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第13話 領主の晩餐会 前菜と食前酒
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領主の晩餐会は 大広間で行われるらしい。領主側の参加者はシエルナ家当主のデルフィリオ・フォン・シエルナ伯爵、リーズ・フォン・シエルナ伯爵夫人、そして娘であるエリーことエルシーリア・フォン・シエルナだ。
アーシュさん曰くエリーには5つ上の兄がいて、彼が次期当主なのだと言う。2ヶ月ほど前に王都へ戻ってしまったので今回は不参加だ。
「ところでアーシュさんはシエルナ伯爵家ではどのような立場なんですか?」
一同が大広間に向かって廊下を歩いていく中、アーシュさんに声をかける。いきなり貴族家の使用人に不躾な質問かもしれないが、なんとなくアーシュさんの性格的に許されるような気がした。
「私ですか?私は執事長代理を務めております」
執事長代理ということは執事長が別にいるのか。しかしそうなるとこの屋敷では使用人のほぼトップということになる。すごい人だったんだな。
「おや、事情は深く聞かないのですか?」
「えぇ、さすがにそこまでは」
ざっくり役職が分かればそれでいい。何か複雑な事情でもあるのだろう。
「そうですか。昨晩一緒にジャンさんの食堂へ顔を出しましたジーヤは元執事長です。今はそうですねぇ。ご隠居さんですかね」
なんとジーヤこと爺やは元執事長だった。ということは執事長が他にいるのか、または空席かどちらかなのだろう。
「お客様をお連れしました」
アーシュさんが大広間の扉前で声をかけると、内側から扉が開かれた。
席には既に40前後に見える男性と女性が座っていた。男性はこちらに目をやると隣の女性へ目配せし、立ち上がる。
「ようこそいらっしゃいました。私がシエルナ伯爵領を治めております、デルフィリオ・フォン・シエルナです。こちらが妻のリーズです。エリー、こちらへ」
シエルナ伯爵は簡単に挨拶をすると、僕らと一緒に大広間へやってきたエリーを自分の元へ呼ぶ。僕らは使用人に案内され、客席の前まで動く。客側もジャンさんから順に挨拶を済ませる。
「晩餐会とは言いましたが格式高いものではありません。気軽に食事と会話を楽しみましょう」
なんだか貴族らしくない人だな、というのが第一印象だった。街中ですれ違っても貴族だとは気がつかないだろう。
「うちのエリーと、アーシュ、爺やがお世話になりました」
シエルナ伯爵はジーヤさんのことを爺やと呼ぶんだな。きっと小さい頃から面倒を見られていたのだろう。爺やの年齢が分からないが、先々代当主くらいから務めていそうだ。
「さて、乾杯はこちらのエールで行いましょう」
ほう、 食前酒はエールで行うのか。前世の地球ではビールの一種であるエールはその言葉の使い方が時代によって変わっていったという。昔はホップという苦味をもつ植物を使っていないものをエールと呼び、今では発酵の仕方で分けているそうだ。
また、『ビール』という言葉よりも『エール』という言葉の方が古い。
「それでは、乾杯」
常温のエールでも出てくるものだと思っていたが、グラスに注がれたエールはよく冷えていた。グラスも少しひんやりとしている。この世界ではそういうものなのかなと思ったが、ジャンさんが驚いているので珍しいのだろう。
「こちらは『鶏むね肉のポシェとトマトのファルシ』でございます」
給仕が一斉に前菜を出していく。ちらっとアーシュさんを見るとにこやかな笑顔を返された。すごいな、1日でトマトのファルシを再現したのか。しかし鶏むね肉のポシェとは驚いた。思わず口に出してしまう。
「火加減が、すごいですね」
「おや、分かりますか?」
ポシェというのは一度出汁などの液体を沸騰させた後、ちょっと湯の表面が波打つ程度に弱火にする。そこへ食材を入れ、ゆっくり湯であげるフランス料理の調理法だ。この世界でそんな繊細な技術に出会うとは思わなかった。
