斜め前に座る金髪にユリアと同じ紫色の瞳を持つ少年と少女が俺の兄と姉である。兄の方はロベルト・ドレス・アレストリア、16歳、既に身長は180に届き、顔立ちもとても整っている。
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家族の俺からも見ても、2人ともとても魅力的な容姿と雰囲気を持っている。
「そういやユウ。お前また学園サボったんだってな?たまにでいいからみんなで登校しようぜ」
「いやだよ。なんで俺が学園なんていう無駄に時間だけが浪費されていく場所に行かなきゃいけないんだ。俺は王城で優雅なひと時を過ごしたいの」
ロベルト兄のお願いは聞くつもりはない。可愛くないからね。
「兄様達だけずるいです!ララもユウ兄様と一緒に行きたいです!」
「ララにはまだ早いわよ。それより今日もお勉強頑張ったって先生がララのこと褒めてたわよ。偉いわね」
「えっへん!ララは偉いのです!」
椅子に座りながらララは胸を張る。まだ小さい体で胸を反らす様子はなんとも愛嬌しかないものだ。
それにしてもさすがミリ姉様だ。俺はここまで容易にララのわがままを抑えることなんてできない。姉の威厳というものは本当に嘗められないものがある。
ミリ姉様はララに笑顔を向けながら、スプーンで最後のスープを掬い飲んだ。手をナプキンで拭きながら、俺のことをジト目で見つめてくる。
「ユウ、貴方は魔法の勉強を頑張っているんだから学園生に見せつけるべきよ。はっきり言ってその歳でロベルト以上に魔法を網羅しているなんて異常よ?」
「お兄ちゃんでも嫉妬はするぞ。お前は魔法の開発こそ興味なさげにしているが、学園で魔法研究部に一緒に俺と入って研究でもすれば、魔法の技術はもっと進歩していてもおかしくはない」
「いや褒めすぎだろ。というか俺は魔法は得意じゃない。扱いずらいんだよ」
理論とかを突き詰めないといけない魔法は、はっきり言って俺にとっては扱いが難しい。今でこそここまで魔法を学び切ることができているが、始めたころは本当に理解するのに時間がかかった。なんせ絶対に魔法を網羅しなければいけないという使命感もなければ、学びたくてしょうがないという熱意も、最初の頃は皆無に等しかったのだから。
「なんでこうも自己評価が低いんだ…。それで得意じゃないなら俺達は一体何なんだ…?」
「天才では?」
得意じゃないもんは得意じゃないんだもん。
「皮肉かよ…はぁ」
「ロベルトも落ち込みすぎよ。ユウを基準にしちゃだめ」
ひどいな。あんたらだけには言われたくないんだが。学園は6年制の学習機関で、学問、それ以外にも礼儀作法や剣術、武術、魔法、場合によっては神聖術まで学ぶことが可能だ。そしてこの学園にはアレストリア王国中の選りすぐりのエリート達が集まっている。その中でもこの王家の俺以外の三人は天才中の天才として有名だ。
ロベルト兄は新しく強力な魔法の開発を行い、宮廷魔法師ですら息を呑むほどの魔法の腕前を持っている。
ミリ姉様は神聖術に派生する回復魔法を大司教クラス、簡単に言うと国でトップクラスまで極めた天才。魔法も宮廷魔法師と同等クラスまで磨き上げられており、非の打ちどころのない学園生の憧れのマドンナと言ってもいいだろう。生徒会に入り、生徒会長として現在は手腕を振るっている。
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「………そういえば話は変わるが…今日の夕食はどうだ?」
途端、ロベルト兄が俺にそんなことを聞いてきた。窺うような目に、俺はすぐに居心地が悪くなる。一番に食べ終わっている俺は、席を立とうと杖を手に取ろう―――としたところでユリアに取られた。
「ちゃんと答えてください」
「………へい」
案の定、家族全員から心配するような目を向けられる。あのララですら今は無言だ。
逃げ場はないらしく、俺は観念して答えた。
「美味しいです」
「嘘だな」
「嘘だよね」
ロベルト兄とミリ姉様の怒涛の追撃により、いよいよ嘘が言えなくなった。
「……味がしないです」
「………………………はぁ」
ロベルト兄がため息を吐いた。急にお通夜みたいな空気感になってしまった。こういう変な空気になるから言いたくなかったのに、どうやら俺の兄姉妹は逃がしてはくれないようだ。
はぁ、本当はこの秘密は墓まで持っていくつもりだったんだけどな……なんであんなミスしたんだろ…
思い出すのはつい一か月前、その時まで完璧に隠し通せていたはずの秘密を、俺はつい口に滑らしてしまった。
味を感じない、俺が四つの感覚が鋭い中で、唯一欠点とも言ってもいい部分だった。味覚を失ったと言えばいいのか、これは前世からの副作用みたいなものなので、正直俺からしたらどうでもいいことなのだ。だがいくら俺でも、これが今の家族にバレれば変な空気になることは容易に想像できたので、その日までは隠し通していたのだ。
味が感じないことを今の今まで隠してきていたことを俺は滅茶苦茶叱られた。「別に気にするようなことでもないだろ?」と言えば、あの温厚な親父や第一夫人と第二夫人のお母様達から、本気の説教をされた。曰く、俺が味を感じることができなかったのにこっちだけ美味しい思いをしているだなんて、家族として耐えられないという言い分だった。気持ちはわかる。だが納得はできん。こんなことを気にしてたら、まともに生きていけないじゃないか。
この事件では兄達や姉様、ユリアやララも本気で怒っていた。罪悪感はあるが、どうしようもないのである。
