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好き好き目を見て言えたなら
Ⅱ
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眠い。本当に眠い。
WORLDのツアー最終日。朝方までパソコンに向き合っていたせいか、顔のコンディションは最悪だった。クマくっきり! 青白い顔! メイクで何とか誤魔化した。おかげで厚化粧だ。チーク濃すぎたかな。逆にアイメイクはもう少し濃くても良かったかも。ああもう、何でもっと丁寧にやらなかったんだ。
しかし、毎日毎日必死に書いたから文学賞には何とか間に合った。授業をサボりながらも一心不乱に手だけを動かした。正直不出来だ。
天才小説家であることを隠す地味男と、ひょんなことからそれを知ってしまったギャル子との、どたばたラブコメ。もはや実話に近い。
どうしても思いつかなくて。ふと、このことをネタにしたら面白いんじゃないかって。
「まもなくー、水道橋ー、水道橋ー」
このままだと、MC中寝てしまいそうだ。それだけは避けなければ。
女の子たちに押されるように、私は電車を降りた。冬の風が頬を撫でる。今日の席? もちろん花道目の前よ。頑張ったご褒美に、和泉君からたくさん幸せをもらうんだ。
最終日の和泉君は、気合を入れてか茶髪だった。今までずっと黒髪だったから、新鮮でこれまた似合っていて。オープニングで和泉君が出てきた瞬間、ドームが揺れた。
本当に、ダントツでかっこいい。世の男が全員和泉君になれば良いのにと思う。
釘付けになる、綺麗な顔とマイクを支える細い指。
絶対に弾かせる。
何年かかろうが、私は小説家になる。それで、和泉君にピアノを弾かせたい。
家に着いたら、更新を止めてしまった作品の続きを書こう。
そう、思っていた。
トリプルアンコールが終わると、いよいよ終演だ。いつもなら明るくなり、公演終了を促すアナウンスが、今日は一向に流れない。それどころか、暗いままだ。周りのオタクたちも、座りながらざわざわと騒がしくなり始める。
「みんな、今日はありがとう」
そんなとき、ツアーTシャツのまま、メンバーが再びステージに姿を見せた。もしかして、まだやってくれるの!? そう思った私たちは、またペンライトとうちわを両手に立ち上がる。
しかし、出てきてくれた理由が歌うことではないことを知る。五人とも、真面目な顔をしていたから。センターは、和泉君。モニターに写る顔は、瞳が潤んでいた。噛まれた唇。今にも泣き出しそうで。
それだけで、ドームは怖いくらいの静寂に包まれた。
「えー、和泉から。ご報告があります」
リーダーの久我君が、和泉君に前へ出るよう声をかけた。
体中の体温が奪われる。
だって、そんな。絶対嬉しい報告じゃないだってこれは。
「僕、和泉裕斗は。本日を持ちまして、芸能界を引退します」
どよめく会場。和泉君は、言葉を続ける。
「僕も、大学三年生になりました。大学卒業という一つの分岐点を前に、他にやりたいことが出来てしまいました。
この五人で、ドームを埋めることが出来てこれ以上ないくらいの幸せです。僕の夢を叶えてくれたメンバー、そして応援してくれたみんな、今まで本当に、本当にありがとうございました。四人のことを、よろしくお願いします。
そして急な報告になってしまい、ごめんなさい」
何で。何で。何で? どうして。
後ろに座っていた女の子が、泣き崩れた。
和泉君が、深く深く、頭を下げる。
信じたくない。
私はただ、呆然と立ち尽くしていた。涙なんて出ない。
今日で引退? そんなこと言われても、信じられるはずがない。
だって和泉君は。ファンがいてくれる限りアイドルでいるって。そう、言ってた。
ねえ。ファン、ここにたくさんいるよ。
WORLDのツアー最終日。朝方までパソコンに向き合っていたせいか、顔のコンディションは最悪だった。クマくっきり! 青白い顔! メイクで何とか誤魔化した。おかげで厚化粧だ。チーク濃すぎたかな。逆にアイメイクはもう少し濃くても良かったかも。ああもう、何でもっと丁寧にやらなかったんだ。
しかし、毎日毎日必死に書いたから文学賞には何とか間に合った。授業をサボりながらも一心不乱に手だけを動かした。正直不出来だ。
天才小説家であることを隠す地味男と、ひょんなことからそれを知ってしまったギャル子との、どたばたラブコメ。もはや実話に近い。
どうしても思いつかなくて。ふと、このことをネタにしたら面白いんじゃないかって。
「まもなくー、水道橋ー、水道橋ー」
このままだと、MC中寝てしまいそうだ。それだけは避けなければ。
女の子たちに押されるように、私は電車を降りた。冬の風が頬を撫でる。今日の席? もちろん花道目の前よ。頑張ったご褒美に、和泉君からたくさん幸せをもらうんだ。
最終日の和泉君は、気合を入れてか茶髪だった。今までずっと黒髪だったから、新鮮でこれまた似合っていて。オープニングで和泉君が出てきた瞬間、ドームが揺れた。
本当に、ダントツでかっこいい。世の男が全員和泉君になれば良いのにと思う。
釘付けになる、綺麗な顔とマイクを支える細い指。
絶対に弾かせる。
何年かかろうが、私は小説家になる。それで、和泉君にピアノを弾かせたい。
家に着いたら、更新を止めてしまった作品の続きを書こう。
そう、思っていた。
トリプルアンコールが終わると、いよいよ終演だ。いつもなら明るくなり、公演終了を促すアナウンスが、今日は一向に流れない。それどころか、暗いままだ。周りのオタクたちも、座りながらざわざわと騒がしくなり始める。
「みんな、今日はありがとう」
そんなとき、ツアーTシャツのまま、メンバーが再びステージに姿を見せた。もしかして、まだやってくれるの!? そう思った私たちは、またペンライトとうちわを両手に立ち上がる。
しかし、出てきてくれた理由が歌うことではないことを知る。五人とも、真面目な顔をしていたから。センターは、和泉君。モニターに写る顔は、瞳が潤んでいた。噛まれた唇。今にも泣き出しそうで。
それだけで、ドームは怖いくらいの静寂に包まれた。
「えー、和泉から。ご報告があります」
リーダーの久我君が、和泉君に前へ出るよう声をかけた。
体中の体温が奪われる。
だって、そんな。絶対嬉しい報告じゃないだってこれは。
「僕、和泉裕斗は。本日を持ちまして、芸能界を引退します」
どよめく会場。和泉君は、言葉を続ける。
「僕も、大学三年生になりました。大学卒業という一つの分岐点を前に、他にやりたいことが出来てしまいました。
この五人で、ドームを埋めることが出来てこれ以上ないくらいの幸せです。僕の夢を叶えてくれたメンバー、そして応援してくれたみんな、今まで本当に、本当にありがとうございました。四人のことを、よろしくお願いします。
そして急な報告になってしまい、ごめんなさい」
何で。何で。何で? どうして。
後ろに座っていた女の子が、泣き崩れた。
和泉君が、深く深く、頭を下げる。
信じたくない。
私はただ、呆然と立ち尽くしていた。涙なんて出ない。
今日で引退? そんなこと言われても、信じられるはずがない。
だって和泉君は。ファンがいてくれる限りアイドルでいるって。そう、言ってた。
ねえ。ファン、ここにたくさんいるよ。
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