周囲が不思議そうな顔をするので、簡単に説明していく。
「あなたは確かトマトのファルシを作られたショーマ殿ですね。エリーがいたく感動していましてね。アーシュに勉強させました。もちろん調理はうちの料理人が行っておりますが」
ちらっとウカルのほうを見る。食物の神『ウカー』であるウカルは人々の想像力が上がることを僕に託してきた。今まさにこの屋敷の料理人は少し変わったわけだが、ウカルもその様子に満足しているようだ。
「こちらはシエルナ伯爵領特産の白ワインでございます」
「ん?これはペティヤンか?」
そっとグラスに注がれた白ワインは僅かに泡が出ている。少し喉へ通すとガス圧はそれほど強くない。
「ペティヤン?あなたが居た世界ではそう呼ばれていたのですか?」
シエルナ伯爵には出身地のことは話していなかったが、既に情報は届いているらしい。まぁルナに連れられて領都の役場へ身分証つくる時に申告してたからな……。事前に見ておいたのだろう。
「えぇ、まぁ地域によって名前は色々あったのですが」
所謂、微発泡ワインと呼ばれるものでフランス語ではペティヤン、イタリア語ではフリッツァンテ、スペインのバスク地方ではチャコリなどと呼ばれる。
「ほうほう。特に名前というものはつけてなかったんですが丁度良い機会だ。この白ワインはペティヤンと呼ぶことにしよう。セントシエルナ・ペティヤンだな」
どうやら元々この地域で消費されてきた白ワインらしいのだが、名前は特になかったらしい。他領や他国へ特産品として売り出したいそうだ。
「続きまして『鯛のレモンソース パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズがけ』です」
んー、これはカルパッチョのようなものか。とある一説によるとカルパッチョとは生牛肉にパルミジャーノ・チーズをふりかけた物が初期のものらしい。生魚を使ったのは日本人で、今ではイタリアなどでも同じように生魚を使っているのだとか。
「これは、そうですね。カルパッチョというものに似ています。最も自分が親しんだものは生魚を使っていましたが」
色々と街を見た所、この地域では魚の生食文化はないようだ。この鯛も湯通しされている。そこにレモンやワインヴィネガー、その他香辛料などで調整したソースに岩塩とオリーブオイルを少しかけ、チーズをまぶしているらしい。
「おいしい!」
ルナは細かいことはどうでもいいのだ。美味しい、それが彼女にとって正義だ。
「気に入っていただけたなら何よりです。チーズもそちらの、ジャン殿の食堂からヒントを得ましてね。私の元に商人から献上されたチーズがたくさんあったのですが、いまいちどうしたものかと悩んでいました」
パルミジャーノ・チーズはリゾットに使ってることをエリーやアーシュさんに説明した。まさかその話からカルパッチョに使うとは。
「とても美味しいわ。うちの食堂でもやろうかしら」
ふふふ、とキャロさんが笑う。ウカルも頷いている。
「どうぞ、ぜひ多くの領民にこれらの料理を広めてください」
貴族が食べる料理だからなんだ、という規制は無いらしい。むしろ食文化を広めていきたい所存のようだ。ジャンさんは緊張しすぎて何も言葉を返せない。
「領民が様々な芸術や文化に触れ、豊かになることは私どもとしても願っていることですよ」
伯爵夫人のリーズさんが囁く。シエルナ伯爵と同じ年くらいなのだろうか?エリーには兄がいるという話なので、ものすごい若いというわけではないだろう。見た目だけでは年齢が不詳だ。
異世界の女性というのは年齢不詳になりがちなのだ。
「さて、そろそろメインディッシュに入りましょう」
使用人が運んできたワゴンから美味しい香りが立ち込めてくる。これはあれだ、ニンニクを炒めた時の香りだ。いったい何が運ばれてきたのだろう。
「そうそう、一通り食事を終えた後にはジャン殿、そしてショーマ殿に折り入ってご相談があります」
シエルナ伯爵の一言に固まっていたジャンさんの目が見開く。相談か。時期侯爵とも言われる伯爵折り入っての相談とは何だろうな?