「前は隠していたことで怒ったが、一番辛いのはユウだよな…。むやみに怒って悪かった…」
「いや別にこんなしょうもないことを気にされても…」
「私もごめんなさい。貴方が知られたくなかったという気持ちも少しはわかるわ」
「「ごめんなさい…」」
「話聞けよ」
家族思い、とても優しい彼ら彼女らであるが、時折こちらの言い分を一切聞かずに話を進める癖がある。こちらとしてはそんな些細なことを気にされても逆に罪悪感が湧くだけなので、笑い飛ばしてくれてもいいぐらいなのに。
「前も言ったけど、俺のこの味覚がないという症状を治そうとする必要はないよ」
俺はユリアから優しく杖を受け取ると、それに力を込めて立ち上がる。左足に力を入れず、カツカツ、と杖の音を鳴らしながら、扉へ進む。そして後ろを振り返り、
「これは、俺が進むと決めた道の生贄みたいなものだから」
だから、二度と戻ることはないんだよ、と付け足して、俺はこの変な空気の食堂を離れた。通りすがりに、ロベルト兄とミリ姉様の側近の人が憐れなものを見る目を向けながら、俺はそのまま自分の部屋に向かうのだった。
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《Side ロベルト・ドレス・アレストリア》
俺達は、食堂を去ってゆくユウを見送ると、深いため息を吐いた。
昔から、前兆はあったのだと思う。俺達家族が知らない大きな秘密を持つ俺の弟は、おかしいくらいに打たれ強く、傷つきずらい。痛みに慣れている、とでもいえばいいのか。
つい一か月前、父様が他国でも非常に有名な料理人をこの王城で雇うことになった。その日は家族全員揃って食事をした。お母様も、お義母様も、父様も、ギル兄様も、家族みんなで揃ってご馳走を食べた。
いただきますもそこそこに、フォークで食べたステーキの焼き加減はぴったり、肉汁が程よく染み込んでおり、とても噛み応えのあるものだった。スープも絶品だ。いつもと違い、トマトをふんだんに使ったもので、今まで食べたことのないような幸福感を味わった。
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扉側で全員の表情が見渡せる位置にいた料理人は、ユウの異変に気が付いたのだ。問い掛けた。「あの…ユウ王子…なにかお気に障るものでもございましたか…」と。
その質問を聞いた時に初めて俺達家族は気が付いた。これ程までに美味しいものなら、いつもは無表情で食事を頬張っているユウでも満足そうにしていてもおかしくないのに、ユウは、いつもの表情を崩さず、目は料理を映しているようには見えなかった。
そしてユウが意識が半分ないような状態で答えた。「んー、別に俺は味を感じないからさー。料理に文句なんて、たぶんないよ」と。とても軽やかに。
食堂が凍り付いたのを今でも覚えている。今いる食堂とは違い、家族全員で食べるにはここでは手狭なので、もっと大きな食堂があるのだが、そこに当時一緒に俺達が食事をしているのを見ていた側近達も顔が固まっていたと思う。
そして父様が「それはどういうことだ…?」という言葉と共に立ち上がり、ユウに問うた。
そこでユウは自分の失言に気付き、驚いた顔をした。その後、家族全員でユウを問い詰め、事情を大方理解した。
子供の頃から味覚がなかったらしい。それを言うと変な心配をかけると思い、今まで黙っていたそうだが、思わず口を滑らしてしまったことで隠せなくなったのだ。これを聞き出すだけでも数十分を要した。家族に囲まれているのに中々口を割らない様子は、本当に言いたくなかったことなのだろう。
そう、前からユウはおかしかったのだ。
いや、父様が赤ん坊を拾ってきたときから、お世話係の何人かはほとんど泣かないユウに疑問を持ったらしい。
そして自我がようやく俺に芽生えたころ、弟に大きな違和感があることに気が付いた。大きな秘密、きっとそうなのだろう。わがままを一切言わず、ボーっとしていることがよくあった弟を俺達兄姉妹は不思議に思いつつも、優しいユウにいつも甘えていた。
ギル兄様を除けば、俺達の中で一番大人だったのはユウだったと思う。ユウがこれをしたいと言ったことはなく、俺達が遊ぼうと誘えば付き合ってくれる。左足は生まれつきで動かないのを知っていたが、まさか味覚まで異常をきたしているとは思いも寄らなかったのだ。
俺達はようやく自分たちの家族が、何か大きな秘密を抱えていることに、味覚がないことをきっかけに気付けたのだ。もしかしたら一生気付くことがなかったかもと思うと、恐怖でしかない。
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ミリ姉様も、ユリアも、ララも、側近達も、暗い表情をしている。ここにいる全員はユウの才能と優秀さを知っている者だけだ。聡明なララも、ユウにはよく懐いている。昔、ミリ姉様とギル兄様で王城からこっそりと抜け出したことがある。おそらく俺はその時……その時から…薄々だが、違和感には気付けていたのかもしれない。ただ、明確なきっかけがなかっただけで……
俺は、ユウを大切な家族だと思っている。それはユウも思ってくれているだろうし、それはここにいる全員が思っていることだ。だけど、だけど…ユウには俺達にすら話せない何かが、何かがあるのだとしたら、、
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