アーシュさん曰くエリーには5つ上の兄がいて、彼が次期当主なのだと言う。2ヶ月ほど前に王都へ戻ってしまったので今回は不参加だ。
「ところでアーシュさんはシエルナ伯爵家ではどのような立場なんですか?」
一同が大広間に向かって廊下を歩いていく中、アーシュさんに声をかける。いきなり貴族家の使用人に不躾な質問かもしれないが、なんとなくアーシュさんの性格的に許されるような気がした。
「私ですか?私は執事長代理を務めております」
執事長代理ということは執事長が別にいるのか。しかしそうなるとこの屋敷では使用人のほぼトップということになる。すごい人だったんだな。
「おや、事情は深く聞かないのですか?」
「えぇ、さすがにそこまでは」
ざっくり役職が分かればそれでいい。何か複雑な事情でもあるのだろう。
「そうですか。昨晩一緒にジャンさんの食堂へ顔を出しましたジーヤは元執事長です。今はそうですねぇ。ご隠居さんですかね」
なんとジーヤこと爺やは元執事長だった。ということは執事長が他にいるのか、または空席かどちらかなのだろう。
「お客様をお連れしました」
アーシュさんが大広間の扉前で声をかけると、内側から扉が開かれた。
席には既に40前後に見える男性と女性が座っていた。男性はこちらに目をやると隣の女性へ目配せし、立ち上がる。
「ようこそいらっしゃいました。私がシエルナ伯爵領を治めております、デルフィリオ・フォン・シエルナです。こちらが妻のリーズです。エリー、こちらへ」
シエルナ伯爵は簡単に挨拶をすると、僕らと一緒に大広間へやってきたエリーを自分の元へ呼ぶ。僕らは使用人に案内され、客席の前まで動く。客側もジャンさんから順に挨拶を済ませる。
「晩餐会とは言いましたが格式高いものではありません。気軽に食事と会話を楽しみましょう」
なんだか貴族らしくない人だな、というのが第一印象だった。街中ですれ違っても貴族だとは気がつかないだろう。
「うちのエリーと、アーシュ、爺やがお世話になりました」
シエルナ伯爵はジーヤさんのことを爺やと呼ぶんだな。きっと小さい頃から面倒を見られていたのだろう。爺やの年齢が分からないが、先々代当主くらいから務めていそうだ。
「さて、乾杯はこちらのエールで行いましょう」
ほう、 食前酒はエールで行うのか。前世の地球ではビールの一種であるエールはその言葉の使い方が時代によって変わっていったという。昔はホップという苦味をもつ植物を使っていないものをエールと呼び、今では発酵の仕方で分けているそうだ。
また、『ビール』という言葉よりも『エール』という言葉の方が古い。
「それでは、乾杯」
常温のエールでも出てくるものだと思っていたが、グラスに注がれたエールはよく冷えていた。グラスも少しひんやりとしている。この世界ではそういうものなのかなと思ったが、ジャンさんが驚いているので珍しいのだろう。
「こちらは『鶏むね肉のポシェとトマトのファルシ』でございます」
給仕が一斉に前菜を出していく。ちらっとアーシュさんを見るとにこやかな笑顔を返された。すごいな、1日でトマトのファルシを再現したのか。しかし鶏むね肉のポシェとは驚いた。思わず口に出してしまう。
「火加減が、すごいですね」
「おや、分かりますか?」
ポシェというのは一度出汁などの液体を沸騰させた後、ちょっと湯の表面が波打つ程度に弱火にする。そこへ食材を入れ、ゆっくり湯であげるフランス料理の調理法だ。この世界でそんな繊細な技術に出会うとは思わなかった。
周囲が不思議そうな顔をするので、簡単に説明していく。
「あなたは確かトマトのファルシを作られたショーマ殿ですね。エリーがいたく感動していましてね。アーシュに勉強させました。もちろん調理はうちの料理人が行っておりますが」
ちらっとウカルのほうを見る。食物の神『ウカー』であるウカルは人々の想像力が上がることを僕に託してきた。今まさにこの屋敷の料理人は少し変わったわけだが、ウカルもその様子に満足しているようだ。
「こちらはシエルナ伯爵領特産の白ワインでございます」
「ん?これはペティヤンか?」
そっとグラスに注がれた白ワインは僅かに泡が出ている。少し喉へ通すとガス圧はそれほど強くない。
「ペティヤン?あなたが居た世界ではそう呼ばれていたのですか?」
シエルナ伯爵には出身地のことは話していなかったが、既に情報は届いているらしい。まぁルナに連れられて領都の役場へ身分証つくる時に申告してたからな……。事前に見ておいたのだろう。
「えぇ、まぁ地域によって名前は色々あったのですが」
所謂、微発泡ワインと呼ばれるものでフランス語ではペティヤン、イタリア語ではフリッツァンテ、スペインのバスク地方ではチャコリなどと呼ばれる。
「ほうほう。特に名前というものはつけてなかったんですが丁度良い機会だ。この白ワインはペティヤンと呼ぶことにしよう。セントシエルナ・ペティヤンだな」
どうやら元々この地域で消費されてきた白ワインらしいのだが、名前は特になかったらしい。他領や他国へ特産品として売り出したいそうだ。
「続きまして『鯛のレモンソース パルミジャーノ・レッジャーノ・チーズがけ』です」
んー、これはカルパッチョのようなものか。とある一説によるとカルパッチョとは生牛肉にパルミジャーノ・チーズをふりかけた物が初期のものらしい。生魚を使ったのは日本人で、今ではイタリアなどでも同じように生魚を使っているのだとか。
「これは、そうですね。カルパッチョというものに似ています。最も自分が親しんだものは生魚を使っていましたが」
色々と街を見た所、この地域では魚の生食文化はないようだ。この鯛も湯通しされている。そこにレモンやワインヴィネガー、その他香辛料などで調整したソースに岩塩とオリーブオイルを少しかけ、チーズをまぶしているらしい。
「おいしい!」
ルナは細かいことはどうでもいいのだ。美味しい、それが彼女にとって正義だ。
「気に入っていただけたなら何よりです。チーズもそちらの、ジャン殿の食堂からヒントを得ましてね。私の元に商人から献上されたチーズがたくさんあったのですが、いまいちどうしたものかと悩んでいました」
パルミジャーノ・チーズはリゾットに使ってることをエリーやアーシュさんに説明した。まさかその話からカルパッチョに使うとは。
「とても美味しいわ。うちの食堂でもやろうかしら」
ふふふ、とキャロさんが笑う。ウカルも頷いている。
「どうぞ、ぜひ多くの領民にこれらの料理を広めてください」
貴族が食べる料理だからなんだ、という規制は無いらしい。むしろ食文化を広めていきたい所存のようだ。ジャンさんは緊張しすぎて何も言葉を返せない。
「領民が様々な芸術や文化に触れ、豊かになることは私どもとしても願っていることですよ」
伯爵夫人のリーズさんが囁く。シエルナ伯爵と同じ年くらいなのだろうか?エリーには兄がいるという話なので、ものすごい若いというわけではないだろう。見た目だけでは年齢が不詳だ。
異世界の女性というのは年齢不詳になりがちなのだ。
「さて、そろそろメインディッシュに入りましょう」
使用人が運んできたワゴンから美味しい香りが立ち込めてくる。これはあれだ、ニンニクを炒めた時の香りだ。いったい何が運ばれてきたのだろう。
「そうそう、一通り食事を終えた後にはジャン殿、そしてショーマ殿に折り入ってご相談があります」
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